三十九話 我欲は妬みにて
MMO39
『なんでワタクシのモノにならないの!? それはワタクシにこそ相応しいものだと言うのに!!!』
「そんなこと言われてものう⋯⋯。悪いがこの盾はギルマスからの信頼の証。譲ることは出来んのう」
げんなりとした表情のハストは、何度目とも知れぬ返答を返す。
相手の少女──“嫉妬”は既に癇癪を起こして理性を失い、その見た目は大蛇へと変貌しており、ハストの返答には特に意味などないのだが。
最初は理知的に声をかけてきたのだが、ハストの装備を舐め回すように見ると次第に瞳が濁っていき、段々と会話のキャッチボールが出来なくなっていった。
その盾を献上すれば見逃すだのと上から声をかけてきたので、元々会話を繋げる気があったのかどうかすら怪しかったが。
本人は嫉妬の悪魔と名乗っていたが、癇癪を起こしている今の様子だと、嫉妬というよりもどちらかと言うと強欲に近いとハストは思う。
「最早話し合いは不可能かの⋯⋯。出来れば穏便に済ましたかったのじゃが⋯⋯」
そう言ってハストは両手を使い、大盾を構える。
未だ暴れ続ける“嫉妬”は、ハストへと何度も体当たりを繰り返す。
巨大な質量はそれだけで武器となる。
幾度となく地面と巨体に挟まれるハストは、目に見える傷がなくとも、感覚として体力の減少を悟っていた。
ハストの強みはその圧倒的耐久性だが、現在のような防御とは関係なしに入るダメージに弱い。
そして微々たるものとはいえ蓄積したダメージは、神器によるデメリットの発動条件へと近付いていく。
「この技は結局練習中には成功しなかったが⋯⋯。やるしかあるまいの」
このままだとジリ貧と考えたハストは、大技を発動する覚悟を決める。
タイミングを合わせてボタンを押すだけのゲームと違い、現実となった今は身体の動きが重要となる。
初老とも言える歳になるハストには、身体的に少々厳しいものがあるが、レイアは身内に不可能な試練は決して課さない。
レイアは出来ると確信しているからこそ、ハストにこの相性の悪い“嫉妬”を相手させているのだろう。
ならばその期待に応えるしかあるまい。
「⋯⋯次のタイミングじゃ」
嫉妬の巨体が一段と大きく跳ねる。
ここで決めなければ体力は7割を切り、一気に戦況は不利となる。
息を整え、目を瞑る。
一瞬の静寂ののち、目を見開いたハストはスキルを発動する。
「『超過反鏡震』!!!」
───ビキビキビキッッ!
刹那の衝突と共に、大蛇の身体に罅が入る。
『超過反鏡震』。盾術を最大まで鍛え上げた末に手に入る、防御力無視のカウンター技である。
発動までに受けたダメージを、発動した際に受けたダメージに比例した倍率で跳ね返すというものだ。
当然代償は存在し、成功失敗に関わらず、それまでにかけたバフはもちろんのこと、神器によって上昇した防御さえ全てリセットされる。
加えて、カウンター技なのでダメージを受ける瞬間に発動するのだが、効果の受付時間が非常に短く、失敗した場合はバフリセット+防御力ダウンのデバフもかかるリスキーな技だ。
しかしその分恩恵は非常に強いもので、現在“嫉妬”の攻撃によってかかった倍率は、20倍を超える。
そんな絶大なダメージを受けた“嫉妬”は断末魔をあげることすら許されず、破砕音を撒き散らしながら崩れ去っていった。
「成功したのう。恐らく土壇場で成功するのもギルマスの想定通りなのじゃろう」
相変わらず恐ろしい方だ。と愉快そうな笑みを浮かべたハストは、闘技場を後にした。




