01
お待たせしました。
二章開始です。
ベイルとの決闘から一ヶ月が経った。
慧はあの日以降、特に問題が起こることもなく、概ね平穏な享受していた。
今日も今日とて、何かが起こるでもなく、それこそ能力が使えるようになる前と何ら変わらない時を過ごしていた。
「ただいまー!」
いつもより少し遅い時間だが、妹の帰宅に慧は重い腰を上げる。
ここで出迎えなければ恵令奈は機嫌が悪くなることを慧は知っているためである。
玄関まで行くと、予想していなかった人物の帰宅に目を見開く。変わらない日々だと思っていたものが一瞬で崩れ去る。
「父さん?! 母さんまで」
驚く慧を見て、してやったりと恵令奈が笑っている。それくらい二人が家に帰って来ることは珍しかった。
「久しぶりだね、慧。なぁに、ただの気まぐれにすぎない」
まるで悪戯が成功した子供のような顔で慧の父、高塒宣斗は笑う。
それに反応する間も無く、慧は母親である胡乃葉に抱きしめられる。
「ふふっ、元気でやっているようで私は嬉しいぞ。む、身体つきが前よりも遥かにがっしりとしている。これは……恵令奈も含めると三人か」
「か、母さん?」
「ダメじゃないか慧。私はそんな節操のない子供に育てた覚えはないぞ」
すんすんと慧の首元を嗅いだかと思うと、咎めるような視線を慧に向ける胡乃葉。割と真面目に言っているらしく、慧は逃げるように目を逸らすと、恵令奈に死んだ虫でも見るような目で見られていた。
宣斗はそんな慧の肩に腕を回すと、頭をわしゃわしゃと撫で回す。
「はっはっは、その辺にしといてあげよう胡乃葉、恵令奈。慧も慧だけどね」「いや、俺は」
「この僕に似て女性から好かれるのはわかるがいずれ刺されてしまうよ慧。なぁ、胡乃葉?」
慧にも引き継がれているグレーの髪に深い血のような赤の瞳。そして年齢を感じさせない白い肌と知的に見える眼鏡。
確かに言い過ぎではないのかも知れない。それに庇ってくれたのは間違いなくこの男だが、慧はどことなく苛ついた。
「あぁ、その通りだ。私も宣斗に浮気なんてされたらついうっかり殺してしまうかもしれない」
「愛が重いよ胡乃葉」
ニッコリと笑う胡乃葉だが目の奥は笑っておらず、宣斗は半歩後退る。
「そんなことはないさ。そう言えば二人きりで話したいことがあったんだ。私達は部屋に行こう」
「そ、そうだね。あぁっ、慧は後で僕の部屋に来てくれ、話したいことがあるんだ」
手を掴まれ、そんなことを慧に言いながら宣斗は引き摺られていく。どこかに出荷される何かを想像してしまったのは仕方ないだろう。
夫婦仲は大変よろしいようだが、この空気をどうしようかと慧は恵令奈の方を見る。
「あ、はは」
「恵令奈はもう飯は食べたのか?」
自分と同じ様に口角をヒクつかせている恵令奈に慧はついつい笑ってしまう。
「あぁ、えっと食べてきちゃった」
「なら良いんだ。あの二人は?」
「今日は本当は帰る気がなかったからもう栄養食で済ませたって」
「そうか。じゃあ暫くは部屋から出てこないな」
基本的にあの二人は気まぐれだ。だから今回は偶然かと言えばそうではない。今回帰って来たのは恵令奈の差し金であり、何も無ければ研究の事が思考の大半を占める宣斗と胡乃葉が帰ってくることはない。どうせ今頃は部屋でイチャイチャとしているのだろうと慧はあたりをつける。
慧は夕食にと作っておいた鍋をラップで密閉し、冷蔵庫へと入れ、テレビの前のソファへ腰掛ける。
宣斗と胡乃葉は暫くの間出てこないと判断した慧は時間を潰すために録画していた映画を再生する。
ぼーっとテレビを眺めていた慧の隣に恵令奈が勢い良く腰を下ろした。慧の方へ寄りかかる恵令奈から甘い香りが漂う。
「そういえばお兄ちゃんの能力ってどういう能力なの?」
「そう、だな」
突如投げかけられた疑問に慧は何処まで言っていいのか迷いながら、ある程度は正直に答えることにした。
「ほんの少しだけ時間をゆっくりにできる能力、かな」
「時間操作かぁ。聞いたことない能力だねー、空間干渉系かな?」
恵令奈はそう予想を付けるが、クロノに言わせるとそれはどちらも間違っている。時間操作なんていう能力ではないし、空間に干渉しているわけでもない。
『そもそも能力とは概念そのものだというのに、人間はどうして区分しようとするのでしょうか』
嘲っているわけではなく、珍しく単純に疑問に思っているクロノに、慧は『そういうものだ』と短く返す。
「ま、いっか。そんなことより来週の日曜遊びに行かない?」
「来週の日曜か。多分大丈夫だな」
自分で聞いておいてそんなこととバッサリ切り捨てる恵令奈に苦笑しつつ、慧はそう答えた。クロノの『そんなこと……』と言うくらい呟きが聞こえ、慧は慌ててフォローに入る。
「やった! 来週って日曜なのに何も無いんだよね。まる一日フリーだよ。お買い物も行きたいし、遊園地とかも良いなぁ」
そんなことを口走る恵令奈に慧は失敗したかもしれないと後悔する。恵令奈の買い物は長いのだ。
だが、こんな調子の恵令奈にやっぱり行かないなどと言うことはできず、慧は肩を落とすのだった。




