12
遅くなりました……
目を開くと真っ白な天井が映った。そして思い出したかのように頭が痛む。予想に反しそれほどでもない頭痛に不自然さを感じているが、他の箇所は今まで経験したことのないような痛みに襲われている。
そんな中、右手に違和感を感じた慧は横を見ると、見知らぬ少女が慧の手を握りながら布団に顔を埋め、すぅすぅと寝息を立てながら眠っている。
「あの後どうなったんだ」
自分が倒れたのは正しく認識している。何せするつもりはない能力の行使をしたのだ。倒れたのは当然というべきか。だが思った以上に反動がないということが慧の目下の疑問だ。
身体の状態を巻き戻す針動反転はともかく、初期読込は考えていた最後の手段だった。
初期読込は能力使用の限界を伸ばすために考えたのだが、最終的に効果が切れた瞬間、当然使った分が自分にのしかかる。一時的に能力の行使限界は伸びるが、やり過ぎると確実に死後の世界とやらに逝く。
『おはようございますマスター、気分はいかがでしょうか』
慧がそんなことを考えていると不意に声が頭に響く。声でわかった。クロノは間違いなく怒っている。一歩間違えば死ぬところだったのだから当然といえば当然なのかもしれない。
『返事がありませんね。状況は理解頂けたようで幸いです』
『クロノ、まぁ落ち着けって。な?』
なぜか頰を膨らませている姿で想像してしまったが、クロノの声色は冷たい。なぜだか背筋がゾクゾクとし始める。
『私は至って冷静です。が、マスターにお聞きしたいことがありまして、あの初期読込とかいう欠陥品はいつ考えたのですか?』
『け、欠陥品は言い過ぎじゃ……』
そんな他ごとを考えていると、クロノから辛辣な言葉が飛び出す。おそらくこれでも抑えているのだろうが慧としてはそれはそれで怖い。
『生命に危険があるものを欠陥品と言わずに何というのですか』
『そのことは悪かったと思ってる。使うつもりはなかったんだ』
『ならどうしてですか!』
それまでは抑えられていたクロノの声に怒りが混じり、語尾が強くなる。
『……わからない。けど、負けるわけにはいかなかった』
微妙な空気が二人に流れる。スゥスゥと横で眠る謎の少女は起きる気配がなく、否、何かアクションがあるまでは起きるつもりがないらしい。こちらに助けは期待できないと慧は現状を打破するために頭を捻る。
『……もう良いです。次からは気をつけてくださいね。それと初期読込は禁止です。わかりましたか?』
『気をつけるよ』
クロノはそれっきり口を噤んだ。慧は初期読込は使うつもりはあまりなかった。しかしあくまであまりない、というだけだ。だからクロノには気をつけると言うに留める。
どうにか改良しないとな、と口には出さずに呟くと部屋の扉が開いた。もはや見慣れた顔がそこにはあった。
「目は覚めたみたいね。気分はどうかしら?」
真顔でそう尋ねる乃彩。今は仮面をしていないので表情がよくわかる。こちらもクロノ同様あまり良い顔はしていない。
「最悪だよ」
「でしょうね。よくはわからなかったのだけれど相当な無茶をしたのでしょう?」
だが、それはどうやら慧を責める類のものではなく、どちらかと言えば寧ろ自分を責めているように慧には見えた。
「そう、だな」
「前言を撤回するわ」
先程まで俯き加減だった顔を上げると乃彩は慧を真っ直ぐに見据える。
「その様子だと覚えていないようね。作戦行動について、私に守られてろって話よ」
「そういうこともあった、か?」
必死に思い出そうとする慧だが、生憎と思い起こすことは出来ず、何とも言えない表情をしていると、乃彩が軽く吹き出した。
「えぇ。でも、その判断は間違いだった。ベイルを倒せるのなら貴方は十分に強い、課題はあるけどね」
「ちなみに課題って?」
「能力の使用時間を可能な限り伸ばすことと、多対一ね。とにかく貴方は戦闘可能時間が短すぎるのよ」
「あー、まぁ善処する」
言われてみれば慧が能力を使用して戦闘を行おうと思えば保って二十分というところだ。そして時針停止を使用した場合は更に短くなり、そのまま意識を失うことも多々ある。
だが、能力を使用出来るようになってからそんなに月日も経っていないのだ。さすがに無茶を言い過ぎではないかというのが慧の本音であった。
「わかってるわよ。一朝一夕にはどうにもならないことはね。だからたまには私も訓練手伝って上げるから」
「助かる、ところでリスタ」
「その娘のこと? アンノウンの幹部の一人よ。メルト、と呼ばれてるわ。メンバーの詳細を勝手に話すのはマナー違反だから本人に聞きなさい」
そろそろ横の少女に言及しようと思って強引に話題を変えようとした慧だが、訊ねようとした疑問はあっさりと躱された。
「それもそうだな。で、起きてるんだろ?」
「えへへ、バレてましたか。これまでは上手く行ってたんですがね。後学の為に何故狸寝入りとわかったか教えていただけますか?」
「本当に、言ってるのか……?」
首をこてんと傾げ、頭上にクエスチョンマークを浮かべている様子を見るに、どうやら本気で言っているらしい。どうしたものかと慧はなんとも言えない表情になるが、騙されていたフリをするのが優しさなのか、正直に言うのが優しさなのか。
どうでも良いことで悩みそうになった慧だが、結論としては正直に先ほどのことを口にする。
「瞼がピクピクしてたぞ。多分誰が見ても気づく」
「……ですか。皆さん……優しい方々だったんですね。まぁいいです、聞きたそうにしてるので先に答えますが、私が此処にいる理由はあなたのサポートです」
愕然とするメルトだが、慧と乃彩がフォローを入れる前に、自嘲気な微笑みを窓の外に向ける。
慧はどこか居た堪れない気持ちになりかけていたが、誰かが言わないといけなかったことだと自分を納得させる。
「ちんぷんかんぷんって感じですね。私の能力を使って新入りさんと今感覚を共有してるのですよ。でもって私が新入りさんの処理限界寸前の脳の処理を手伝っているのです」
「そんなことも出来るんだな」
能力をあれほど酷使したのにこの程度で収まっているのはそれが理由かと慧は納得する。
「えぇ、一時期国防軍に捕まってたんですが、この能力のせいで大変な目に遭いましたよ。全くもってあいつらはけしからんです」
「大変だったんだな」
怒っているのだろうが頬を膨らませて身を乗り出すように言ってくる辺り、普通の少女に見える。
「そうなんです! もし国防軍の所に乗り込むのでしたら私に連絡をくださいね。ぶっ壊すのは手伝いますから!」
「あー、うん。その時は頼むよ」
「ふむふむ、新入りさんもかなり良くなってきたみたいですね。早めに鈴の所に戻らないと大変なことになりますので大丈夫ならお暇させていただくんですけど」
つまりはそう言うことなのだろう。鈴は有用すぎる能力であるのに代わりがいないため彼女が少しでもとその能力処理の一部を請け負っているのだろう。
「ありがとう、多分大丈夫」
「ですか。では共有切りますよ。私の感覚からするとちょっと酷い頭痛で済むと思うのでファイトなのです」
そう言って部屋から出て行ったのは良いのだが、慧の頭は過去にないほどの頭痛を訴えていた。
「……これが、ちょっと? 割れそうだ」
「水よ、それと気休めだけど能力者用の頭痛止めね」
乃彩が気の毒そうな顔をしながら水の入ったグラスと錠剤を差し出す。
慧は有難く受け取ると痛みを堪えつつ乃彩へ笑顔を向ける。
「ありがとう、気がきくな」
「私だもの。それでベイルから伝言よ」
「あいつもう治ったのか?!」
慧はベイルの身体を二つに分断したことを覚えている。そもそも生きていることすらおかしいのに既に意識もあり、伝言を頼むほどの余裕があることが窺える。その事実を慧は簡単には信じられなかった。
「うちの能力者は優秀だからね、外傷ならすぐよ」
「……それで、ベイルはなんて?」
乃彩は一枚の小さなルーズリーフを取り出すとそこへ目を通すと同時に内容を読み上げ始めた。
「『約束は守りましょう。彼女には手を出しません。それと貴方に興味を持ちましたので今度食事にでも行きましょう』」
「本当にそんなことを書いてるのか?」
慧の疑問に答えるように乃彩はその紙を手渡した。当然ながら一字一句乃彩が読み上げたその通りで、慧としては頭を抱えるしかなかった。
「何を考えてるんだ?」
「ベイルは基本的には誠実で真面目な男だから言葉通りじゃないかしら」
「ますますわからなくなってきた。この件は一旦保留だな」
慧のベイルに対しての印象と乃彩が抱いている印象は全く異なると言っても過言ではない。
混乱しかけた慧は取り敢えず思考を放棄する。
「それで、乃彩は俺の見舞いにきてくれただけなのか? すごく嬉しいしありがたいんだけど」
言外に用事があったんじゃないか、と慧は乃彩へ尋ねると、本来の用事を思い出したようで、乃彩はゴソゴソと肩にかけた鞄に手を突っ込む。
「忘れるところだったわ。これを渡しておくわね」
「携帯?」
どこからどう見ても普通の携帯に慧は乃彩に説明を求める。
「貴方の携帯でアンノウンのメンバーとやりとりするつもり? 一瞬で身バレするわよ」
「そういうことか。この携帯を契約したのは?」
「さぁね。この程度の不正なんて昔からあることよ。料金はきちんと払ってることだし、そもそも私たちはアンノウンのメンバーなんだから気にするのも馬鹿らしいわ」
「そんなものか」
気になったので乃彩に聞いてみた慧だが、乃彩も知らないらしい。それどころか鼻で笑う始末である。
「そんなものよ。一応言っておくけど盗聴されていることがあるかもしれないからこの携帯を使うときは間違っても本名を名乗らないこと。良いわね?」
「わかった」
どうやら初期設定は済まされているようで、携帯の持ち主はユールとなっている。それもどうなのかと考えたりするが、こうなっている以上深く考える必要も無いかと考えることを止める。
「それじゃあ私は仕事があるからもう行くわよ。ユールも家族に不審に思われないうちに帰りなさいね。そういえばボスがあなたの家の近くに転移陣を敷いたそうよ。間違いなくあなたの為だと思うからお礼を言っておくと良いんじゃないかしら」
携帯には午後二十時三十分と表示されている。あまり時間に余裕はないことを慧は悟る。
「わかった。何から何まで済まないな」
「良いのよ。私たちは仲間なのだから」
そう言い残すと乃彩も部屋から出て行った。慧はベッドから降りると何とか動けることを確認し、扉へと向かった。
結局慧が家に着いたのは二十一時を過ぎた頃だった。どんな小言を言われるだろうかと戦々恐々としていたものの、家の中に明かりは付いておらず、どうやら恵令奈はまだ帰ってないらしい。
思えばここ数日間は大変だったな、と慧はベッドの上で天井を眺めながら呟いた。鈴との出会いから今までが鮮明に流れる。
今後への不安と僅かな期待に慧は小さく微笑んだ。
『らしくないことを考えているのですねマスター』
『かもしれないな』
『今日はお疲れ様でした。良い夢を、マスター』
慧の瞼が重くなる。今日はいい夢が見られそうだと、慧はその心地よい微睡みに身を委ねるのであった。
これで一章が完結となります。
ブクマ、感想、評価ありがとうございます。
二章開始は現在の進捗状況から10/5になると思います。
ここまでお読みくださりありがとうございました。




