こんな私が『灰かぶり姫(ヒロイン)』の筈はない
これは、『ラグナロク』から生き残った人類の子孫の話。
私は『訳ありだが、平凡である』と自覚している。自分のことを『悲劇のヒロイン』と称する者では決してないし、そんなことを考えている人は嫌いだ。
さて、なぜ自分のことを『訳あり』や『平凡』と称するのかというと、私は児童養護施設に入所している所謂『孤児』であり、周囲と比較して秀でているものがないからである。
そして、自分で言うのも何だが、鏡で映した姿は『目つきが多少キツいが悪くない』と思う。そうである筈だ。
しかし、親友曰く『餓えた獣の様な目』をしているらしい。失礼な奴だ。
また、情報通な施設長の娘は、私の容姿が同級生から『学校の男子が勝手に決める近場にいる美少女ランキングにおいて、話題に挙がるのだが、ランキングには載らない程度に可愛い』と、評価されているのだと教えてくれた。『目つきが良ければランキング一位にもなれる』という余計なことも。
ついでに言うと、そのランキング一位が親友、三位が施設長の娘である。ほっといてほしい。
自己紹介が遅れた。私の名前は『翡翠』。読みは『ヒスイ』で、『カワセミ』ではない。苗字は『上方』で、ラテン語にすると『superus』になり、これは英語の『super』の語源になった言葉なのだ。どうでもいい。
まあ、その苗字も『日野』になるのだが。そう、私は日野さんに引き取られる。
あと、年齢は十五歳になる。これで私も華のティーンエイジャー。
『孤児でティーンエイジャー』は心無い人からしたら『売れ残り』らしい。それは、『金持ちは幼い孤児を引き取る』からである。
詳しく言うと、金持ちは慈善活動する義務とされる所謂『ノブレス・オブリージュ』をしなければ、大衆から批判されてしまう。
そこで『幼い孤児を引き取る』という行為は大変ドラマチックらしく大衆から感動を呼ぶ為か良く行われているのだ。
まあ、『ノブレス・オブリージュ』を本気で行っている人もいるが、それはマイノリティー。引き取られた後はシッターに任せて放置、これがマジョリティー。閑話休題。
それでは何故『売れ残り』なのかというと、『金持ちが引き取らない孤児』と『所行がある孤児』がこじつけられる。『こじ』だけに。いや、何でもない。
まあ、里親制度など充実しているので、「売れ残り」とか言う奴はただの馬鹿である。相手にするのも馬鹿々々しい。
しかし、人種差別をする人は未だにいなくならない。もうすぐ二百年近くも経とうとしているのに。『セカンド・ビッグバン』から。
『セカンド・ビッグバン』、それは突如、世界が光に包まれ、九つの世界とそれ以外の世界を巻き込みながら一つの世界に再編された現象のこと。それにより、異世界から人種や技術が流れ込んだ。
例えば、狼から進化した『類人狼』などをはじめとする『亜人類』や異世界から来た『異世界人』、悪魔の証明や魔術を可能とする『魔学』、錬金術の失敗から発展した『科学』とか色々と。
そんでもって、世界中が大混乱。そして、産業革命や二つの世界大戦を経験した我々人類はもう世界大戦を繰り返さない為、異世界の侵略者から一致団結して立ち向かう為に人種や国の垣根を越えた連邦政府が樹立、『地球合衆国』が成立したのである。しかし、人種差別や宗教による差別など問題が残っているのだ。
などと、『社会の教科書』染みたことを考えながら車の窓から海を眺めていた。頬杖をしながら。そう、私は今、車に乗っている。
すると突然、辺りに「ゴゴゴ」と轟音。それに驚き、頭を車窓にぶつけてしまった。
その様子を運転席と助手席に座る美形な夫婦にバックミラーで見られていたことに気付き、そのバックミラーを恨めしく睨みつける。
しかし、私は恥ずかしさで顔が真っ赤に染まっているだろう。そして、頭のぶつけた所が「ジンジン」と痛み、目に涙が溜まっている感覚がした。
穴にでも入りたいが車に穴などある訳ないので身を縮めていると、「大丈夫?」、「たんこぶできた?」などなど心配された。だから、ぶつけた箇所を手で触れてみる、腫れてもいないし、血も出ていない。「何もないですよ」と手を振り、「気にしなくても良いです」と、ジェスチャーで示した。
「この辺には基地がある。『人戦機』の訓練かな?」
美形夫婦の夫が言う。『人戦機』とは、『人型戦闘機』の略称であり、二十メートル近い大きさの人型の機動兵器の名称である。
「基地って横須賀? ここ横浜だけどそこまで近いかしら」
美形夫婦の妻がそれに返す。そんな会話を聞きながら、私はこの日野夫妻との出会いを思い出していた。
それは一ヵ月にも遡る。勝手知ったる児童養護施設『すずなり』、その施設長である女性、『豊田愛智』先生に呼ばれる。「ああ、来たのか」と緊張もしていない自分に少し呆れた。
使い慣れたテーブルに異分子の夫婦。お金持ちらしく品が良い。その夫の職業は大企業である自分の会社の経営だったか。
数日前にそのことを知った施設長の娘である『豊田スバル』は「やっぱり、この世界は『乙女ゲーム』だったのね!」と、勝手に盛り上がっていた。その様子を見て私は呆れ果てる。
そんな妄想激しい彼女は自称『転生者』。そして、年齢十二歳。正直に言えば「とても痛々しいな」と、思う。ついでにその頭をチョップで叩いておいた。
意識を今に戻す。目の前にいる夫婦の夫の名は『日野勇秀』さん、読みは『ひのいさひで』。年齢は四十一歳。その妻は『日野縹織』さん、読みは『ひの……』、何だろうか?
まさか『はなだおり』の訳があるまい。
「――『かおり』ですよ」
余程困った顔をしていたのか、苦笑した『ひのかおり』さん本人に教えてもらう。その言い慣れた感のある自己紹介は名前で苦労した三十五年間の人生を感じさせた。
確かに『縹色』は『花田色』とも書き、それは『花色』と書かれることもある。だから『かおり』なのか。
まあ、逆立ちしようとも、たとえ天地が引っ繰り返ろうとも、その名前を一発で読める人は居るまい。
そして、気に入らない視線を向ける日野勇秀さんに顔を向ける。そう、懐かしい人を見る様な視線である。大抵、この視線を向ける奴は母の知り合いだ。
私の容姿は目つき以外、母と瓜二つらしい。しかし、私は母と一緒に過ごした思い出はない。
いや、あることはある。でもそれは、『私が四歳のときに悲劇のヒロインの様な顔をした母と無理心中されそうになり、それに抵抗したこと』という、最初で最後な悪夢の様な思い出である。
そのおかげで、私は『悲劇ヒロインの様な奴』とか、『自分が悲劇のヒロインであると、ロールプレイする奴』とかが嫌いだ。その後のことはあまり覚えていない。後に聞いた話だと『首吊り自殺をした母を私は呆然と見つめていた』らしい。
また、そのときの母の姿は、なぜか服がボロボロになる程、汚れており、手足には紐で縛られたときにできる擦り傷があった。それについて色々聞かれたが、私は何も知らないので、真相は闇の中だ。
施設に預けられた私はそこで一年過ごした後、新しく仲間に入った異世界人がいた。しかし、奴は私の『悲劇のヒロイン発見センサー』とも言うべき感覚に反応した。
そいつの容姿は良かった。まるで人形の様に可愛らしかったのだ。絹の様なプラチナブロンドの髪、雪の様な白い肌、宝石の様な虹彩はヴァイオレット色。そいつは、『アールヴル』というアルビノの語源となった妖精との混血らしく、体の色素が薄くて、耳が大きく尖がっていた。
名を『イスズ・イーセイャルドッティル』という。そんな奴は、まるで『不幸と言う言葉は私の為にある』なんて言いたそうな表情していた。
「陰気臭い顔してんじゃねェッ! この悲劇のヒロイン気取りがッ! 私の頭にキノコが生えたらどう弁償するんだッ!」
幼稚だった当時の私はそう怒鳴り、奴の綺麗に整っている鼻っ柱に私の握り拳をぶち込んでやった。
そうしたら、そいつも。
「――うっせェんだよッ! 説教臭い奴は嫌いなんだッ! それに顔は生まれつきだァッ!」
と、怒鳴りながら殴り返してきて、さあ大変。職員が止めるまで殴り合いの大喧嘩していたのだ。気付いたら周囲の子は皆、泣き喚いていたのである。
そんな奴と今では、不思議なことに大親友。元々同族嫌悪だったので、気が合ったのだ。
それに、語らずとも同じ様な経験をしたことが分かるのである。皆どこかで私のことを『悲劇のヒロイン』と言いたげな目を向けてくるが、親友はそんな目を向けない。
だから親友と一緒にいると、気が楽なのだ。そして、私と親友は誓ったのだ。
「私達は『不幸』で『悲劇のヒロイン』なんかじゃない! 絶対に『幸せの絶頂』に至ってやる!」
私達は同志なのだ。
そして今、親友はアメリカにいる。魔学の才能が認められた親友は飛び級を繰り返し、アメリカの大学へ留学しているのだ。
それに関して、別に私は劣等感を抱かなかった。むしろ誇りだ。
それに親友が昔使っていた魔術用の杖は私が大事に保管している。その杖はちゃんと親友の名前が彫ってあるので、これは私の輝かしい未来への投資の一つ。
そう、親友が活躍したら、何でも鑑定してくれる鑑定団の番組に出すのだ!
など自分の人生を振り返り、意識を目の前の人に戻す。彼の目に映っているのは私じゃない。母である。
気まずくなり、窓に視線を向けると、目つき以外は母と瓜二つである私が映っていた。
母の関係者は訳知り顔で母の話を聞かせてくる。聞きたくないし、興味もないのに。そして、私に『悲劇のヒロイン』を押し付けようとするのだ。
それに抵抗すると、「親不孝だ」などと好き勝手言い、満足すると帰っていく。そんな母の話を思い出した。そう、『上方衣留華』の話を。
『衣留華』、名前の読みは、海の豚と書く、海産哺乳類と同じ読みである。その名前は『寂しい時や苦しい時に傍に寄り添い留まってくれる華やかな人』という、つまり『他人のことを考えられる美人になれ』ということを願って名付けられたらしい。
そんな人が『自分のことしか考えずに無理心中しようとする』という結末を迎えたのは中々皮肉が効いていると思う。
そして、私には当然、父もいる。そんな私にとっては『血のつながり』があるだけで『他人事』な二人の出会いは二十と数年前に遡る。
当時の日本は『バブル時代』真っ最中であった。日経平均株価が最大値の更新を記録し、『土地神話』などというものが信じられてしまう程、不動産の価格は上昇した。そんな日本の経済の基礎的条件を大きく上回り上昇する経済の状況下な好景気の時代だ。
その恩恵を受けた人々は眠ることを忘れたかの如く働く者もいれば、時間や金銭に余裕がある者は遊び尽くしたのである。
天涯孤独だった母は、両親が遺した財産を切り崩しながら生活をしており、バブル経済の恩恵をあまり受けなかったが、それでもバイトをして充分に一人で生活できる時代ではあった。
母は頭が良かった。奨学金を貰って大学に進学できる程。そして、母はとてもモテた。母の背景や在り方が『守ってあげたくなる』らしい。
そんな母は、施設長の娘の言葉を借りて言うならば『まるで乙女ゲームのヒロインみたい』である。時代背景もあったのだろう。当時は金銭的に余裕がある人や恋愛に積極的な人が多かったのだ。
大学進学を機に上京した母は下宿していた。当時の日野家に。そう、『日野』だ。
その当時の当主夫人は母の境遇を非常に同情していた。母と同い年になる自身の息子が居たということもあったのだろう。まるで自分の娘かと、言いたくなる様に世話を焼いていたらしい。
そして、母は出会った。私の血縁上の父であり、日野勇秀さんの兄である『日野功曹』に。日野功曹、名前の読みは『構造色』の『こうぞう』と同じであり、母とは同い年の日野家の嫡男であった。
私は奴の顔を知らないが、日野勇秀さんの顔を見れば、奴の顔も美形だったのだろうということはわかる。
人生で最大のモテ期を迎えていた母は無自覚に『アッシーくん』や『ミツグくん』、『メッシーくん』を量産していた。施設長の娘風に言うと、『逆ハー』である。
流石に『キープくん』はいなかったと信じたい。いや、マジで。母の性格的に押しに弱く、断れなかっただけなのだろう。そうである筈だ。
そんな男に囲まれていた母が中でもよく一緒にいたのは、日野功曹とその友人である『八出蓮』だった。
クリスマスは友人が集まりホテルのスウィートルームを借りてパーティー。飲み会は船を借りてクルージング。今では大凡考えられないことを彼らはしていたのであった。
そんな大学生活を送る中、母と日野功曹は惹かれ合っていった。異なる価値観に興味を引かれ、話す内にどんどんと仲が進展していったのだろう。
また、片や嫡男の身、もう片や天涯孤独の身。そんな違い過ぎる境遇は、宛ら物語の様であり、二人の恋愛を燃え上がらせたのだ。
ところがどっこい。物語だとエンディングを迎えるが、ここは現実。うまくいかないものである。残念なことに。
バブル時代の就職活動を今現在の就活生に聞かせると、怒り狂いそうなことを母たちは経験し、そして就職していったのだ。
就職先は異なるが母と日野功曹の関係は続いていた。そして、色々とヤったのだろう。色々と。私にはどんなことか全っ然わからないけど。という設定でお願いします。
まあ、どうせ『餓えた獣の様な目をした女』はモテないけどね。ついでに『陰気臭い顔をした妖精との混血』も『言動がイタい自称転生者』もモテないのだ。
そう、美人でも面倒くさそうな奴はモテないのである。なぜならば、ここは現実だから。
そして、現実は母にも襲い掛かる。元号は『昭和』から『平成』に変わり、母と日野功曹の出会いから十年も経とうとしていた。
当時、営業部だった日野功曹は、取引先の相手から『その企業のお偉いさんの娘』を紹介されたのである。この取引を絶対に成功させたい二企業間の思惑によるものだったのだ。
企業のお偉いさんの息子と娘が結婚すれば、お互いのことを無下にすることなどできないのである。つまり、『政略結婚』ということだ。
それにより、日野功曹は、『母と歩む人生』か『将来が約束された自分の人生』のどちらか一つの選択に迫られた。
しかし、所詮『金持ちのぼんぼん』である奴がすぐに決断などできなかったのだ。母との関係を続ける一方、お偉いさんの娘に顔見せをするという『優柔不断な行動』を取ったのである。最低な野郎だ。
それも永遠には続かない。どのようなことも必ず終幕は迎えるのだ。だが、最悪な形で迎えてしまったのである。
それは、母の妊娠だった。そう、『母は私を妊娠した』のだ。
母は理解を示していた。日野功曹の立場を。でも、私の将来も心配していたのだ。だから、一旦、婚姻したのである。そう、私に『摘出性』を持たせる為だ。そんなことしなくても『認知』させるだけで良かったのに。
そして、『出産した後に協議離婚して、お偉いさんの娘と再婚する』という計画だった。また、日野功曹は母と『私の養育費』を払う約束もしていたのである。
そこに思わぬ横やりが入ったのだ。それは、八出蓮とお偉いさんの娘によるものだった。それも『私が日野功曹と血の繋がりがない可能性がある』というものである。
しかし、それはあり得ない。確かに母は大学時代に多数の男と関係があったが、それは身体関係ではないのだ。そのうえ、企業に勤めている母が日野功曹以外と付き合う暇もなく忙しいのである。母は優秀だったのだ。仕事をよく任せられていたらしい。
だが、日野功曹は友人を信じてしまった。
日野功曹は、母を『愛する人』から『不特定多数の男を侍らし、自分にはお金の為に近づいた女』と、認識を変えたのだ。つまり、『ビッチ』扱いである。
奴自身のことは棚に上げている。あんまりだ。そして、母に対し『婚姻無効』を求め、訴えた。裁判である。母からしたら、寝耳に水だったのであろう。
また、追い討ちをかける様に『バブル崩壊』が牙を向けたのだ。元々、数年前から急速的に景気後退していたが、日本政府の政治状況は混乱状態であり、何もできず、大多数の人々は『また持ち直すかもしれない』と、楽観視していた。しかし、景気は回復することはなかったのである。
それにより、大多数の日本の企業は業績が悪化、人員削減する為に新規採用の抑制や大規模な解雇が行われた。それは、後に『就職氷河期』と呼ばれ、『リストラ』という言葉が広まったのがこの時期だ。
そして、母は勤めていた企業から解雇された。企業にとって『妊娠した女性』は恰好なリストラ対象である。現在でも度々裁判沙汰になるが、当時は『経営の悪化』という大義名分があった。それに優秀な母は、『プライドだけの男』な上司には目障りな存在だったということもあったのだ。
そんな状況で始まった母と日野功曹の裁判。結果をいえば、日野功曹の訴えが全面的に認められてしまったのである。
裁判において、『先例によく似た裁判は、その判例と同様の判決をすることで公平性を持たせる』という考え方がある。
そして、判例は存在した。それは、事件番号『昭和42(オ)1108』、『婚姻無効確認本訴並びに反訴請求』事件だった。
それにより、母と日野功曹の間には『実質的婚姻意思』が認められず、婚姻無効となったのだ。
しかし、この判例と日野功曹が起こした裁判は、状況が違うのだ。つまり、母が上告して再審したら、判決は変わった筈だし、『DNA鑑定』をしたら、私と日野功曹の関係が証明できた筈である。
でも、それはできなかった。収入源がなく、奨学金の返済義務があった母には、その様なことができる資金がなかったのだ。だから、私と日野功曹は、『血のつながり』がある『赤の他人』である。
そして、日野功曹とお偉いさんの娘は結婚した。後に聞くところ、お偉いさんの娘は、こう言ったらしい。「ざまぁみろ」、と。寝言は寝て言えよ。
母は女手一つで私を育てなければならなかった。しかし、中途採用なんてしている企業など、どこにもなかったのだ。当時、『採用はゼロ人』という企業が大半を占めていたのだから。
残されていたのは『パート』のみ。母は、昼夜関係なく働いた。まだ首がすわっていない私をおんぶ紐で結び、働いていたこともあったらしい。その様子を見た客から「赤ちゃんが危ないだろう!」と、怒られて止めたのだが。
私が一人でお留守番ができる様になると、母はもっと仕事を増やした。私を保育園に通わせる資金すらもなかったのである。当時の幼い私は、寂しくてよく泣いていた。
クリスマスの朝。私に『サンタさん』からプレゼントが届いていた。それは、『中古でボロボロなMDプレイヤー』と『母の声と母が歌った子守歌が入ったMDカセット』だ。
私が本当に欲しかったのは、『ママと一緒に過ごしたい』なのにケチなサンタクロースも居たものである。でも、母の声がいつでも聴けるのは、とても嬉しかった。
サンタクロースを信じていた当時の私は、「ひょっとして、もっと良い子にしていたら、ママと一緒に過ごせるかも」なんて考え、『良い子』を目指していたものだ。しかし、そんな日は来なかった。
母は、私が寝た後に帰宅し、起きる前に働きに出る。でも、何日もごはんが用意されてなかったのである。
腹が「ジクジク」痛み、口の中は酸味がして、喉が「ヒリヒリ」する。だから、私は水を飲み、MDカセットに入った母の声を聴きながら、餓えを紛らわし、耐えていた。
いつもは、私のごはんが用意してあった筈なのに。しかし、その当時の私は、『この状況はおかしい』ということに全然気づいていなかったのだ。
そして、「カチャリ」と、ドアが開く。しばらく、母の顔を見ていなかった私は、「私が起きているときに帰って来た!」と、喜びながら、出迎える。そこには、ボロボロに汚れた服を着て、全てに絶望した顔をした母がいたのだ。
そんな様子に私は『何かヤバい』と、後ずさりをする。そうすると、母は、「……もう、ママ……疲れちゃった。ヒスイちゃん、一緒に死のう?」と、言い、私の首を絞めて……
ハッとする。ここは養護施設。目の前には日野夫妻がいた。いつの間にか、荒くなっていた呼吸を整える。
「……奴は。奴じゃなかった。日野功曹……さんは、どうしたのですか?」
何となく、気になったことを日野勇秀さんに質問してみた。すると。
「一ヵ月前に死んでしまったよ。義姉さんと一緒に。飛行機事故で」
へぇ、あの飛行機事故のことか。結構、マスコミに騒がれているが。まあ、何とも思わなかった。――いや、地獄に落ちろ。全速力で落ちてしまえ。
「なんで今更?」
言外に「会いに来たのですか?」と、私は二つ目の質問。そもそも「よく私に顔を出せたな」と、思う。恥知らずなの?
「……ずっと。ずっと前から君たち親子を捜していたんだ」
何とも、母の為人を知っている日野勇秀さんは、あの裁判の判決に納得できず、私を『DNA鑑定』する為にずっと捜していた。八出蓮から私達の情報を得て、捜したものの、見つけられず仕舞い。そんなことを約十年も続けたのだと。
しかし、捜しても、捜しても見つからないので、諦めてしまった。だから、仕事に専念して数年。飛行機事故で兄夫婦を亡くした後、兄が代表をしていた企業の後継者を決める『ごたごた』騒ぎに巻き込まれそうになったのだが、信用できる人を後継者にして、自分で起ち上げた企業の仕事を続けていたのである。
ところが、その頃になって急に私達親子の情報が手に入るようになったらしい。そのことについて、日野勇秀さんは。
「たぶん。そう、たぶんなのだが、兄さんが情報を隠していたじゃないかなって、思ってる。君達のことで醜聞が立つことを恐れていたからね」
「それに」と、続ける。
「衣留華さんの醜聞を流して、中途採用を妨害。君のことを引き取りたいって言う人を脅したり、色んなことに活躍しても、それすら妨害している痕跡があるんだ。兄さんと義姉さんが金に物を言わせてね」
それを聞いて、「ああ」と、思い至ることが度々あった。俳句を詠めば、先生に褒められて、「コンテストに出しても良いか?」と、聞かれるのだが、ドタキャンされ、別の人の俳句がコンテストに出されたり、絵を描けば、コンテストに出るのだが、落書きされたり、破られたりしていたのだ。他にも色々とあったが、全て覚えている訳がない。多すぎるのだ。
気が付くと、日野夫妻は土下座をしていた。そして、日野勇秀さんは泣きそうな声で。
「――虫がいい話ということはッ、解っているッ! 殴られても仕方がないともッ、思ってるッ! でもッ、どうォしてもッ、謝りたかったンだッ!」
私の中は、嵐の様に様々な感情や言葉が吹き荒れていた。「ふざけるなァッ!」とか、「ママを返せェッ!」とか、それは数え切れなかった。でも。それでも。
「……顔を上げてください」
無理矢理、顔を上げさせる。そして、絶対に泣くものかと、気を引き締めて、言う。
「――帰ってこないンだよッ! そもそもッ、そんなことをしてもッ! ……だから、これで。これで、『けり』をつけましょうよ」
それに、泣き叫ぶ様な、みっともない『悲劇のヒロイン』みたいなことをしたくはなかったのだ。
そのうえ、少し考えれば、解ることである。日野夫妻が悪くないことも、日野家の中で立場がないことも、そして嘘をついていないことも。
なんで日野家由縁の企業に働いていないのか。
なんで日野家の跡継ぎではないのか。
それは、『母を庇おうとしていたから』ではないだろうか。それに尽きてしまう。
大体、妻である日野縹織さんなんて、無関係な他人事ではないか。なのに、一緒に頭を下げていたのである。
「……私は、『翡翠』です。優しくて美人な。そして、可哀想な『衣留華』ではありません」
最後に私が言いたいことを言わせてもらった。
そして、今に至る。私の名前は、『日野翡翠』。言い方が悪いのだが、日野夫妻を私が『幸せの絶頂に至る』為に利用させてもらっているのだ。
かつて、母は『おままごとの人形』の様に利用され、満足して、いらなくなったら、ゴミの様に捨てられた。精々、こちらも自己満足の為の人形にならない様に努力させてもらう。
本当に欲しかったものは、もう手に入らない。だけど、二番目に欲しいものは、絶対に手に入れてみせる。この『餓え』は満たされないかもしれないが、それでもだ。私は幸せの絶頂に至ってみせる。
そして、母を『悲劇のヒロイン』にした奴らに、日野夫妻の立場を苦しくしている奴らに復讐してやるのだ。
――「ざまぁみろ」って、ねっ!
だから、こんな私が『シンデレラストーリー』の様な『ヒロイン』の筈はないのだ。
しかし、このときの私は予想だにしていなかった。『過去』そして、『未来』。その両方の『因縁』が私に絡み合ってしまうことに。そして、それはもう始まりを告げていることに。
どこかの星の海。闇が覆うそこに光が輝き、収縮していく。すると、そこには人型戦闘機があらわれた。
絹の様なプラチナブロンドの髪、雪の様な白い肌、宝石の様な虹彩はヴァイオレット色。耳が大きく尖った特徴を持つ『少年』。それがパイロットだった。
「任務確認。十七年前の過去に行き、ターゲット『日野翡翠』を抹殺する。任務開始」
やっぱり、私が『ヒロイン』の筈はないのである。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。