十二話 質対量の戦いですよ?
それから数日はFランクの依頼をこなす日々が続いた。
そしてやっとEランクになったのだ!
彼女達の戦闘能力はずば抜けているが、逆に言えば戦闘以外は常人並だ。
しかしFランクは言わば修練期間のようなものなのだ。
15歳以上なら誰でもなれる職業が冒険者だが、流石にいきなり魔物と戦闘というわけにはいかない。
しっかりと基礎を学んで、ある程度の体力や筋力をつける。
それがFランクなのである。
本格的な、魔物を相手取る必要が出てくる依頼は全てEランクより上でしか受けれない。
知識だけあっても力がなければ戦えないし、力だけあっても知識がなければ後れをとる可能性がある。
その両方を認められて初めてEランクへ上がることが出来るのだ。
詰まるところテストを受けなければEランクになれないということだ。
2人はFランクの依頼をこなす傍ら、ギルド公式のガイドブックなどを読み見聞を広めていった。
テストの評価割合としては4:6で実技が若干多い。
しかし実技だけで合格出来ないのもまた事実。
総合で8割の点数を取れれば合格となる。
そこで仕方なく勉強を始めたのだ。
結果は2人とも合格出来たのだが、大学も卒業しているレイアは兎も角、排他的種族で社会の常識などまるで知らないリィルはかなりギリギリの合格だった。
実技は両者共に満点。筆記はリィルが52点、レイアは満点だった。
レイアは確かに脳筋だが、決して頭が悪いわけではないのだ。むしろいい方だ。
かつて新が日本で仕事を転々としていたのは、部下の優秀さに危惧を抱いた上司に、散々ミスを押し付けられて仕事を辞めざるを得ない状況に追い詰められたからなのだ。
運が悪いのかそんな職場が続き、気付いたらゲームにのめり込んでいた。尤も、新自身が飽き性を拗らせているという理由もあるのだが。
ランクが上がった2人は祝いの席もそこそこに、早速歩合制の討伐依頼を受けて街の外へ向かう。
今回受けたのは異世界で定番中の定番、ゴブリンである。
ゴブリンは知性がほとんど見受けられず、本能のままに動くような獣だが、基本的にどの地域にも生息しており、繁殖力が強く人型であればどの種族とも交配が可能らしい。
おまけに産まれてくるのは、どの種族が母体であってもゴブリンになるという理不尽さだ。
その異常な繁殖力のせいで、群れが長い間討伐されずに放置されていると、人里に降りてきて厄災を齎すのだ。
Eランクという初心者でも倒せる程に個は弱いのだが、あくまで本質は群である。
長く力を蓄えたゴブリンは稀に進化して知性を宿し、大量の群れを率いることがある。
そうなるとEランクどころかAランクやBランクの冒険者が出張ってくる程の脅威となる。
そうならないように適当に間引くのがEランクの仕事だ。
街に着いてから初の実戦に気分を高揚させる2人。
特にレイアは自身の力の制御がどこまで上手くなっているのか、早く確認したいのだ。
数時間程近くの森を歩いていると、自然のものではない異質な物音をリィルが聞き取った。
音を立てないように物音の方へ歩を進めると、今回の討伐対象であるゴブリンが、自然に出来たであろう洞穴へ入っていくところが見えた。
どうやらその洞穴がゴブリン達の棲家のようだ。
見張りはいなかった。というより見張りを立てる程の知能がないのだろう。
2人は周りにゴブリンがいないことを確認すると、洞穴へ入っていく。
だが当然徘徊しているゴブリンもいる。
見事に曲がり角で出会してしまった。
「グギャ!?ギャギャ!」
「何を言っているか分からんが見つかってしまっては仕方がない、強行突破だ。なぁに、戦闘をするのが少しばかり早まっただけだ!」
騒ぎ立てるゴブリンに、レイアは悪びれもせずに応える。
後ろでリィルがやれやれと首を振っているが、彼女も無策で洞穴に入るのを止めなかった時点で同類である。
レイアは先手必勝とばかりにゴブリンの頭へ正拳突きを当てる。
───戦闘スキル『加減打ち』発動
そう、彼女は自身で出来る力の抑制に限界を感じてスキルに頼ることにしたのだ。
加減打ちによって大幅に抑えられた攻撃は、ゴブリンの顔面を陥没させるだけに留めていた。
「おおっ!ちゃんと加減出来ているな」
『加減打ち』というのは、ゲームでは"対象の現在HPの50%を削る"という技だった。
尤も、元で与えるダメージが対象を一撃死させる数値を出せないと発動しないという技だったが。
だがこの世界ではかなり使い勝手がよくなっており、格下なら自由に手心を加えることが出来るようになった。
残念ながら前提条件は変わらずのようだが。
しかし加減をしたことでむしろ死体がグロテスクなことになってしまった。
リィルに火葬してもらおうにもここは洞穴だ。
この世界の火がどのように作用しているのかはわからないが、密閉空間で火は得策ではないだろう。
そう思ったレイアは仕方なく死体を放置して道を進む。
それから騒ぎを聞きつけてやって来るゴブリンと戦闘を繰り返しながら奥へと入り込む。
最早何匹目かわからないゴブリンを蹴散らすと、そこには最奥と思われる広大な空間があった。
敵意を剥き出しにした数え切れない程のゴブリン達が喚いている。
正面の奥には、周囲のゴブリンより2回りほど大きい筋肉質なゴブリンがこちらを睨みつけていた。
恐らくあれがリーダー格なのだろう。
独自の言語で会話をする程度には知能があるのだろう。
理解は出来ないが、何事かをリーダー格が怒鳴った途端、周囲のゴブリンが一斉に飛び掛ってくる。
連携という程に発達はしていないが、先程のゴブリン達よりは共闘をしてくる。
それを右足で踏み込み、右手の手刀で手前の2匹を貫き絶命させる。
流れるように左足で後ろ回し蹴りを放ち、前方のゴブリン達を肉塊にしつつ薙ぎ払う。
完全な死角から飛び出してきたゴブリンに裏拳で対処し、頭上から飛び降りてくるゴブリンに頭突きで武器ごと身体を破壊する。
まさに全身凶器であった。
荒れ狂う暴風のように舞うレイアに、ゴブリン達が気圧されて後退る。
そんなものは関係なしとばかりに暴風の方から獲物に近寄っていき、鮮血を散らす。
全身を血で濡らすレイアの顔には凶悪な笑みが浮かんでいた。
一方リィルも負けず劣らずな戦い方をしていた。
本来リィルは魔術師という後衛職である。
しかし生まれ持った特性上、彼女は同じ警備兵の盾役より硬かった。
おまけにマゾという性癖も持ち合わせていた。
殴りかかってくるゴブリンを避けようともせずに詠唱を繋げていく。
棍棒を振り上げたゴブリンは愉悦に顔を歪める。
果たして、弾き飛ばされたのはゴブリンの方であった。
何が起こったか分からないといった表情のゴブリンが再び突進してくる。
結果は同じであった。
見ればリィルの身体には薄らと靄がかかっている。
スキル『硬化』の影響だ。
現在のリィルは鉄よりも硬くなっているのだ。生半可な攻撃は通さない。
その時、リィルの詠唱が完成した。
小規模な竜巻が刃を纏いゴブリン達を蹂躙していく。
打ち上げられたゴブリンは全身傷だらけという無惨な屍へと変貌していた。
それが5つ。
上級魔法に位置するこの風魔法を同時に5つ展開するなど、常人が見れば卒倒する程の技量だ。
リィルもまた規格外への道へと足を踏み入れているのだ。
2人が動きを止めた時、そこには凄惨な状況が広がっていた。
床には夥しい数のゴブリンが血を撒き散らしながら絶命している。
壁や床は血に塗れ、この惨状を引き起こした本人達も返り血で紅く染まっていた。
最早生き残っているのはリーダー格の1匹だけ。
それも長くは続かないだろう。
この日、災厄と成りうる筈だった群れが壊滅した。




