二話 主人公は鈍感って相場が決まってるんですよ?
人の存在になど気づいていなかった新は、急に声をかけられ驚く。
「何をしにきたのかと訊いている!」
そんな新を気にすることなく、長い耳を携えた人達の中で、リーダー格と思われる女性が再度問う。
その耳を見た新は『生エルフキター!』と心の中で興奮していたが、すぐに冷静さを取り戻す。
(エルフがいるとなればやはりここは異世界⋯⋯なのか。にしてもなんで女性しかいないんだ? まあいい、取り敢えず何か返事をしなければ。
ここがゲームの中かどうかはわからない。だがここが俺が元いた世界とは別だということ、そして今の俺がレイアになっているということは確かだ。
ただ別の世界から来たなんて言うと頭のおかしい奴だと思われるだろうな。その辺は誤魔化すか。
とりあえず友好関係を築くのが先決だ。
なに、ロールプレイなんていつもやってるじゃないか。余裕だ余裕)
元より新はゲーム内でレイアというキャラクターになりきってゲームを楽しんでいたのだ。
いつも通り、苦もなくレイアという人格を外面に取り繕う。
「───あー、私はレイアというのだが、実はこの森で迷ってしまってな。今は休憩がてらに水浴びをしようとしていたんだ。見ての通り何も持ってやしない。警戒を解いてくれないかな?」
「そう⋯⋯ですか⋯⋯。全員武器を下ろせ!
───どうも、私はこの近くにあるハイカ村で一番隊隊長を努めさせて頂いているリィルです。
実は今魔物が活発化していて村の皆が殺気立っているんです。普段森に近寄らないはずの人族の気配を感じたので、警戒して確認しにきていたのですが。気を悪くしないで頂けると⋯⋯」
「なに、迷ったとはいえ其方達の領域に勝手に踏み入ってしまったのは私だ。謝るのは私の方だ。すまないな」
そう言ってレイアは頭を軽く下げる。
その謝罪を皮切りに、レイアと話していたリィル以外の警戒していたエルフ達も若干緊張が緩んだ。
少し空気が軽くなったところで、リィルが余計なことに気付く。
「ところでレイア⋯⋯さん、水浴びはいいのですが、服が見当たらないんですが⋯⋯?」
問われたレイアは内心で舌打ちする。
グローブは勿論のこと、普段装備していた服も今は持っていないのだ。
先程手元に現れたステータスボードを見る時間があれば、どうにか手元に出現させられたかもしれなかったのだが⋯⋯。
ふとレイアの頭に1つの可能性がよぎった。
質問には応えず手元をまさぐるレイアに、エルフ達は警戒し再び槍を構えようとする。
次の瞬間レイアの手に黒を基調とした道着が現れた。
「えっ! レイアさん今どこから取り出しました!?」
リィルが驚きを露わにし、他のエルフ達も皆驚嘆の声を上げる。
レイアは誰にも見えないくらい小さくガッツポーズをしていた。
(先程ステータスボード横のメニュー欄にアイテムという項目がチラッと見えた。ゲームと同じようにステータスが開けるならば、ゲームでショートカットに登録してあったアイテムも念じれば開けるのではないか?)
そうレイアは考えたのだ。
結果見事に成功し、道着を取り出すことが出来た。
土壇場だったが、実際に出来たので無問題だ。
いそいそと着るレイアに不埒な視線が飛んでいないのは、先程レイアが気付いた通り、小隊が全員女性で構成されているからだ。
尤も、元男のレイアとしては男性に見られていたところで気にしないだろうが。
しかしそこは人間離れした美貌。数人は顔を赤らめていたのだが⋯⋯。幸いレイアが気付くことはなかった。
完全に着終えたレイアを見て、見蕩れる人数が増えたのは気の所為ではないだろう。
同性から見ても美しいと思える程、レイアの顔立ちは整っていた。
「さて、私はこれからどうすればいい?」
その危険な視線に気づいていないレイアがリィルに問いかける。
「──あっ。ええと、話を聞くために一応村に付いてきてもらってもいいですか?」
一番熱い視線を送っていたリィルが我に返り、頬を薄く朱に染めながら応える。
既に新しい扉の取手に手をかけているようで、とても危険だ。
そんなリィルを不思議そうに見つめていたレイアは了承の意を伝える。
レイアとしても迷っていたことは本当の為、人里で色々と情報を手に入れたかったのだ。
ゲーム内にあった地名が存在していたのならば、ここはゲームの中───いや、ゲームの元となった世界で決まりだろう。
(あの⋯⋯)
並んで歩くリィルから不意に小声で話しかけられる。
(どうした?)
(その⋯⋯本当は貴女は一体何者なのでしょうか?)
(⋯⋯何者とはどういう意味だ?)
(私は生まれつき、魔眼というものを持っていまして。色々と種類のある魔眼の中で、私は対象の強さを測るというものなのです。
それがレイアさんからは何も測りとることが出来なくて⋯⋯。恐らく実力差がありすぎて、底が見えず何も感じ取れないんです。
私もそれなりに武力はあると自負していたのですが、こんなことは初めてで⋯⋯。
唐突にこの森に気配が現れたことといい、どうも気になってしまって。
敵意が無いのはわかったので矛を収めましたが、里に入れるとなるとそういう訳にもいかないので⋯⋯)
すわ、異世界から来たとバレた!? と思ったが、どうやら違ったようだ。
しかしどう答えようか。
誤魔化そうかと迷ったが、地球や異世界人についての情報も持っているかもしれないのだ。
それにまだ会ったばかりだが、なんとなくリィルは信頼できる気がしたため、結局リィルには正直に伝えることにした。
(⋯⋯実はな、信じてもらえるかわからないが私はこの世界の人間ではないのだ。気がついた時にはこの森に放り出されていた。特に帰りたいわけでもないのだがな。
それでも元の世界に妹を置いてきてしまったから、行き来できるなら様子を見に一度帰りたい。あの子のことだから何だかんだ言って独り立ちするだろうがな。
どうだ? 何か異世界について知っていることはないか?)
それを聞いたリィルは目を軽く見開くと、どこか納得したように笑った。
(なるほど、異世界から来た方でしたか。同じような方は、昔から勇者召喚の儀というもので何度か呼ばれているそうです。
ただ数十年、数百年に一度くらいの間隔で、勇者以外の異世界人がこの世界に迷い込むと父から聞きました。きっと貴女もその類でしょう。異世界人は総じて、皆強い力を持ち得ていると聞きますし。
ただ、元の世界へ戻ったという話は聞いたことありませんね⋯⋯)
ふむ⋯⋯、と考え込むレイアの耳に先行していた斥候の切羽詰まった声が聞こえてきた。
「村が⋯⋯! 村が襲われてるぞ!!」