三十七話 暴君ですよ?
「そろそろか」
鬱蒼と茂った木々の間から覗く巨大な防壁を見て、レイアは街が近いことを悟る。
ライトアムから丸一日小走りを続け、ようやくロードスレイに着いたのだ。
筋肉は減っているのだが、何故か筋力は比べ物にならない程増えているので、その脚で丸一日となると距離にして1300kmほどだろうか。
軽い小走りですら地球の世界記録より大幅に更新しているのだ。それも疲れなど殆どない。
それにしても1300kmを一日か⋯⋯。
ううむ、ますます人外じみてるな。
そろそろ森も出口が見えているのだが、街へ続く道に物騒な集団が群れている。
先方もこちらに気付いているようなのだが、特に反応を示す様子はない。
馬車などに刺繍してある紋章と防壁の紋章が同じなので、恐らくロードスレイの兵士達だろう。
つまり既にライトアムへ向けて出兵しているという事だ。
出来れば穏便に事を済ませたかったのだが、仕方あるまい。
多少の損害には目を瞑ってもらおう。
こちらに注意も向けていないのだ。
なるべく派手に脅そう。
「ふぅ⋯⋯。『大地裂掌』!!」
呼吸を整えたレイアの掌底による一撃は、轟音と共にロードスレイ全体を揺るがした。
流石の兵士達も、これにはこちらに注目せざるを得ない。
ただの少女だと認識していた存在が、目を離した瞬間にクレーターが出来るほどの威力で地面を砕いていたのだ。
呆けるのも仕方がないと言えよう。
そんな空気に構うことなく、レイアは用件を伝える。
「悪いが兵を引いてもらおうか。この先にあるのはライトアム王国だけだぞ?」
そんな物言いに対し、呆然といった様子からいち早く復帰した指揮官らしき男が、顔に怒りを滲ませながら怒鳴る。
「引けるわけがあるか! これは正義の執行であるぞ! 我が国に従わなかった愚かな国への罰だ!
貴様もあの愚王に乗せられた馬鹿か!」
「私か? 私はそうだな⋯⋯ただのしがないギルドマスターといったところだ」
「ハッ! 貴様のようなガキがか? やはり矮小で低俗な国だ! 子供に重役を任せるなど程度がしれている!」
「そういう事ではないのだが⋯⋯」
この世界でギルドマスターというのは、各冒険者組合の統括の事であり、そういう意味ではレイアはギルドマスターではないと言える。
しかしレイアも勇者達もゲーム内での癖が抜けきらず、結果なし崩し的にギルドマスターと呼称しているのだ。
「まあそんなことはいい。それより正義の執行だと? 自らが正義だとは随分傲慢な考えではないか」
「傲慢だと!? これだから愚国は! ええい! 貴様などに構っている暇はない!
全軍進め!!そのまま轢き殺せ!」
「洗脳されているなら拘束だけで済まそうかと思っていたが⋯⋯これは自国に対する盲目的な信頼か。捕虜になるくらいなら自決でもしそうだな。
仕方ない。指揮官を潰して戦争が回避されるなら、私は喜んで鬼となろう」
レイアの見る限り、兵士達の士気は高くない。
それもそうだ。
他国に知り合いも居るだろうに、上司が無茶苦茶な理論で出兵させているのだ。
士気が上がるはずがない。
よってレイアは指揮官1人を討ち、更に士気を下げようと考えた。
それに恐らくあの指揮官は⋯⋯。
「『真空打』!!」
大地を踏みしめ、大きく振り抜いた右腕は空気を叩き、音速を超えて打ち出された。
結果、拳圧により吹き荒れた風は殺傷力を持ち、敵軍へと殺到していく。
指揮官の周囲にいた兵士達は風圧で死なない程度に吹き飛ばされ、直撃した指揮官は人としての原型を留めていなかった。
「⋯⋯うむ、やりすぎた」
バツが悪そうに頭をかくレイアを、兵士達は化け物でも見るような目で眺めていた。




