三十六話 欲望は戒めにて
「フォフォ、いいですないいですな。素晴らしいです。
それでこそ奪い甲斐があるというもの」
モノンと名乗った、燕尾服にペストマスクという奇抜な格好の紳士(?)が、手に持つステッキでユニ太と鍔迫り合う。
格好や言動こそふざけているものの、その実力は本物だ。
何かと手癖の悪い魔物達が蔓延る『強欲の宮殿』の最下層にて、ユニ太はボスらしき悪魔と戦っていた。
本来ユニ太ほどのステータスがあれば特に苦戦する事もなく勝てる相手なのだが、モノンの体力を奪うという厄介極まりないスキルと、弱気なユニ太の性格が災いし、戦いは拮抗しているのだ。
最初に比べれば動きもよくなっているのでやはり慣れなのだろうが、モノンが慣れきるまで待つとも思えない。
早く踏ん切りを付けないと勝負を決められてしまう、というのがユニ太の心情だった。
一方、モノンも方もそこまで余裕があるわけではなかった。
奪い取るだのと宣言したのはいいが、徐々に押されつつあるのだ。
これは技量というより身体能力の差だろう。
明らかに付け焼き刃である剣術に攻めきれないのだ。
相当な能力差があると思われる。
これ以上の打ち合いは不利になると判断したモノンは、切り札で決めに出た。
あれから4合程打ち合った時、モノンが大きく距離を取った。
虚をつかれたユニ太は、拙いと思いつつも対応が出来なかった。
「彼の物は主へと、楔を打ち込みて其を成せ。
『能力奪取』!!」
スキル発動にしては珍しい詠唱有りのソレは、ユニ太から何かを根こそぎ奪い去っていく。
とてつもない脱力感に襲われたユニ太は咄嗟にステータス画面を開く。
驚く事にソレは、全てのステータスを今も尚奪い取っていた。
スキルを見れば、今の戦いで使ったスキルは全て無くなっていた。
慄然とするユニ太は、今までにない程の悪寒に襲われた。
咄嗟に体を投げ出した先で見たのは、見覚えのあるスキルを使って、二振りの剣を振り下ろしているモノンの姿だった。
そこでユニ太は自身の手元から剣が無くなっている事に気付いた。
「フォフォフォ、これは凄まじいですな。身体中から力が湧き出る!
それにこの剣。これ程の逸品は見たこともありませんな」
モノンは勝利を確信していた。
今の自分に勝てる者などいないと、力に酔いしれていた。
だから目の前のユニ太の雰囲気が変わった事に気付いても、何ら反応を示さなかった。
尤も、反応していた所で何も変わらなかっただろうが。
ユニ太は悟っていた。
このままだと負ける事を。自らの覚悟の無さが招いた事だと。本気を出さねばならない事を。
本当はレイアからの指示が二刀流で勝つことだったので、使いたくはなかったのだ。
しかし今はそうも言ってられない。
使わなければ負けるだろう。
自身のせいでこの状況になったのだ。言い訳など出来るはずもない。
既に叱られる覚悟は出来ている。
というかレイアのことだ。何らかの方法で既に状況を把握しているのではないだろうか。
嫌な想像をして少し身震いしたが、気を取り直してインベントリから一振りの剣を取り出す。
モノンはいきなりユニ太の手元に現れた剣を見て、戦慄した。
アレは格が違うと悟ってしまった。
半ば無意識にユニ太へ斬りかかったが、明らかに先程よりもよくなった動きで弾かれた。
そこでようやくモノンは気付いた。
ユニ太の本来の戦い方は二刀流ではなく一刀流だということに。
そこから決着までは一瞬だった。
ステータスがダウンしているとは思えない動きで、バランスを崩したモノンの横を通り過ぎたユニ太は剣を鞘に収める。
何が起きたか理解出来ていないモノンは、背後を振り返ろうとするが、上手く身体が動かない。
何故か視点も下がっているような気がする。
モノンに認識出来たのはそこまでだった。
袈裟に断たれた、モノンだった物が崩れ落ちる。
その瞬間ユニ太の体に力が戻ってきた。
ふう、とユニ太は一息付きながら落ちている2本の剣を拾い、さてどうしようかと考えるのだった。




