閑話 私の探し物
新の妹、神崎優奈ちゃん視点。
私には兄がいたらしい。
らしいというのは、私の記憶にも戸籍にも兄の存在を肯定するものが何一つないからだ。
唯一3年前からやっているMMORPGの同じギルドに所属しているメンバーだけが、兄のことを記録として知っている。
違和感を感じたのは公式のPvP大会があった翌日だ。
朝食を摂ろうと台所に向かった。
昨晩の食事を乗せていた食器が洗面台に置かれていた。
何気なく何を食べたか思い出そうとして固まった。
記憶では観戦していた大会が終わった後に私が自分で料理をして1日を終えていた。
そこまで思い至った途端怖くなった。
だって私は料理が出来ないのだから⋯⋯。
恥ずかしながら家事の1つも出来ない私が7年も一人暮らしが出来るとは思えない。
実際に昨晩作った料理を記憶の通りに作ろうとした。
結果は散々なものだったが。
そんな私がどうやって暮らしてきたのか?
得体の知れない恐怖感を押し殺しながら数日、久しぶりにゲームを開いた。
Filia:ユウナさんギルマスのこと何か知りません?
同ギルドのメンバー達に挨拶をしていると、メンバーの1人からギルマスのレイアさんについて訊かれた。
Yuna:いえ、知らないですけど⋯⋯。何故私に?
Liggle:いや、それがさぁ、ギルマスの中の人を憶えてる人が誰もいなくてさ。ログ見たらユウナちゃんと兄妹だって言ってたから何か知らないかなって
Yuna:兄妹⋯⋯?私は一人っ子で兄は居ないはずのですが⋯⋯
Liggle:マジ?でもほらログに
そういってリグルさんが見せてくれたSSには確かに、私とレイアさんが兄妹だと明言していた様子が写っていた。
ギルドメンバーの人達とは全員現実で会ったことがある。
みんな思い出すことが出来るのに、何故かレイアさんだけは何一つ思い出すことが出来なかった。
それはメンバーの人達も同じだと言う。
過去の会話にはちゃんとレイアさんがオフ会に参加する旨が残っているし、印象に関しての言い合いなども残っていた。
明らかに何か不思議なことが起こっている。
そう感じた私達はまずレイアさんに関する情報を集めたのだが、結果は芳しくなかった。
レイアさんの交流関係が少なすぎたのだ。
ほとんどの時間をギルドメンバーと過ごしていた為、現実で会ったことがあるのはメンバーだけだった。
それから数日、レイアさんは一度もログインしなかった。
手がかりが何もなく、途方に暮れていた私は何の気なしに掃除をしていた。
何かわかるかもしれないと、物置になっている部屋を重点的に。
粗方片付いたところで不意に押し入れが目に入った。
何かある、そんな予感がしたのだ。
中を物色していると、奥に気色の違う箱が置かれていた。
誰かが何か贈り物をしたような風貌の箱だ。
丁寧にラッピングされた箱の側面には汚い文字で、
『新にい、たんじょうびおめでとう!』
と書かれていた。
見覚えはないが間違いなく昔の私が書いた字だ。
だが私には、記憶にないものが家にあるという恐怖は微塵もなかった。
それどころか懐かしさすら憶えた。
私が兄に贈ったらしき不思議な箱を開けてみる。
中には私が2年前からやっている、私の兄がやっていたと思われるオンラインゲームが入っていた。
使っていなかったパソコンでゲームを起動する。
見慣れたキャラクターセレクトの画面に映るのはただ1人、私の兄でもありギルマスでもあるLeiaだった。
やはり私には兄がいた、兄に何かがあり存在自体が消えてしまった。
そう再確認すると、嬉しさと悲しさで涙が出てきた。
ぼやける視界でレイアをログインさせる。
『Leiaがログインしました』
Liggle:ギルマス!?ユウナちゃん何かわかったのか?
Mia:うわギルマスだ〜、なんか久しぶりなかんじ〜
次々流れてくるチャットに、兄が愛されていたのだと実感でき嬉しくなる。
自分のアカウントのYunaで事情を説明していく。
YUI:やっぱりユウナちゃんにお兄さんがいたのね〜。でもそしたら問題はギルマス本人と私達の記憶のことよね
そうなのだ。
兄が今何処にいるのか、記憶どころか記録すら残っていないとはどういうことなのか。
まだわからないことだらけだ。
“それ”がログに流れたのは、これからについてメンバーのみんなで悩んでいる時だった。
『Leiaから"XXXXの鍵"がメンバーに贈られました』
背筋が凍った。
バッ!とレイアのアカウントを動かしているパソコンを振り返ったが、誰も触れていないし動かしてもいない。
つまりそれは画面の中のレイアが勝手に動いたということであり──⋯⋯。
Liggle:お、おい。今のはなんだ?ユウナちゃんがやったのか?
チャットが届いた音声で我に返る。
すぐに自分ではないと弁解する。
YUI:じゃあ誰が動かしてるのかしら⋯⋯? ギルマスも特に動く様子はないし⋯⋯。届いたのは鍵よね? 使用可能なアイテムの
Mia:使ってみる〜?
UnitA:み、みんなで使ってみれば怖くないかな⋯⋯
Mia:せーので使おうよ!
どうやら一斉に使ってみるということで決まったようだ。
私は嫌な予感がしてあまり気乗りではないのだが、理性とは別のところで何かが鍵を使えと訴えかけてくる。
この鍵は兄に繋がる。なんとなくそう思った。
あぁ、早く鍵を使おう。
Yuna:それじゃあいきます。せーの
『Yunaは"XXXXの鍵"を使った』
───ッづあ!!
目の前で火花が弾けたような、そんな感覚に襲われた。
頭が痛い⋯⋯割れそう⋯⋯。
なに⋯⋯これ⋯⋯意識が──⋯⋯。
◇◆◇
カタカタ。
無人のパソコンが勝手に動く。
静かになったチャットログを、見えない“何者”かが意思のない目で見つめている。
『Leiaがログアウトしました』