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どう動くのが最善か。慧はその事だけを考える。そして出た結論は、まず相手をよく見る事だった。
動かない慧に、ベイルは口角を吊り上げると一気に接近する。
「来ないのならこちらから行きますよ」
既に慧は狂針時計を発動させているが、ベイルはそれでも尚、慧の速度に劣らない。
単純な速度では同等、慧はその事に心の中で悪態を吐くと距離を取るべく後退する。
『マスター、能力によりあなたはベイルの三倍の時間を所有しているのです。焦らずに今は耐えつつ能力の分析を行いましょう』
『そうだな』
「今朝会った時より動きがいいですね。やはり妹さんは邪魔でしたか、クフフフ」
ベイルは慧の方へと手を伸ばす。殴打ではなく掴むことが目的のようで、拳は握られていない。
慧は躱すことに集中するも、全てを躱し切ることはできない。時折衣服にベイルの手が掠り、爆ぜた服の焦げる匂いが慧を不快にする。
「そうでもないさッ!」
慧はバックステップで距離を取る。単純な攻撃をし、隙を見せるわけにはいかない。それはベイルも同じだったようで、それまでは強引に距離を詰めようとしたベイルだが、大鎌の間合いの直前で立ち止まった。
「なかなか捕まりませんねぇ。まぁここはじっくりといきましょうか」
向こうが時間をくれるというのなら慧としても願ったり叶ったり。ベイルが何か不審な行動を取らないか注意しつつ、慧はクロノへと話しかける。
『能力使用可能範囲はおそらく手が触れた物体及び、ベイル自身から半径1メートル半といったところ。遠距離の攻撃方法はナイフしかないみたいだが、クロノはどう思う?』
朝の戦闘を含めて慧はベイルのことを分析する。クロノもその認識でいることが伝わってくる。
『ええ、そのようです。が、何かあると考えておきましょう。まだ能力は使えますね?』
能力が発現した時であればいざ知らず。今は多少であれば負担なく使えるようになっている。慧は今の所余裕を持って戦えていた。
『まだ大丈夫だ』
「そこ、立っていて良いんですか?」
不意に問いかけたベイルに、慧は体感時間を更に引き延ばす。足元に空気の揺らめきを感じたが、間に合わない。揺らめきは現実の事象へと変化し、大規模な爆発を引き起こす。
「くッ!?」
「ふふっ、残念。逃げられましたか」
「うぅぁ」
飛び退いた慧だが、爆発が右足を僅かに捉える。肉が焼け焦げ、爛れたようになっており思わず痛みで呻く。
『マスターッ!?』
「大丈夫、だッ」
「ふふっ、誰に言っているのですか?」
笑みを貼り付けたベイルは依然として、消耗を感じさせない。慧からは先ほどの余裕が消え去っていた。
このままでは拙いと判断した慧は、早々に決着をつけるべく切り札の一つを切る。
「時針停止!」
時が止まる。慧は駆け出し、切迫すると同時に大鎌を振るう。しかし痛みに能力の制御が緩んだ。
その凶刃がベイルへと到達する前に、時が動き始める。
目の前に急に現れた大鎌に、ベイルは完全に回避することは出来ず、胸元を浅く斬り裂いた。
「くっ」
痛覚が残っているのが不運だったのか、少しでも動かすと激痛に慧は襲われる。それに合わせて能力使用による頭痛が慧を蝕み始める。
傷を負わされたことに、一瞬表情を歪ませたベイルだが、すぐに口角を吊り上げる。
しかし、そこには先ほどまでの侮りは見られなかった。
「これは、予想外です。私も焼きが回ったということですかね。仕方ありません、遊びは終わりです」
「一体何を」
ベイルは何本ものナイフを頭上へ投擲する。一本一本が大きめで、まるで砂でできているかのような。そんな印象を抱いた慧だが、最早満足に動くことも出来ず、歯を食いしばる。
「くふっ……連鎖爆塵」
ベイルがそう言うとナイフは空中で激しい爆発を起こす。それと同時に大量の粉のようなものが空中を覆った。咄嗟に慧は目を閉じ、息を止める。
光と轟音がばら撒かれる。爆発は慧を呑み込んだ。
地獄のような時間。十数秒間続いたそれは、悲鳴を上げさせることすら許さず、絶え間無く熱と爆風が慧へと降り注いだ。
爆発の後、立っているのはベイルだけだった。
慧は息こそあるものの、服は体をなしておらず、皮膚もぐちゃぐちゃになっている。肉は吹き飛んでいるところもあり、熱で全身が爛れていた。
「ふ、ふふっ。まだ息があるとは」
笑みを張り付けているベイルも少なからず爆発に巻き込まれ、大きな傷こそ負っていないものの腕や足の一部が焦げている。
『マスターッ!! くっ、損傷が激しい……』
全身が焦げ、身体が一部欠損している慧のその凄惨な姿に観客も息を呑む。
勝利を確信したベイルはクスクスと嗤うとラナの方へと視線を向ける。
だが、ラナは依然として慧から目を逸らさず、不審に思ったベイルが視線を戻す。
赤い眼光がベイルを捉えた。
ゆっくりと。骨が剥き出した手足を使って慧は再び身体を持ち上げる。
感覚を共有しているからこそ、クロノは慧の姿に震えた。全身、あらゆる部位を何度も何度も突き刺すような痛みに耐える。共有して幾らか鈍っている感覚でさえ常人には到底耐えられるものではない。慧はそれ以上の苦痛を感じているはずで、クロノはそのことに驚きを隠せない。
『動けるはず、ない……マスター、一体何を』
クロノの問いは慧の耳に入ってはいなかった。掠れた声を絞り出すように、口と呼べるのかもわからない部位を慧は動かす。
「初期読込」
ひゅうひゅうと音が漏れるようで、辛うじて聞き取れるその声により、それまではぼんやりと霞みがかっていた慧の思考が嘘のようにクリアになる。
『ッいけませんマスター!!』
クロノの悲痛な叫びが慧へと届く。表情を動かすことは出来ないが、慧はそれでも笑った。
わかっている、と心の中で返事をする。
「針動反転」
胸にかかった時計が大きく音を立てる。反時計回りに秒針が動き始めると、それに呼応するかのように傷が消えていく。
「傷が、戻っていく、あの時と同じ……」
ラナがぼそりと呟くが、誰の耳にもその言葉は届かない。慧の姿は瞬く間に決闘直前へと巻き戻った。
「バカなッ!!」
慌ててナイフを投擲しようとしたベイルだが、全身を突くような純粋な殺気に体が強張る。まるで金縛りに遭ったかのようにベイルの身体はピタリと停止し、慧がそれを見逃すはずがなかった。
「狂針時計」
限界まで引き伸ばされた時間。最後にベイルが見たのは、無表情のまま自分へと大鎌を振るう慧の姿だった。
「勝者、ユール!」
ベイルの身体が二つに分かれると同時に勝利の宣言が成される。
異様な結末に観客はその時こそ静まっていたが、次の瞬間には歓声が闘技場中に響き渡った。




