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平成老人ボンバット  作者: アトリエスタ
1/2

前話 老人のいる通勤風景

 東京に行ったのは受験の時だけなので、何か不都合があるかもしれません。温かい目で見てくれたら幸いです(汗)。


1/19.16:30.感想で電車と東京についての指摘をいただいたので、その部分を改稿しました。

 平成二十九年、寒い冬の月曜日、通勤で人の混む午前中の都会の駅。

 いつものように、僕はスーツ姿で電車に乗ろうとする。大学卒業後、都会の会社に就職。勤め始めて七年。毎日仕事で1日が終わる。終電すら逃して、0時を過ぎて帰るのが当たり前。あまり睡眠を取れずに始発に乗って会社に行きまた仕事。上司はいつも不機嫌。理不尽を言い、怒鳴りまくる。スマホの着信音がいつも怖い。同僚もみんなおなじ。でも、気づいたらいなくなっていて、いつの間にか、知らない顔が隣のデスクに座っている。食事はいつ取っただろう、コンビニのおにぎりだった気がする、チンしたあったかいツナマヨが食べたいなぁ。三年前は、ツイッターでいいねもらえるのが嬉しかった。でも、今はやる時間もない。

 土日なのに仕事があった、気分がめいった、つらい。なんか喉がかすれる、身体が震える、お腹減らない、むしろ痛い、頭が痛い、すごく眠たい、疲れた。作り笑い以外でいつ笑ったっけ、わかんない、いいことなんかない、やめたい。でも、がんばらなくちゃ。


この不景気に他に仕事とれるのかもっとつらい人はいくらでもいる他の同僚に申し訳ないと思わないのか貯金が光熱費が食費がスマホ代が奨学金の返済がおまえは恵まれているほら五分も休んでいるやらないと上司に怒られるここでやめたら負け犬だなんで本気にならない後三年だけ家族のため今さえしのげればやめると一生後悔することになるお前がやらなきゃみんなが困る頑張れ甘えるな

 マイナスの言葉が呪詛のように自分を縛ってくる。でも、もう、いいや。

 寒い駅のホーム、電車に貨物のように押し込まれて、今日も会社に行くだろう。また、つらいことの繰り返し。

 白線の向こうに広がる一、二メートルの段差、赤茶の石たちの上に、合金製の線路が見える。そこに向けて一歩踏み出せば、会社に行かなくてよくなる、楽になれる。

 僕は、その一歩を踏み出そうとした。



 僕の横を、老人が通り過ぎ、降りていった。


 

 あまりのことに、僕は思わず足をひっこめた。呆然としている僕の目の前で、老人は線路の上に降り立った。そして、全く焦った様子を見せずに、黒いダウンジャケットを脱いで丁寧に畳んでいた。異様な光景だ、今この駅のホームだけ、世界が変わったみたいだった。あたりを見渡してみると、ホームにいる大勢の人々も、唖然と、よくわかっていない顔をして、その光景を見つめていた。人間、あまりにおかしな光景に出くわすと、呆けるらしい。でも、誰もが、老人の一挙手一投足から、眼を離せなかった

 周りの目など一切意に介さず、老人は、畳み終わったダウンジャケットを、線路の脇に置いた。そして、すくっと、立ち上がった。

 老人は、ほうがこけていたが、眼差しは力強く、温かい印象を与えていた。ダウンジャケットの下に着こんでいた、純白の道着と藍色の袴は、どれもしわ一つなく、背の高い老人によく似合っていた。

 老人は、ダウンジャケットに隠していたのであろう、長さ一メートル程の棒状の袋を取り出し、その紐を解いた。

 袋の中から取り出されたのは、刀だった。質感のある黒いさや、鈍い金色の光を放つつば、黒に菱目の模様のつか、昔見た時代劇で見たものよりも存在感があった。


 そのころになると、さすがに周りが騒ぎ始めた。老人はその様子を一瞥いちべつすると、ばっと、手に持った刀を横向きにして前に突き出し

──かつ、と低く、はっきりと響く声を上げた。

 

 ホームに並んでいた人々、老人を止めようと駆けつけてきた駅員、その場にいたすべての生き物が動きを止めた。

 

 老人はその様子に満足すると、鞘から刀をしゃらん、と引き抜いた。

 反りの少ない、美しい刀身だった。曇りのない光る鋼の銀色、燃え盛る炎のような波紋はもん、刃本にこしらえられた龍の意匠、刀にくわしくない素人でも上等な代物だとわかった。

 老人は、鞘をダウンジャケットのほうに置いたあと、刀を一、二振りした。老人は剣道の上段者なのだろう、綺麗な素振りだった。そして、顔を人々の前に向け、優しく微笑んだ。


 そして、線路の向こうから電車が音をたて、ライトを照らしながらやってくる。老人は、肩のあたりで刀を縦に構え、電車目掛けて駆け出した。


 どんどんと迫りくる鈍色にびいろの金属塊。老人はおくすることなく、弾丸のように向かっていく。そして、激突するや否やというところで、刀を真っすぐに振り下ろした。

 刀を振り下ろす老人の姿は、どこか神聖なものを感じさせた。




 あの後、駅のホームは、KEEPOUTの黄色いテープで取り囲まれていた。テープの向こう側では、オレンジ色のツナギを着た作業員たちが、担架に乗せた()()()()()()()にブルーシートを掛け、運ぼうとしている。ブルーシートを掛けられる前に見えた老人の顔は、電車に向かう前と同じように微笑んでいた。

 

──なんで、あの老人は電車に向かっていったのだろう。


 素朴な疑問を僕は考えていた。老人は、命が惜しくなかったのだろうか。家族や友達、自分がいなくなって悲しむ人がいないのか考えたのだろうか。ん、家族や友達…?


「あっ」


 そうだ、僕には、大切な家族が、友達がいたんだ…。

 気分屋でお調子者だけど、ここぞというときは頼りになる父。怒ると怖いけど、本当は誰よりも優しい母。生意気だけど、陰で人一倍努力している妹。学生時代にいっしょに馬鹿やって笑いあった友達。

 僕がいなくなって悲しむ人たち。いなくなってしまったら、もう会えない、大切な人たち。


 黄色いテープの向こう、白線のさらに向こう、段差の下で運ばれている、膨らんだブルーシート見る。

 ──あのとき、一歩踏み出していたら…僕が、あのシートを掛けられていたんだ…。


 僕はなんて、なんて、恐ろしいことをしようとしたのだろう。なんで、こんなことが分からなくなるまで、疲れ果ててしまったのだろう。

 後ろによろつき、人にぶつかる。そして、自分の身体を抱きしめ、震えて泣き出した。恐怖と安堵の感情が入り交じり、ぼろぼろと涙が零れ落ちる。

 ただ、生きていることに感謝した。

 いや

 電車を見やる。先頭の車両、フロントガラスの下側に付けられた、縦に真っすぐな刀の痕。

 それを見て、考えを改める。僕はあの老人に助けられたんだ。()()()()()()()

 それを、忘れてはならない。


 そのまましばらくしたあと、僕は、後ろにぶつかった人に謝ってないことに気づいた。後ろを振り返ってみると、ショートヘアの若いOLがいた。彼女も泣いていたようだ、眼元の化粧が涙で崩れていた。

 気づけば、そこかしこに泣いている人たちがいた。彼らも僕と同じように、家族のことを考えたのだろうか。よくわからない。けど、みんなあの老人に何かを救われたんだ。そう、思う。


 気分をぶち壊すように、上司からの電話が掛かってきた、そう、僕をここまで疲れ果てさせた相手から。スマホを取り出して、通話アイコンをタッチする。

「おい!〇〇(僕の名前)!さっさと会社に来い!仕事がたまっt

「部長、大変申し訳ございません。死にたくないので、会社を辞めます。」

 自分でも驚くぐらいに、はっきりと言った。

 そして、素早くスマホの電源を切って、カバンの中にしまう。ふぅ、と息をつくと、先ほどのOLが驚いたようにこちらを見ていた。僕は、照れくさくなって、顔をへちのほうに向けた。それを見て、彼女はくすくすと笑った。僕も顔を真っ赤にして笑った。ひさびさに心から笑った。


 彼女にだいぶ遅くなった謝罪を済ませると、もう一度あの刀の痕を見た。どこまでも縦に真っすぐで、ぶれることのない刀傷。僕の人生はもう、ぶれてしまったかもしれない。けれども、大切なものに向けて真っすぐになることは、まだ出来るはずだ。

 覚悟を決めた僕は、彼女にそれじゃあ、とまで言い、そのあとに言う言葉を詰まらせた。「頑張ろう」は言いたくない。

 少し逡巡して

「それじゃあ、お互い、生きよう」

「ええ、あなたも。」

 彼女はそう答えたあと、僕とは反対方向へ、カッカッと、小気味よくハイヒールの音を響かせて去っていった。

 

 僕もその場を去った。会いたい人が、大切にしたい人がいるから、周りや自分のいうマイナスなんてしったこっちゃあない。

 僕は、生きる。

正直、社会人ろくに経験していない自分がこの話題を書いていいのか、結構不安でした。

あと、一話で終わります。土日でやっつけなきゃ。

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