(cost15minutes) Grave's grace
白皙の少女は胸の裡に、今となっては唯一の親の遺品となった稀覯本を抱え、繰り返される旦夕中、休みなく庭先の大樹の下に呆と立って中身の朗誦を行っていた。それがまるで親らの魂を呼び戻す呪文であるがのごとくに、いかような天候であれ少女は決してその朗誦を止ませることはなかった。朗誦開始より五日目に、少女は一度倒れ伏した。近隣の者が昼に発見したことによって少女は救われた。見つからねば死んでいたろう。ある者が少女に食事を取らせようと粥を庭に運び、ニワトコを削りだしたスプーンで掬い口元まで運んだが、頑なに少女は米を食むことを拒んだ。甘いものは(甘くなるものも)取りたくない、取ったら家族に申し訳が立たない、と少女は言った。彼女は怯えてもいた。彼女は住人たちをついに忌避し続け、人々は心ならずも離れていった。それから十日間、少女は再び伏して気道が塞がれ声が潰れる直前まで朗誦を辞すことはなかった。一切の食事を取ることもなく、朗誦を始めてから二週間が経過した頃合だった。早暁にて少女は死に、陽が昇るころ眠るようにして亡骸となった少女を住人たちが発見した。霊廟は大樹に拵えられ、一家全員が先に眠っていたその根の下に、彼女の名が新たに刻まれることになった。
現在大樹の根本に坐した墓石には、一人の少女の名が刻まれている。
彼女は黄泉の花園を散策しているに違いない。あまねく血の繋がらぬ友たちと共に。
墓所に居る者はすべて無縁仏たち。少女の持つ稀覯本も生前の彼らに譲り受けたもの。少女にとっての親、家族は彼らであったが、いまや少女のほかに見知ったものはいない。近隣者たちは全員血縁者がいる。血縁者のいない無縁仏を含めた少女たちにとっては、血縁者が居る人間はかえって疎外対象。羨望と嫉妬が入り混じり、少女は外野の甘美な味覚よりも、一時ではあったが家族同様となった者たちとの絆を遵守し遠方へ向った。