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時の掌握者  作者: 夢我霧中
第一章
10/39

09

 乃彩の告白まがいの行動は瞬く間に学年中に広まり、その発言の直後から大勢の人間に質問攻めにされた慧は、すでに机にぐったりと倒れ伏している。

 待ちに待った放課後となり、また囲まれる前に満身創痍の身体を持ち上げ帰る準備を整える。だが、そこに慧がよく知る人物が刺客となって現れた。


「こんの、裏切り者がぁぁァッ!」


 今日は風邪で休みだと、朝に芽衣が言っていたはずの甘粕宏人をその目で確認して慧の頬は大きく引き攣った。


「な、なんでここに!?」

「いいから一発殴られとけッ!」

「はぁ、一旦落ち着けよ」


 振りかぶった手を受け止めると、慧は溜息を吐く。どうにもならないことを悟ったのか宏人は崩れ落ちた。


「くぅぅ、俺は信じてたのに、なんでだ慧ぃ……」


 どう考えても宏人が来た理由は乃彩の件だろう。だが、慧としても乃彩の思考が読めず戸惑っているというのが本音である。確かにそんな方向に持っていくという話もあったが、それにしても性急すぎると慧は心の中でつぶやく。


「それは、俺も知りたいところだよ」

「確認だ。俺が熱が下がらなくてもお前のところに来たのは、朝国に慧が告白された、って聞いたからなんだが、本当にそんなことがあったのか?」


 慧は目の前の病人が熱すら下がっていないと聞いて、鞄からマスクを取り出すと押し付ける。


「とりあえずマスクくらいしろ。というか、熱が下がってないなら来んな」

「あぁ、ありがとう。じゃなくて、そこんところ教えてくれよ。俺たち親友だろ?」

「ん、多分お前が言ってる内容で合ってるよ」


 天を仰ぐかのようにぼーっと上を眺めている慧だが、昼の一件を思い出しながら宏人の問いに答える。


「よし、一度死んどけ」

「あら、楽しそうな話をしてるのね甘粕くん」


 宏人がニッコリと笑い拳に力を込めたところで、騒動の原因が現れた。その人物を見て、宏人はギョッとした顔となり、慧はというといかにも疲れたという視線を遠慮なく投げかける。


「乃彩か。お前のせいでこっちは大変な目に遭ったんだぞ」

「あら、不服かしら。そういえば、あなたは私をどう思っているの?」

「……綺麗だとは思う」


 ここで嘘を吐く必要はないと考えた慧は率直な思いを言葉に口にする。慧はどういうわけか周りの女子が小さく呻いたのが目に入る。


「ありがとう。あなたもかっこいいわよ」

「ひとつだけ聞きたい。確かにこいつはかっこいいし、良いやつだ。でも朝国は慧とほとんど話したことすらないじゃないか。どういう風の吹き回しなんだ?」


 どうしてかダメージを負った宏人がそう言うと乃彩は心外だと言わんばかりに軽く息を吐く。


「一度家に呼んだ時に十分話したわよ。それに私、これでも人を見る目はあると思うのだけれど」

「えっと、乃彩さん?」

「ここ最近は特に見違えたと思うのだけど」

「そ、そうか」


 正直なところ恐怖を感じる言葉の数々に、慧の声が変に上擦る。


「えぇ。頑張ってる貴方はとても格好良いと思うの」

「がふっ」


 絶望したと言わんばかりに宏人は手を心臓に当て、呼気を乱す。相変わらずのオーバーリアクションを見て、慧は平静を取り戻す。


「そういえば甘粕くんに言いたいことがあったの。がっついてる男と無遠慮な男はモテないと思うわ」

「お、おい宏人? おーい」


 今にも血涙を流しそうな表情のまま固まった宏人の目の前で手を行ったり来たりさせるも反応は見られない。


「さ、行きましょ慧。今日は一日付き合うって約束したじゃない」


 宏人のことはどうでもいいといった様子で乃彩は慧の手を取ると歩き始める。


「……強く、生きろよ」


 慧は宏人にそう言い残すと教室から出た。




 学校にいる間は不躾な視線が幾つもあったが、校外へ出て暫くするとそれらはなくなった。辺りに人がいないことを確認して乃彩は一度溜息を吐く。


「……慣れないことって疲れるわね。で、結局その右腕は何があったの?」

「ベイルって奴と戦った。知ってるか?」


 普段しないことをした自覚はあるようで、慧は苦笑いを浮かべながら話を続ける。


「……前に話をしてたボスが嫌ってる男よ。それよりベイルと戦ってよくそれだけの傷で済んだわね」

「妹と一緒に戦った。妹には能力が使えることはバレた。詳細はまだわかっていないと思うが」


 慧としては大丈夫だ、という認識だったのだが、乃彩は眉間に皺を寄せる。


「あなたの妹って特殊作戦軍に所属しているのよね? だったらそうね、ある程度は気づかれてると思った方が良いと思うわ。あなただって理解してるでしょうけど能力者と一般人にはそれだけの差がある」


 慧はここで乃彩の指摘を理解する。


「もしかしたら面倒なことになる可能性は?」

「ないとは言い切れないわ。アンノウンのメンバーだとはバレてはないでしょうから今は大丈夫よ。それで、妹さんとの仲は良いの?」


 恵令奈とは特に仲が悪いわけではないと慧は考えている。勿論向こうがどう思っているかは知りえないが、避けられたりはしていないので少なくとも嫌われてはいないという結論に至る。


「悪くはないと思う」

「万が一の場合に懐柔出来る?」

「……わからない」

「それはそうね。能力者じゃない程で行くつもりだったのにあの男は」

「それで、あいつはまた妹、恵令奈を狙うのか?」


 慧は恵令奈に人と、まして能力者とは戦って欲しくない。だが国防軍の、それも特殊作戦軍にいる以上、戦闘からは逃れられない。それでも出来る限り危険から遠ざけたいというのが慧の本音だった。


「……推測に過ぎないけれど、実際に狙われていたのは妹じゃなくてきっとあなた、いえ、ユールが狙われてたのよ」

「はい?」


 状況、言動から考えていなかった言葉に慧は間の抜けた声を漏らす。


「ボスは基本的には個人に興味を抱いたりしないのよ。けれどボスは珍しいことに貴方を気に入ってるみたいで、ベイルはそれが気に入らないのよ。私やフェイはあなたの情報は可能な限り伏せてたのだけど、内部の何処からか漏れたんでしょう」

「あいつは妹を狙ったって言ってたけど?」

「間違いなく嘘よ。でもベイルの性格上どうでも良いって事もないと思うからそっちはオマケね」


 つまるところ安心は出来ないということに慧は拳を握る。


「妹さんにもし貴方がアンノウンのメンバーだと露呈したら家族には会えなくなると考えてほしい」

「……そう、だな」

「ボスに一応聞いてみましょう」

「……あぁ。それで俺も聞きたいことがあるんだが、今日は何かあるのか?」


 乃彩の強引過ぎる行動は慣れることこそないが、あまりない事なので用件があるのだと慧は推測する。


「月に一度の定例会議よ。とはいっても実際は報告会ね」


 帰り道に自動販売機でジュースを購入する乃彩を意外そうに見つめながら慧は相槌を打つ。


「ほぼ全ての能力者が集まるから、貴方は嫌でしょうけどベイルも来るはずよ」

「それはどこで行われるんだ?」

「場所はボスが作った空間ね。ボスが設置した転移陣から移動するの。だから今から私の家に行くことになるわ」


 そう言うと乃彩はキャップを捻り、ゴクゴクと喉を鳴らす。四分の一ほど飲み干したところで口を離す。


「なるほどな。で、定例会議って何を話すんだ?」

「月によって内容は全く違うわ。先月は雑談で終わったわね。それと新人紹介、適当に自己紹介するだけだから心配はいらないわ。今月はあなたの他にも一人いるそうよ」


「わかった。考えておくよ」

「間違っても能力をバラしたりしちゃダメよ、当然本名も。自分自身の生命線なんだから、たとえアンノウンのメンバーでも信用出来る人にしか教えないようにすることね」

「うっ……はい」


 能力は流石に明かすつもりはなかったが、本名は言いそうだったと慧は言葉に詰まる。


「ま、どこから情報は漏れるかわからないから気をつけなさいね」


 やけに優しい顔の乃彩に慧は憂鬱になるのだった。



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