05
ジッ……ザザ、ザーッ……
フェイは繋がらない電話に小さく舌打ちをする。
「やはり繋がらないか」
フェイは携帯に電波が繋がっていること確認してマップを開く。が、インターネットに接続することはできず、当然ながら現在地の取得はできない。
圏外になったり、電波が入ったりと動作が不安定な携帯をあてにして無為に時間を過ごすわけにもいかない。フェイはポケットに携帯を仕舞い込むと再度周囲に意識を向ける。
だが、そうやっても先ほどと結果は変わらず、小動物の気配が僅かにあるのみで、ユールやリスタは見当たらない。
明らかに想定外の現状にフェイは思わず舌打ちをする。これまで幾度と無く異形種の討伐、捕獲作戦には参加してきたが今回のような事態は初めてのことであった。
「何が起こっているんだ……?」
転移後すぐに異常には気づいた。モンゴルと言えば亜寒帯気候で、針葉樹林が主の筈であり、このような広葉樹が青々と葉を広げているのはどう考えても不自然だ。それに生物の気配がほとんどと言っていいほど感じられない事。
転移する場所、現地の生物の情報を確認しなかったことが、手痛いミスとなった。
「悔やむのは後か」
切り替えの早さはさすがというほかなく、フェイは現状で打てる最善策を模索する。
まず、最初にフェイが考えたのは異常区域からの撤退と支援の要請。
フェイは四本の槍を記憶から複製すると、四方へ投擲を行った。そして十数分経過した時に把握していた座標が急に真逆の方角へ移動する。それらは時間差はあれど、四本全て位置が対象に入れ替わると、フェイの方へと向かって飛び始める。
「なるほど、厄介だな」
今のことでフェイは空間が隔離されてしまっていることに気づく。どのみちこうなってしまえば一早く他のメンバーと合流し、原因を取り除くしかない。
ユールに関しては多少の心配はあるものの、余程の敵が現れない限りは問題ない。問題はあのメイリアという少女だとフェイは思案する。
リスタは放っておいても自力で何とかなることが予想される。
とはいえ、単独でこれらを引き起こした原因とやりあうとなると力不足は否めない。
フェイは番号と目が書き込まれた紙飛行機を数十機用意すると、その全てを空に放った。
「流石にこの数は、厳しいものがあるか……!」
紙飛行機から送られる視覚情報に、処理限界が近いことを訴えるかのように頭が痛む。
だが、今回の人員の中で最もサポートに特化しているのはフェイだ。その自覚があり、この状況に危機感を覚えているフェイは一切の妥協を許さない。
ズキズキと痛む頭を酷使し続け、他のメンバーを探し続ける。
紙飛行機による情報の収集を開始し始めて数十分後、フェイはユールを発見する。その瞬間、耐え難い不快感と、衝撃がフェイを襲った。
「ぐぅッ!?」
五と七の数字が書き込まれた紙飛行機の視覚情報が消える。どんな攻撃を受けたのかは不明だが、撃墜されたことは間違いがない。
だが、フェイは欲しい情報を大体手に入れた。
紙飛行機の数を半分に減らし、一機をユールに固定する。
残りの全てでリスタとメイリアの捜索を続けながら、フェイもユールと合流すべく動き始める。
「行くか」
ユールの周りにはかなりの数の異形種が動き回っていた。ベイルをも倒したユールが簡単に倒されるとはフェイは思っていないが、一気に相手をするとなると敗北の可能性がある。
フェイが他の異形種との戦闘を行わなければ距離自体は一時間とかからない。
未だ痛む頭を顧みることはなく、フェイはユールの元へ一直線に突き進む。
ーーーーーー
フェイが紙飛行機を空へと放った頃、メイリアは震えながら木に背中を預け、周囲を警戒していた。視界は悪く、耳を澄ませると唸り声やら断末魔のようなものが絶えず聞こえる。
メイリアは戦闘が得意だと言った。しかしその真意はサポートよりは戦う方がマシだと言った意味である。既にメイリアの精神状態は悪い方へ大きく傾いていた。
「帰りたい、よぉ……」
メイリアが小さく呟いた一言を耳に捉えた生き物がいた。どしんどしんと地鳴りを響かせて、音の発信源へと向かう。
その山羊のような異形種と目を合わせたメイリアは小さく悲鳴を漏らす。
「こ、来ないで……」
「Vrueeaaaa!」
そんなリスタの願いは咆哮とともに掻き消された。
その異形種は、角に鉱石のようなものを纏うと、獲物へ頭突きを浴びせるべく、頭を下げると一気に駆け出した。
「ッ!」
メイリアが手を前へ伸ばすと、暗黒色の液体が異形種へと向かっていく。山羊はそれを躱すでもなく、愚直に前進する。 液体が角へ触れた瞬間、角は泡を立てて溶け出す。液体は角を溶かしきると頭へと侵蝕し、どおっとメイリアの前に異形種が斃れる。
ピクピクと痙攣を繰り返す異形種の、首と背中の部分は既に消え去っており、血と液体で赤黒く染まったものがゴポゴポと音を立てていた。溢れ出す血液でメイリアの靴が染まる。メイリアは逃げるように後退りした。
「……ッ」
自分の能力で起こされた事とはいえ、あまりの悍ましさに喉元にせり上がる液体を必死に止める。仮面の下は蒼白でメイリアの目から涙が零れおちる。
「随分とえげつない能力ね」
メイリアを現実に引き戻したのは、そんな称賛とも嫌悪とも取れる言葉だった。
メイリアの目の前にはいつの間にか長い銀髪の女性が立っており、右肩には大きな銃がかけられていた。赤字で数字のようなものが書き込まれた仮面からは紫の瞳が覗く。
「り、すた……さん?」
くぐもった声がメイリアの仮面から漏れる。リスタは頷くと、右方向に銃口を向け、引き金を引く。
見ることもなく放たれた弾丸は正確に山羊のような生物の眉間を撃ち抜いた。接近に全く気付いていなかったメイリアは一連の動作に絶句する。
「えぇ。運良く合流出来たわね。状況は理解できてるかしら?」
まるで何事もなかったように振る舞うリスタにメイリアは怖れを抱く。問いかけられたことにも、目の前の人物を納得させられる答えは持ち合わせておらず、メイリアは視線を下に落とした。
「変な状況に、あるとしか」
「その認識で構わないわ」
何か責められることも予想していたメイリアは顔を上げると、間の抜けた表情でリスタの方を見る。幸か不幸か、仮面のおかげでそれがリスタの眼に映ることはない。
「私たちが現在いる場所は隔離されているみたいね。空間の歪みが見られるから何が起こるかわからない。救助の可能性は約束の時間までは限りなくゼロに近いということよ」
獣の唸り声が響き、メイリアはひいっと小さく悲鳴を上げると小刻みに震える。不安が濁流のように押し寄せ、メイリアは無意識に手に力が入る。
「私たちはどう、すれば……」
「私たちだけじゃどうにもならないわ。後の二人を探すわよ」
リスタは俯くメイリアに目を細めると、周囲を警戒しながら歩き出す。
メイリアはリスタの後ろをくっつくとびくびくとしながら付いていくのだった。




