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 「は、はははは、それは、確かに興味深い話ですな」

 ジークリードは言葉では朗らかにそう言いながら、猛禽の目でエルネスタを見た。

  社交界のご婦人にもこういう、『信じ込んだ』女性がいるのだ。大体は暇を持て余した未亡人であり、エルネスタはそれに当たる。

  そして、そういう心の隙間を持ち、誰かの気を引きたい寂しい女性は――格好の獲物なのだ。

 エルネスタは、猛禽の目を真っ向から見て、静かに笑った。

 「そうね、とても面白い話でしょう。最初はね、私は自分が見たものが何なのかわかっていなかった。単なる夢とか、若い少女の妄想とか、そういうものだと思っていたわ。両親が流行り病で亡くなったときも、それをなんとか止めようといろんな手立てをとったけど、ダメだった。病気の予防法がはっきりしていなかったから、私ではダメだった」

 「ほう。それは、さぞや辛かったことでしょう」

 ジークリードは沈痛な面持ちで同情する。獲物を捕らえるためには、優しい紳士であるべきだからだろう。

 「夫の時もそうだったわ。あの人が、どんな死に方をしたか、あなたはご存じ?」

 「……狩りの途中の事故で、亡くなったのだと」

 エルネスタは、うっすらと笑った。


 「それは、表向きの死因。本当はね、殺されたのよ。――女に」


 さすがに絶句したジークリードに、エルネスタは笑いかけた。

 「あの人ね、ずーっと、私と会う前からずっと、恋人がいたのよ。馬鹿にしてるわよね。知ったのは、結婚して1年経った頃。どこにでも親切・・な人はいて、『忠告』してくれたのよ。私は夫を問い詰めて罵って、もう離婚すると言ったわ。夫は頭を下げて謝った。その瞬間、『見えた』の」

 「……何が、見えたのですか」

 「女が、大きな剣を軽々と振って、ベッドであられもない姿で眠る夫の――首を切り落とす場面が、よ」

 「女が……剣を?」

 女が大剣を使うなど、普通のことではない。不思議そうに聞き返すジークリードに構わず、エルネスタは話を続ける。

 「夫が死んだのは、それから2か月後のことだったわ。とある女の家で、首のない死体が発見された。装身具で夫ではないかとすぐに割り出されたわ。もちろん、その情報は機密事項とされて、女は追われ、すぐに捕まった」

 エルネスタは、瞳を閉じて、ゆっくりと息を吐いた。


 「その女は、よく保存された・・・・・・・夫の首を持っていたそうよ」


 さすがに血なまぐさい話に反応しかねたジークリードに、エルネスタは種明かしをする。

 「後でわかったのだけど、相手は、女騎士だったの。なるほど、大剣も使えるし、首の保存の方法もよく知っていたわけよねえ。領主だった夫とは身分が違い過ぎて、一緒にはなれなかったのね。夫は世間体もあって私と別れるわけにはいかなかったから、女に別れを切り出した――。でも、それが納得できなかった女は、情事の後に眠りこける夫の首を切り落として持ち去った」

 エルネスタは、くすりと笑った。

 「その首を大事に大事にしていたそうよ。本当に好きだったのねえ――あんな男の首、私ならいらないけど」

 ひたり、とエルネスタはジークリードを見据えた。

 「不思議そうな顔をしているわね。私が人の『死の瞬間』を見ることができるなら、どうしてそれを止めなかったのか」

 ジークリードは頷く。

 「……私はね、知っていたの。知っていて、それを止めなかったのよ。だって、あの人、妻である私を裏切ったのだもの。当然でしょ?」

 「当然……」

 「当然よ。あなた、女が、自分と一緒にいられるだけで幸せで、自分の言うことを聞いておとなしくしていて、しかも他の女に嫉妬しないなんて、本当に思っているの? 馬鹿じゃない?」

 エルネスタは押し黙るジークリードの瞳を見つめた。その瞳はエルネスタの異常な話に飲まれてはいるが、それでもまだ疑念を失ってはいない。


 「ねえ、私がどうしてここに来たか、わかったでしょう。『死の瞬間』を見たのよ。

 「誰の、ですか」

  燃え上がるように、エルネスタの瞳が憎悪の光に煌めいた。気性の荒いエルネスタが今まで静かに話をしていたのは、燃えるような怒りの裏返しだったのだ。

 「私の妹が、あなたとアデルハイドの子供を殺すところをね」

 「なんだと?!」

 「レーネはその瞬間、こう言うのよ」

 顔を醜くこわばらせるジークリードを、エルネスタは渾身の力を籠めて睨み付けた。


 「これで障害はなくなる、ジークリード様はもう一度私の方を向いてくれる――とね」


 「……馬鹿なことを!」

 叫びをあげるジークリードを、冷たい目でエルネスタは見た。

 「今回も、あなたが殺されるのならば、私はきっと放っておいたわ。自業自得だもの。でも、私の妹が殺人者となるならば別よ。だから、こうして――危険を冒して忠告しに来たの」


 二人の視線が交錯する。先に目をそらしたのはエルネスタだった。


 「あなたは私の言葉を信じていないでしょう。なら、一つだけ忠告するわ。……あなたの従者。さっき、部屋にいた男ね。あの男を失いたくなかったら――三日後に休みを与えて家に帰すことね」

 「何を……見たんですか。エルネスタ」

 「言っても信じないでしょう。ならば、私の言葉の正しさを、肌で感じていただくしかないと思って」

 「言わなければ信じない」

 食い下がるジークリードに、エルネスタは、少し考えるそぶりをした。

 「ならば、一つだけ。私が見たのは、あの従者が首を吊るところよ。死ぬ前の祈りから、そのことを割り出した――。内容は、三日後に確かめなさい」

 それだけ言うと、エルネスタは、黙った。




 ジークリードは、従者のフランシスを三日後に家に帰した。

 フランシスは既に妻を亡くしており、今ではほとんどの生活を屋敷に住みこんで生活しているため、彼の家には、一人娘と婿が住んで生活している。

 その日、フランシスの娘婿がちょうど家を空けているときに、娘婿のライバルである商人が雇ったならず者がフランシスの家を襲った。

 それ以降、娘婿が家を空けるときには、フランシスは家に帰ることが多くなった。

 フランシスがいなかったら、娘がどんな目にあっていたかは、考えたくない――そう、言葉を残して。


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