三十二話 悪食は災厄にて
倒せど倒せど湧いてくる。
そんなループに流石のミアも辟易しながらも進んでいると、少し広い空間に出た。
奥に道が続いているのでまだ最奥というわけではないだろう。
では何故広間があるのか?
「さしずめ中ボスといったところすかね? 楽しめればいいんすけど」
そう、強モブだ。
広間の中央に拡がっているのは、大きさ数メートルはあろうかという緑色の巨大な蛸だ。
グラトニーオクト───大きさにもよるが、この大きさだと間違いなくランクはS+になるだろう。
野に解き放てば、1体で街を落とせる程の怪物だ。
Sランク冒険者でも苦労するような敵であることは想像に難くない。
しかし蛸を見るミアの顔に悲観の色は見られない。
むしろその顔は好戦的に歪み、これからの戦いが楽しみだといった表情だ。
なにもそんなところまでレイアをリスペクトしなくてもいいのだが。
最初に動き始めたのはミアだ。
牽制で投げた苦無は、視認すら難しい速度でグラトニーオクトの頭へと飛んでいくが、グラトニーオクトは寸前で前足(?)を盾にして苦無を防ぐ。だが苦無に意識を向かせれば充分だ。
一瞬でも自身から意識を逸らさせれば、死角に入り込むなど、ミアにとっては朝飯前だ。
実際はレイアに徹底的に鍛えられた恩恵なので、朝飯前というのもおかしな気がするが。
対象を見失ったグラトニーオクトの死角から何度も斬撃が飛んでくる。
攻撃された方に意識を向けても、更にその背後から追撃がくる。
既にグラトニーオクトの体には無数の傷が深く刻まれており、そこから黒の混じった緑色の液体が零れている。
このままだと埒が明かないと判断したらしいグラトニーオクトは、触手をめいいっぱいに拡げ、足の踏み場を狭めてくる。
しかしだ。ミアの職業は忍者系列のものである。
その膨大なスキルの中には、勿論壁や天井を走るものがある。
グラトニーオクトが気付いた時には、既に手遅れだった。
真上から落ちてきた人影───否、人影達は小太刀を構えながら飛び降りてきた。
無数に増えて落ちてきたソレらは、グラトニーオクトの体を引き裂いてズタズタにした。
満身創痍のグラトニーオクトには抵抗する術などなく、何人もの人影に膾切りにされるしかなかった。
絶命した巨大蛸の前に佇む十数名の黒い影は、仕事を終えるとミアの影へと吸い込まれるようにして消えていった。
「うーん、思ってたより弱かったすねぇ⋯⋯。見た目からしてここのボスだったらしいすけど⋯⋯。
まあそいつが今ここにいるってことは、奥に更に強いやつがいて追い出されたってことっすよね! 気配も感じるっす」
少しばかりの緊張感と、大半を占める好奇心に惹かれながら更に奥へと降りていくと、出口らしきものが見えてくる。
そこから先は所謂闘技場というやつだった。
どうやらミアのいる位置は楽しませる方のようだ。
しかしながら観客は誰1人おらず、ただ向かいに人型の何かがいるだけだ。
警戒しながらも歩み寄っていくと、その何かが口を開く。
「あァ? あの蛸を殺ったのがこんなガキだってのかァ?」
どうやら言葉は通じるようだが、言葉の節々に棘が混じっている。
しかしミアにそんなことを気にする余裕はない。
「が、ガキ!? ウチに一番言ってはいけないことを⋯⋯!」
ミアは日本にいた時から身長がコンプレックスだった。
年齢よりも若く───いや、幼く見られるのが嫌なのだ。
せめてゲームの中では高身長でいたいと、女性にしては高めの身長にしていたが、対面している相手にとっては身長など関係なかったようだ。
「ガキはガキだろ。 そんなことより⋯⋯お前──強ェな?」
───ガキィン!
咄嗟に掲げた小太刀が、目の前にいた相手の爪を弾く。
「っ! 攻撃してきたってことは、アンタがここの親玉ってことでいいんすよね?」
「あァ。俺様はベルゼ──暴食のベルゼだ!強ェ奴には俺様の糧になってもらう!」
ベルゼ──数百年前に現れた、暴食を司るという悪魔の名称。
その危険度はSSとされた。




