四十二話 帰る場所
「えっと、リィルと言います。よろしくお願いします」
リィルはそう自己紹介し、目の前にいる3人の男女に頭を下げた。
「おう、よろしくな! 俺はリーキル。後ろにいるのがアインとビアだ」
「よろしく」
「よろしくね!」
先頭に座っているリーダーらしき大男が挨拶に応える。
顎髭を備えた粗野な様相から少し老けて見えるのだが、まだ30代らしい。
向かって左に座る、アインと呼ばれた細身の男性は簡素な返事だったが、無愛想なだけで歓迎はしているようだ。
残る小柄な女性がビアだろう。
サイドテールに髪を纏めている活発そうな見た目によく合った陽気な挨拶だ。
「リィルはダンジョン探索の臨時パーティを募集ってことらしいが、どこかやりたい役割があったりするのか?」
「できれば盾をさせて頂きたいのですが⋯⋯」
「おう、それなら構わねぇよ! いつもは俺が戦士と兼任してるだけだからな」
「ではそのようにお願いします」
すんなりと希望は通ったようで、リィルは少し拍子抜けしていた。
自分よりもランクの高い相手だったので、もう少し抑圧されると思っていたのだ。
「リィルちゃん固くなーい? もっと気楽にいこうよ!」
「ふぇ⋯⋯ちょ」
そう言いながら、ヒシッとビアが抱きついてくる。
くんくんと鼻を鳴らしているのは気のせいだろうか。
リィルはいきなり抱きついてきたビアに反応出来ず、硬直してしまった。
赤面しているのは百合の気があるからだろう。
引き剥がすことの出来ないリィルに代わり、リーキルがビアを諌める。
「おいこら。リィルが困ってんだろ? 早く離れろ。お前はいつも人のパーソナルスペースを考えなさすぎだ」
「えー、いいじゃない! ケチ!ヒゲ!オッサン!」
「誰がオッサンだゴラァ!」
やんややんやと騒ぎ出した2人に、リィルは困惑することしか出来なかった。
同じく静観していたアインが、リィルの肩を叩いて同情的な眼差しを向けてきた。
何事かと問う前に、2人が同時にこちらを振り返った。
「「リィル(ちゃん)は俺の味方だよな?」」
「えっ? えと⋯⋯それは⋯⋯」
どう答えれば正解なのか悩むリィルは、アインに尋ねようとして先程の視線の意味を悟った。
既にそこにはアインの姿はなく、空になったツマミの皿だけが残されていたのだ。
「こ、こうなる事が分かってて逃げましたね!?」
「「どっちなんだ!!」」
いつの間に飲んだのか、酔っ払い2人はやたらとリィルに絡んでくる。
「れ、レイア様ー!!」
そうして彼らと顔合わせを終えたリィルは、先行きが不安になりながらも、親交を深めていった。
◇◆◇
「リィル! 代われ!!」
「はい!」
ガッ!とソルジャーオークの肩口に大剣が叩き込まれる。
「トドメよ!」
追撃に空中で凝固した氷の礫が脳天を貫く。
生命力の高いオーク種とはいえ、頭が損壊すれば絶命するだろう。
再生も出来ぬままソルジャーオークは崩れ落ちた。
そろそろ程よい時間だろうとリィルが予想したところで、撤退の合図が出される。
すぐに撤収の準備を進め、元来た道を戻っていく。
「ふぅ⋯⋯。相変わらず、リィルは防御力だけで見たらAランク並だな」
「ホントにねー。
どう? 臨時加入期間終わった後も一緒にこない?」
帰り道に掛けられたその提案に惹かれなかったと言えば嘘になるだろう。
この数日で分かった彼らの人柄はリィルにとって心地よく、レイアと出会う前であったら了承していたかもしれない。
しかし今のリィルには帰るべき場所がある。
だからその提案を呑むことは出来ないのだ。
「お誘いは嬉しいのですが、王国には私の帰りを待ってくれている仲間がいるんです」
「それはリィルの人生を預けるに値する人たちなのか?」
「はい。個人的な恩義も含め、これからもあの方たちに着いて行きたいと思ってます」
「そっかー、フラれちゃったかー」
ビアの残念がる様子を真に受けたリィルが慌ててフォローする。
「あっ、もちろんビアさんたちが悪いというわけではなくてですね!」
「わかってるわかってる。リィルにはリィルの居場所があるんだろ? なら無理に引き止めやしないさ」
「⋯⋯すいません」
「謝んなって。その仲間たちにここ数日でどれだけ成長したか見せてド肝抜いてやれよ!」
その言葉に、俯いてた顔を上げたリィルの表情にはもう寂しさは残っていなかった。
「───はい!」
「よし! それじゃ最後にパーっと飲みにでも行くか!」
「おっ、いいわね!」
「行く」
「今度は喧嘩しないでくださいね!?」




