十六話 自分の信じる正義ですよ?
※残酷描写注意
数分程尾けていると、男は人通りの少ない路地裏に入り込み、辺りを確認してから1つの空き家に入っていった。
家に入るのを見届けたレイアはスキルを発動させる。
───常用スキル『隠密行動』発動
途端レイアの姿が消えていく。否、周囲に溶け込んでいく。
姿、匂い、音、気配の全てを周囲と同化させるスキルだ。
但し同化させられない程の音や行動をすると解除されてしまう為、戦闘では不意打ちにしか使えないのが欠点と言えるだろう。
ともあれ、察知されなくなったレイアは扉を僅かに開け、スルリと音もなく侵入する。
中は薄暗く男の姿は確認出来ない。
全ての部屋を見回ったが、何処にも男はいなかった。
となれば隠し通路でもあるのだろう、と推測する。
レイアは入り口へ戻り、何か男の痕跡がないか探す。
ふと地面を見ると、薄らと積もった埃の上に自分のものではない足跡があった。
足跡を辿ると書斎らしき部屋に続いていた。
本は無くなっているのだが、どうやら棚は放置されているようだ。
書斎の奥まで進むと、1つの棚の前で足跡が途切れていた。
隠し通路の定番といえば定番なのだが⋯⋯何とも言えない気持ちでレイアは棚を探る。
しかし探せどそれらしき仕掛けは見当たらない。
焦れたレイアは拳を振りかぶる。
一瞬の躊躇もなく振り抜いた拳は、見事に棚を貫通───いや、爆散させて道を拓いていた。
満足そうに頷くレイアは先を急ぐ。
薄暗い地下通路を進んでいると、くぐもった話し声が聞こえてきた。
「これで──が我々の──に⋯⋯」
若い男の声だ。
聞き覚えのない声だが、なんとなく不快感を覚えるような声色をしている。
「あの──はどうするんだ?」
「──じゃ敵わん。向こうで──と合流してからだ」
あの絡んできた冒険者の問いに答えるのは、老人のような嗄れた声の主だ。
少なくとも3人はいるようで、レイアは扉の手前で歩を止めた。
その後、他愛のない話を数分してから男達は何処かに向かったようで、声が聞こえなくなり足音が遠ざかっていく。
今のうちにとレイアは扉の内側へ体を滑り込ませる。
中は土壁が剥き出しの簡易的な部屋だった。
置いてあるものも机と幾つかの椅子、空の酒樽だけでめぼしい物はなさそうだ。
奥に扉が付いており、男達はそこから何処かへ向かったのだろう。
レイアは体を扉へ密着させ、近くに男達がいないかを探る。
十分離れたようで物音がしなくなってから先へ進む。
先程とは打って変わって広めの通路になっており、馬の足跡があることから男達は馬でこの先へ進んだようだ。
(確かに馬が通れる程広いが、もし崩れたらどうするつもりだったんだ?)
益体のないことを考えながら4割くらいの力で走っていく。
流石の化け物スペックで、4割の力といえ時速50kmくらいは出ているだろう。
暗い通路なので、何気に『暗視』のスキルも役立っている。
男達に追いつかない程度に数分走り続けると、曲がり角の奥から光が届いてる。
隠遁状態なので曲がり角から顔を覗かせる。
奥は広間になっているようで、手前の通路には2人の男が松明を持って見張りをしている。
気付かれないと分かってはいるが、心臓に悪い。
広間では先程の声の主達と、小汚い格好をしている山賊のような者達が20人程群れていた。
如何に隠遁状態とはいえ、流石に正面に立てば違和感を覚えられて察知される。
これ以上は見つからずというのは無理なようだ。
これからどうしようかと頭を悩ませていると、不意に広間の奥へと目がいった。
そこには簡易的な拘束具があり、幾人かの女性、そして見覚えのあるエルフ───リィルが繋がれていた。
冷静さを失いそうになるが、どうやらまだ何もされていないようだ。
他の女性は衣類を身につけていないのを見て沸々と怒りが湧いてくるが、今はまずリィルが最優先だ。
本当は今すぐ出ていきたいのだが、広間から聞き覚えのある声が響いてきたので、とりあえず静観に入る。
「おうお前ら、あの銀髪はどうだった?」
もう1つある通路から歩いてきたのは、門番をしていたあの金髪の男だった。
普段の3割増くらいで軽薄な笑みを浮かべている。
それに答えたのは冒険者の男だ。
「相方がいなくなって狼狽えてましたぜ。いい気味だったぜ」
やはりこの男はリィルの行方を知っていて、あの反応だったのだ。
というより最早実行犯か、それに近しい存在だろう。
「それより頭ぁ、計画の前にあのエルフを味見しちまってもいいですかい?
そろそろ他の女じゃ飽きちまった」
「少しならいいが、後で使うんだから程々にしておけよ」
やはりあの金髪が頭目で間違い無さそうだ。
それよりこの男は今なんて言った?
リィルを味見? 他の女は飽きた?
───元より逃がすつもりはなかったが、コイツは⋯⋯いや、コイツらは全員生きて返すわけにはいかないな。
◇◆◇
通路の奥から溢れてくる“何か”に男達の目が集中する。
そこから姿を現したのは銀髪の少女だった。
顔は俯いていて判別出来ないが、大半の者は“ソレ”が標的の1人だと理解して下卑た笑みを浮かべる。
しかし幹部の地位にいる者や、頭目だけはむしろ警戒を強めた。
少女から発せられる気配が何かを敏感に感じ取ったからだ。
殺気ですらないただの怒気。
それにも関わらず、頭目たちは冷や汗が止まらない。
一番近くにいた見張り達が警戒もせずに近付いていく。
あと数歩というところまで近付いた時、少女の手がブレた。
瞬間男の姿が消え、轟音が響く。
少女は右手を横に振り切った状態で静止していた。
そしてその横の壁には絵の具を散らしたような赤い水飛沫が付着している。
ところどころには元の形が判別出来ない程に潰れた肉塊のようなものが⋯⋯。
男達がソレを仲間だったものだと理解するのに数秒の時間を擁した。
その間も少女はゆっくりと歩み寄ってくる。
少女は人殺しを厭わない。
自らと身内の平和の為なら、例えそれが禁忌だったとしても。
もう1人の見張りも気付けば壁の模様となっていた。
傲慢な考えだと言う人もいるだろう。
それでも友人や身内が害され、人の人生を踏み躙るような輩を彼女は───彼は許さない。
男達は現実を認識出来ない。いや、認識したくない。
呆けた頭で、それでも抗わねばと理解したのだろう。
剣を構えて少女へと数人が向かっていく。
グシャッ!
何かが潰れるような音が届き、何か大きな物体が広範囲に撒き散らされる。
それは男達だったモノ。
たかが脚の一閃で屈強な男達が紙屑のように吹き散らされていく。
今度こそ男達は理解した。
ソレは人間にどうこう出来る存在ではないと。
1人、また1人と別の通路へ逃げ出そうとしていく。
それを少女は見逃さない。
何かを投げつけたと思った時には既に逃げ出そうとした者の頭部のない死体が転がっていた。
既に男達は逃げる気力も抗う気力もなくなっていた。
近付く者も遠ざかる者も、全てが屍へと変貌していく。
そんな中で誰が諦観を抱かずにいられるだろうか。
頭目である金髪の男───マリスは冷や汗を流しながら考える。
ここからどう逃げるべきかと。
最早戦うという選択肢はなかった。
マリスは元々Aランク冒険者だったが、怪我により引退を余儀なくされた。
その後は落ちぶれて盗賊の一団に入り込んだりと、好き勝手やっていた。
その頃からだろうか、他者に苦痛を与えることが自身の快楽になり始めたのは。
それからは街で行動しやすいようにと門番に就職し、欲に忠実な冒険者を手駒にしたりと裏で工作をしている内に、気付けば団の頭目になっていた。
それからはどんどんと悪事をエスカレートさせていった。
そして今回の獲物である少女達。
方や美姫、もう方やはエルフという美味しい獲物である。
美姫は言わずもがな、エルフは滅多に領地から出てこない。
エルフは総じて魔法に通じており、魔法を使った技術も人族と比べればかなり発展しているらしい。
この娘から村の場所を聞き出し、人質として価値あるものと交換、相手方の戦力によっては村そのものを支配出来るかもと考えた。
そうしてエルフを捕らえるところまでは上手くいった。
乱戦中に睡眠薬を含んだ霧を撒くという単純な作戦だが、エルフの方には作用してくれた。
しかしもう1人に効かなかった。
その時点で嫌な予感はしていたのだが、所詮は予感。
仮にBランク以上の実力があろうとも、Aランクまで上り詰めた自身や、数の暴力には抗えないだろう。
結局計画を止めるには至らなかった。
そうして読み違えたのだ。
たった1人の戦力を。
マリスは近くにいた仲間を数人掴み、盾のようにしながら逃げ口へ向かう。
何かが飛んでくるが、ギリギリ認識出来る速度だ。
盾にした仲間が次々と崩れ落ちていき、次第に穴が出来始める。
通路に逃げ込んだ時には盾にした仲間は既に絶命しており、マリス自身も左足と右腕を失くしていた。
いつ追いかけてくるかもしれないという恐怖に駆られながら、マリスは通路を進む。
這う這うの体で外へ飛び出したが、そこで緊張が切れ、倒れ伏してしまった。
意識を失う寸前、視界には何者かの足が映った。
◇◆◇
レイアは通路へ逃げていった男を一瞥すると、広間へと視線を戻した。
危険度の高い頭目よりも、私怨で冒険者の男を優先したのだ。
レイアの視界には幹部らしき一団と冒険者の男しか立っている者はいない。
特にコイツらには容赦しない、とレイアは過剰とも思える程のスキルを発動させる。
───戦闘スキル『鬼神化』発動
───戦闘スキル『闘気』発動
───⋯⋯
あらゆるバフを重ねがけしていく。
「お前達はやりすぎた。私の逆鱗に触れたんだ。
───生きて帰れると思うなよ」
鬼神化の影響により紅くなった瞳で睥睨する。
男達も戦うことしか助かる術がないと理解し、構えをとる。
その希望を打ち砕く。
まず一人の幹部の懐へ踏み込む。
一瞬で最高速に至ったレイアは誰の目にも捉えられない。
他の幹部達が気付いた時には、男の腹部に致命傷となりうる大穴が空いていた。
にも関わらず周囲に衝撃が全くなかった。
それが余計に恐怖心を煽った。
男はあと数秒の命だが、耐えられない程の激痛が走り、意識が飛びそうになる。
しかしレイアはそれを許さない。
意識が飛んだらそれ以上の激痛を以て起こされる。
死までの数秒の内に、彼らは生まれてきたことを後悔する程の激痛を味わって絶命していった。
そしてそれを茫然と冒険者の男が眺めている。
彼だけは何も危害を加えられずにいた。
しかしそれは、より死の恐怖に怯えることになるだけで、なんの安心感も抱かなかった。
にも関わらず、彼の足は動かない。
Dランクとはいえ、彼も冒険者だ。
死線を潜ったことはある。
だがこれは格が違った。
圧倒的恐怖。最早抗うことすら許されない。
彼に出来たのは激痛に苛まされる仲間達を見ているだけだった。
不意に叫喚が途切れた。
即ちそれは死が蔓延したということで⋯⋯。
ゆっくりと少女が振り向く。
血に塗れた笑みは原始的な恐怖を覚えるようなものだった。
狂ったように叫びながら男は飛び出し、剣を振り下ろす。過去最高の一撃だった。
それを平然と素手で受け止める少女。
男はそれを信じられないような目で見詰める。
それから拷問ともいえるような時間が始まった。
そんな惨劇を見ていたのはリィルだ。
血と肉塊の上に立つのは、まだ成長しきっていない少女ただ1人である。
あれだけの惨状を作ったにも関わらず、少女には何の感慨も見られない。
ただやりきった、そんな顔をしていた。
そしてそんな少女を見て、リィルは怯えるどころか一層の忠誠を誓った。




