四十三話 機嫌は最高潮ですよ?
なろう用にスマホを買いました。
スタスタと城内を歩いていくレイアを、兵士たちが遠巻きに眺める。
城に侵入した直後は果敢に挑んできたのだが、全てを鎧袖一触にし歩みを止めないレイアに、騎士団長が一騎打ちを仕掛けてきたのだ。
それに打ち勝ってからというもの、ほぼ全ての兵士が戦意喪失している。団長が手出し無用と言い含めたこともあるだろうが。
時々挑みかかってくるのは貴族の私兵だろうか。
士気が驚くほど低い。
結局何一つとしてレイアの足を止めることは出来ず、玉座の間まで辿り着いてしまった。
特に躊躇いもなく扉に手をかけ───。
なんだ? 今の違和感は。
少し戸惑ったが、体にも周囲にも何一つ変化はない。
何も起こらない以上、進むしかあるまい。
一応、と頭の片隅に置いておきながら、扉に手をかけた瞬間、爆炎が扉ごとレイアを襲った。
「はははっ!やったぞ!」
「流石だな、宮廷魔導師殿たちは!」
「単身で王城に乗り込んでくるなど馬鹿にも程が───なっ!」
嘲笑を浮かべていた貴族らが息を呑む。
煙が晴れた爆心地には、数メートルはあるクレーターの上に立つ無傷のレイアがあった。
「これで終わりか?魔導師の名が泣いてるぞ。これならまだリィルの方が強い」
煽るような言葉に宮廷魔導師たちは顔を赤くして憤るが、既に魔力を目一杯に注ぎ込んだ攻撃をしてしまった彼らに余力はなく、手を出せる者はいなかった。
逆に貴族連中は顔を真っ青にして怯えている。
いつあの暴虐が自身に向くのか定かではないからだろう。
その中で他とは違った反応を見せる者がいた。
玉座に座る王と、その横でニヤついている少女に、後ろで待機しているメイドだ。
王は何も言わず動かずこちらをただ眺めている。
なるほど、思っていたような愚王ではないらしい。
銀髪ショートのメイドはずっと目を伏せて、こちらを一瞥もしない。
気配が読みにくく警戒した方がいいのだろうが、何となくこのメイドは何も考えてないような気がした。
そして件の少女だが⋯⋯。
一瞬王女かと思ったのだが、違うな。あまりに余裕が有りすぎる。
今も流れるような青い長髪を弄びながらこちらを眺めている。
王より少女の方が上だな。
おそらく⋯⋯
「悪魔、か」
「ぬ? わかるか? これでも隠蔽はしてあるのじゃが」
くつくつと笑いながら、さも当然かのように言ってのける。
「お嬢様、それは私が掛けていますよね」
「ぬっ! そういうことは言わなくてよい!」
⋯⋯そうでもなかったらしい。
なんとも気が抜ける会話だが、やるべきことは変わらない。
「それで、其方がこの件の首謀者ということでいいのか?」
「いかにも! 妾が十五代目魔王、"憂鬱"のエリアス・クライアトじゃ」
「ふむ、やはり魔王が絡んでいるのか。それも大罪の名持ちということは、アイツらの獲物を奪ってしまったかな?
ところで、なぜそこの貴族共は其方が魔王だということに反応しない? 下の兵たちの反応を見る限り、悪魔というのはそうそう受け入れられる存在ではないようだが」
「それはもちろん能力でちょちょいとな。色欲のように洗脳なんぞはできんが、意識の刷り込み程度であれば朝飯前じゃ」
「戦争にも一枚噛んでいるのか?」
「もちろん」
やはり元凶はこいつか。
この場でエリアスさえ抑えれば戦争は回避出来るか?
ならば⋯⋯、と体を沈めたところで、メイドが直線上に立ち塞がった。
「お嬢様、今すぐこの場からお退きください」
「なに?」
「彼女は想像以上でした。戦闘も逃走も難しいようです。既に6回繰り返しましたが、いずれも致命傷を受け戦闘不能に陥ってます」
既に? 口振りからして時間系の能力持ちか?
それが本当なら厄介極まりないな。最優先で狙った方がよさそうだ。
しかし迂闊に駆け出すことができない。
エリアスがレイアから一瞬たりとも目を離さないのだ。
隙を晒せば間違いなく突いてくるだろう。
「断る。従者を置いて逃げて何が王か。
そもそもお主とて元は対等。無理に付き従う必要はなかろうて」
今までずっと無表情だったメイドが、微かに頬を緩める。
「本当に貴女は⋯⋯。
いいでしょう、私も腹を括ります。ただし、もしもの時はアレを使いますからね」
「あい分かった。
さて主よ、待たせたな。攻撃してもよかったのじゃぞ?」
挑発するかのようなエリアスの言葉に、レイアは鼻を鳴らす。
「なぁに、主従が揃って覚悟を決めてるんだ。そこに茶々を入れるような無粋な真似はせん」
2対1だというのに、あくまで傲岸不遜に上から言ってのける。
2人同時でも問題ないと言外に言い含めて。
そんなレイアに対し、エリアスたちは憤ったりしない。
実力差など最初から分かっている。
冷静に勝ち筋を探っていく。
「ここは狭いですね。場所を変えても?」
「構わんぞ」
レイアとしても異論はない。
それが相手の策略の1つだということはわかっているが、あえて乗るのも一興。
全力で向かってくるのなら、それに応えるのがレイアの信条だ。
これでは戦闘狂と言われても否定は出来まい。
「では遠慮なく。
『虚構世界』」
3人以外の風景にノイズが走り、全て灰色で覆い尽くされていく。
テレビのチャンネルを切り替えるかのように、今までいた場所とは全く違う世界が広がっていた。
どこまでも続く石畳に、所々石柱が立っている。
空には帳が下りているにも関わらず、不思議なことに暗くはない。
ただ只管に寂しさだけが残る空間で、2人と1人は対峙する。
「なるほど、これは面白いな。
本当に範囲に制限はなさそうだし、どういう理屈なのか全くもってわからん」
レイアは興味深く辺りを見回す。
隙だらけに見えるが、2人は手を出さない。
誘っている。それくらいはわかる。
だからエリアスたちは何も言わず準備を進める。
「『幽気狩りの鎌』、『鬱瘴付与』」
「『鏡面模倣』、『幻幽』」
禍々しい覇気を放つ鎌を携えたエリアスに、2人に増えたメイドが黒い靄を纏った妖刀を構える。
完全武装した相手を前に、なおもレイアは嗤う。
「想像以上だな! 私も本気でいこう」
こちらの世界に来てから、初めて構えをとる。
右半身で足を肩幅より少し広げ、左手を顔の少し前に、右手を胸の前で握る。
単純で基本的な所作だが、それ故に隙が少なく、レイアも好んでこの型を使う。
「大罪が一つ、"憂鬱"のエリアス」
「同じく、"虚飾"のアヤメ」
「くっくく、では私も正式に名乗ろう。
ギルド『旅団』所属。序列1位、"ギルドマスター"のレイアだ。いや、折角だから"魔拳士"の方がいいか?」
家族同然の仲間たちとゲームの世界を観て回りたくて付けたその名前は、目的が異世界の観光へと昇華して、再びここに名乗られた。
レイアは心の底から笑みを浮かべる。
「簡単に終わってくれるなよ?」




