02
宣斗か胡乃葉が帰ってきたことは何度かある。だが、二人同時に帰宅するというのは年に数度あるかどうかといったもので、加えるならばこのように改まって話す機会を設ける事などなかった。
「それで話したいことって?」
呼び出された慧は、椅子に座っている二人に開口一番に問いかけた。こう言う時は決まって大事な話がある時だと言うことを慧は知っている。
「いやなに、能力を使えるようになったと聞いたからね」
予想はしていたことだが、慧が能力を使えるようになったことは二人に知られており、やはり帰宅はそのことが理由のようだ。
二人は無駄を嫌う。遠回しに聞いたところで話が脱線したり、面倒な講義に付き合わされたりする可能性が高い。慧は思い切って自身が考えていたことを口にする。
「……国防軍に入れって?」
「ふふっ、慧は国防軍が嫌なんだろう? ならば親として強要するのは間違いというものさ」
一番可能性が高いと思っていた国防軍への勧誘だが、胡乃葉の否定に慧は頭を捻る。確かに二人、特に母の胡乃葉はそう言う人間だった。だからこそ慧は何が目的かさっぱりわからない。
宣斗は目を細めると、コーヒーで喉を潤す。
「そうだなぁ。僕たちが軍で研究をしていることは知っているだろ?」
「そりゃ、な」
言われて慧は両親が何の研究をしているかを知らないことに気づいた。わかるのは能力の研究をしているらしいということだけ。ざっくりと能力の研究と言っても分野別で分かれるのだろう。だが、これからの話が自身の能力に関することだというのは予想がついた。
「私たちが行なっている研究は簡単に言うと、能力が実際の所何であるのか、と言うことを調べることだ。今日の内容はまた別だ。勿論興味があると言うのなら是非討論は受け付ける」
「何と言うか、授業みたいだな……」
みたい、ではなく正真正銘の講義のつもりなのだろう。宣斗はニコニコと笑みを絶やさずに膝の前で手を組んだ。
「今から話すことはほぼ実証されつつあることだ。能力とは世界を構成する因子なんじゃないかとね」
「ええと?」
「つまりだ、慧。例にたとえて説明するとだね、世界革命により、世界を構築するルールが一部破損、そのカケラが地上にばら撒かれたわけだ。そのカケラを因子と呼ぶことにしよう。因子はどういうわけか適性を持つ知的生命体へと取り込まれてしまい、因子を取り込んだ生命体がその因子が担っていた役割、事象への接続権限を得る。つまり能力者となるわけだ」
自分にも理解できるようにできる限り簡単に説明してくれているのもわかるのだが、それでも慧は言葉に詰まる。その余りにも突拍子もない話に理解が追いつかない。
「勿論世界自体はほんの一部分とはいえ崩壊したんだ。その強大さから言うと誤差と呼べるものなのかも知れないが」
「今世界は不安定な状況にある。これをみてくれ」
足元の鞄を開いて宣斗はパソコンを取り出す。そこに映されていたのは世界地図とグラフ。グラフには日本国内と海外での災害が年代毎にまとめられている。
「世界革命が起こって数年間は本当に大変だった。周辺の年代を見てもその異常性は一目瞭然だ。だが、ここ最近のグラフを見てくれ」
「つまり増加傾向にある、と?」
慧の言葉を胡乃葉が肯定する。
「能力は使えば使うほどその力を強める。逆はない。精神的な影響を大きく受けるから一見弱くなったように見えることはあるだろう。けれどそれは本質的なものではない」
「能力は使う毎にそのシステムの管理権限を侵食しているみたいなんだ」
慧はクロノへと問いかける。ここまで沈黙を貫いていたクロノは興味深そうな感覚が返ってくるのみで慧の問いに答えるつもりは今のところないらしい。
「だけど世界を維持するシステムをたかが一個体、多少キャパシティが他の生物より大きいからといって人間が耐えられるはずはないんだよ。いつかは限界がくる」
「扱えないほど増長した力は身を滅ぼす。即ち能力の暴走。どんな能力であれ、自身に扱えないレベルでシステムを侵食した能力者は強い。結果起こるのは大災害だ」
慧は乃彩が言っていたことを思い出す。能力者の暴走。世間を賑わすその話題ははっきり言って少なくない。
数カ月に一度は間違いなくあり、その中の一部は多くの死者を出すものもあり、二人が言っているのはこのことだと慧は確信する。
「中には例外もいるけどね。常人なら耐えられようもない能力に耐えているもの。僕たちは彼らを管理者と呼んでいる」
「さて、話を戻そうか。能力者は増加の一途を辿り、暴走事件も天井知らずに増えている。ここまでは良い、いやぁ良くはないんだけどね」
どこか遠い目で目の前の空間を眺める宣斗に胡乃葉が小さく咳払いをした。
「更に問題となるものがある。年々世界革命までは考えられなかった異常事態が増加している。他の区域から隔離され独自の法則で流れる世界、特異点の発生などだな」
「他にはどう言う理屈か現れた過去の遺物や生命体、現代では解析不明の謎の物質が流れ着いたりだ。観測の結果、時空の乱れが起こっている」
世界革命以前を慧は知らない。だがそれに関わらず今聞いたことが通常なら起こり得ないと言う事くらいはわかっている。いや、今となってはこれこそが通常なのかも知れないが。
「次いつ二度目の異世界との接続が起こってもおかしくない。これがどれほど大きなことかわかるね?」
「それは、本当に?」
慧は話を進める宣斗の隣に視線を移すと、胡乃葉が横に首を振る。
「まだこれらの全ては実証できていない。しかしこの仮説は正しいんじゃないかと少なくとも私達は考えている」
「僕たちは大真面目だよ」
「つまり能力は使うな、と?」
二人が言いたいことが慧にはわからない。
「それは無理だろうね。因子自体がどうやら引き合う性質を持っているらしい。どこにも所属しないとしてもアンノウンやらまぁ他にも色々あるようだが、それのメンバーに会うことは間違いなくあるはずだ。戦うことになる可能性は高い」
「何が言いたいんだ?」
てっきり話の流れからして危ないことはするなだの、能力は使うなだのと言われると考えていたため、宣斗が慧の戦闘を想定していることに慧は驚いた。
「散々講釈を垂れたが言いたいことは、一つ。無理はするなと言うことだ」
「僕たちはさ、君のことが心配なんだ。僕たちの可愛い息子だからね。心配なんだよ」
恥ずかしそうに苦笑を浮かべつつ、頭の後ろに宣斗は手を回し髪を弄る。
「普通の能力者なら何とかなる可能性が高い。何たって君はこの僕たちの息子だからね。けど管理者は規格外だ。管理者は能力自体が姿を持つ。もしそれとわかったら絶対に逃げるんだよ、良いね。そうでなくたって逃げられるのならそうしてほしいけどね」
「能力の、顕現……」
小さく出た言葉に宣斗と胡乃葉が反応する。その表情は険しい。
「……まさか、管理者に会ったことがあるのか?」
「いやないよ。俺の能力がそう言ってただけだ」
どこか問い詰めるような胡乃葉の言葉を慧は否定する。信じていないような目だが、慧が言ったことは事実だ。
「そうか、なら良いんだ。管理者となる条件はわかっているだけで二つ。事象への干渉権限が強いこと。そして感情の暴走だ、特に憎しみや殺意といった感情で起こるようだね」
クロノの顕現は叶えてやりたい。クロノは能力を使いこなせれば自然と顕現も可能になる、そんな風に語っていたことを慧は憶えている。だが、二人から聞いていた話だと悪い影響があるようにしか思えない。
「慧、感情に呑まれるなよ。何があろうとだ」
クロノと話をしなければならないと考えていると、ノルトとコノハは真剣にケイを見据えており、ケイもそれに応じるように二人を見る。
「わかった」
「ならもう構わないよ。いやぁ、人に説明するのって難しいね」
「でもまだ仮説なんだろ?」
先ほどの緊張感が嘘のように霧散すると、ノルトは普段通りに軽い笑いを漏らす。
「今はまだ、ね。僕と胡乃葉は間違いないと考えているけど、公開されたらパニックになることが予想されるからこれからも一般人が知ることはないよ」
「能力者は爆弾と同じだ。今となってはいないと困るが、いるとそれなりのリスクが生じる。国としても扱いが難しいようだ」
「大変なんだな、どこも」
慧のどこか他人事な呟きに宣斗と胡乃葉も頷いた。
「ま、その辺のことを考えるのは僕らの仕事じゃないけどね。あぁ、胡乃葉。あれを慧に」
「慧のことが大好きな母からのプレゼントだ。御守りの役目もあるからそれを私だと思って肌身離さず持っているんだぞ」
いつも通りすぎる胡乃葉に慧は思わず乾いた笑いを浮かべ、宣斗がそれに同情するかのような視線を慧に向ける。
「愛が重いよね、慧。でも僕はそんな胡乃葉だから好きになったんだ」
「宣斗……」
「胡乃葉……」
「なんだこの茶番」
見つめ合ってとても良い雰囲気なのはわかるが、せめて誰も居ないところでやってほしい、と慧は切実に願う。
「慧、その腕輪には能力を安定させる効果がある」
「最新の研究成果だよ。能力はその性質上不安定な側面がある。僕はそちらの専門ではないためどうなってその効果が得られるのかはわからないが、能力を安定させて能力の行使を楽にするもの、らしい」
「わかった」
貰った腕輪を左の手首に嵌めると、どことなく違和感を感じたが、次第に気にならなくなった。
「うん、僕たちの用事はそのくらいだね。あと今日の話は勿論だけど、極秘中の極秘。トップシークレットも良いところだから外で話しちゃダメだよ」
「私は、心配だ。無茶だけはするな、私も宣斗も……慧、お前の味方だ」
どこか不安げな、そんな印象を受ける様子の胡乃葉に、慧は二人を、そして自分を欺くための笑顔を作るしかなかった。




