四十話 これが最強ですよ?
リアルがひと段落着いたので更新。
久しぶりの更新&三人称なので、少しおかしいかも。
「⋯⋯あー、その、まあなんだ。そいつ見てみろ」
こちらを見ながら硬直してしまった兵士たちの目を上官だったものに向けさせる。
別に強迫したわけではないのだが、一斉に兵士たちの視線が一箇所に集まる。
「「「なっ⋯⋯!」」」
そこには、血の代わりに黒い粒子を撒き散らす塊があった。
兵士はもちろん、側近であった者たちも驚愕しているので、やはり騙されていたのだろう。
「見ればわかると思うが、あれは人間ではない。下級の悪魔だ。
敵国とはいえ、何もしていない相手を殺すほど私は鬼畜ではないからな。
ただ悪魔の類は肉体が滅んでも死なず、百害あって一利なしと聞いていたから先手を打たせてもらった」
続くレイアの言葉に動揺の声が、特に神官たちの間から広がっていく。
それもそうだろう。
ある程度の地位に就いていた者が、本来忌むべき存在である悪魔だったのだ。
同じ立場にいればお上に文句の一つでも付けなければやってられないと思う。
「⋯⋯ッ! ガッ! ───このクソアマがァ!!」
流石の再生力で悪魔はすぐさま人の形を取り、殴りかかってきた。
それを地面へと受け流すように、ただし威力は倍増させてひっくり返す。
「おいおい、口に気を付けろ。それにお前じゃ役不足だ。もっと階級の高い奴を呼んでこい。
どうせお前に指揮官を担うよう命令した奴が中枢に潜り込んでるんだろう?」
そのレイアの言葉に、身体の至る所が砕けて地に這いつくばる悪魔が歯噛みし、兵士たちは更に動揺する。
「何を驚いている。考えれば当たり前のことだ。
普通はこんな得体の知れない人もどきが指揮官になどなれるわけがないだろう。
ならばそれを強行出来るほどの地位に共犯者がいると考えるのが道理だ」
そう、既にこの国の権力者たちの幾人かは悪魔に成り代わられている。
確固とした肉体を持たず自由に姿を変えられる悪魔は、そういった悪事を好む。
当然ゲーム内でも似たようなイベントがあった。
フレーバーテキストにも同様のことが書いてあり、ゲームをやり込んでいたプレイヤーなら見分けることも難しくないだろう。
「この戦争を唆したのも悪魔かもしれんな。あるいは⋯⋯」
「おい! お前ら!」
レイアが自分の推測を口にしようとした時、兵士たちの向こう側から荒々しい声が飛んできた。
「何止まってやがんだ! ロウだって引っ張ってきてんだからさっさと弱小国の1つくらい落としてきやがれ!」
まあなんとも横暴な発言だ。
ロウというのが誰かはわからないが、隣国を落とせると踏んでる以上、それなりの人材なのだろう。油断は出来ない。
とレイアがそこまで考えたところで、這いつくばった悪魔が声をあげる。
「す、すいやせんアニキィ! このアマがやたらと強くて!」
「あぁ? ⋯⋯お前ロウか? どうしたその身体」
低い声を出しながらこちらに歩いてくる大男が、悪魔に問いかける。
(というかコイツがロウなのか。全然弱いじゃないか。
これくらいならツバキでも余裕で対処出来るレベルだな。感覚的には初めて戦ったあの竜と同じくらいだろうか。
案外放っておいてもどうにかなったかもしれん)
レイアが思考している間も、2人の会話は続く。
話を聞いている限り、この男がロウとやらの上司のようだ。
向こうから出てきてくれるとは、事が楽に運んでいい。
「おいそこのデカブツ。お前がSランク冒険者とやらか?
その気は無いだろうが、一応訊いておいてやろう。投降する気はあるか?」
「あ?」
レイアの軽い挑発に、隣の悪魔が青ざめていく。
「お、おい! 何アニキをキレさせてんだバカヤロウ! 俺も巻き込まれるだろうが!」
そう吐き捨てて逃げ出そうとするが、当然レイアに逃がすつもりは無い。
首根っこを掴み引き止める。と同時に後ろから迫る拳に対して、捕まえた悪魔を掲げ盾にする。
パァン!
という破裂音と共に悪魔の首から上が弾け飛び、黒い粒子へと変わった。
「ほう、力だけはそれなりにあるようだな。ミアに匹敵するかもしれん。
それにその拳、何かしてるな?」
「あ? なんだお前、俺様のことを知らねぇのか?」
はて? と一瞬考えたがなるほど。
確かに大陸に数人しかいないSランク冒険者なら名前も広く知られているのだろう。
だが知らないものは知らん。ウスラハからも聞いていないし、正直ただの小物だと思っていた。
「知らねぇなら教えてやる! 俺様が『魔拳士』のエングだ!!
まあすぐ殺すけどな!」
血気盛んなことだ。
確かに速い。ギルドメンバーを除けば、今まで見てきた中で間違いなく一番速いだろう。
だがそれだけだ。
自分の力を過信しすぎて、動きが直線的すぎる。だからカウンターを合わせやすい。
最後まで言い切らずに飛びかかってきたエングを、レイアは真正面から殴り飛ばす。
「なっ、テメェ! なんでその腕!」
防御力も高いのか、大したダメージもなさそうだ。
しかし、常に余裕の態度を崩さなかったエングが、レイアの腕を見て初めて顔に焦りを浮かべる。
「⋯⋯ククク。いいな、それ。
『魔拳士』の名前、私が貰い受けよう!」
魔拳士というフレーズが琴線に触れ、珍しくテンションの上がっているレイアは、腕に火を纏っていた。
当然自傷などではない。
これがゲームでのレイア本来の力。
「ふっ、ふざけんじゃねぇ! テメェの付け焼き刃なんかに負けてたまるか!
───『ハウル』!」
なおも愚直に突っ込んでくるエングに合わせ、拳の出始めに手を添えてやる。
ただそれだけで威力は大幅に減衰する。
その後も、何度も攻撃を潰されたエングは肩で息をしながらも、諦めずに仕掛けてくる。
「な、なんなんだテメェ⋯⋯ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯。
それに⋯⋯ハァ⋯⋯俺と同じ無属性魔法まで⋯⋯」
「なるほど、そこまではわかるのか。
いいな貴様。こちらに来てから一番楽しめたぞ。礼としては何だが、お前の目指すべき高みを見せてやろう。
なに、元より殺すつもりはない。もっと強くなってからもう一度挑んでこい」
「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯。⋯⋯んだと?」
それ以上レイアは何も言わず、ただ拳を構える。
エングはその後に見た光景を二度と忘れないだろう。
「無属性魔法『インパクト・ロア』!!」
目にも止まらぬ速度で突き出された腕は、エングに当たる直前で寸止めされていた。
次の瞬間、誇張無しに空間がたわんだ。
何も起こらない。誰にも被害はない。
ただほんの数瞬だけ、世界から音が消えた。
膝が勝手に折れる。
恐怖はない。
ただただ圧倒され、戦意など微塵も残っていなかった。
それでも目の前の"高み"だけはしっかりと目に焼き付いていた。
「うむ。問題なさそうだな。
では私は王城へ向かわせてもらおう。これに懲りたら戦争なんぞやめておけ。
自分より強い者などいくらでもいる。それこそ私よりも、な」
そう言い残し、兵士たちが道を開ける中、レイアは一人歩いていく。
その背中はどこか期待しているようでもあった。
「おっと忘れていた。『魔拳士』の名前は貰っていくぞ」
今度こそレイアは振り返らなかった。




