【6】ボクとキノコの娘の日常
いったんあかりちゃんを送ってから、また『ピルツの森』に戻る。
ムスカリアと話がしたいと言えば、席にふたりっきりにしてもらえた。
もちろん胸ポケットにいた月夜にも遠慮してもらう。
「ごめん。ムスカリアが色々してくれたのに、無駄にして」
ふるふるとムスカリアは首を横に振る。
「ボク確かに女王……あかりちゃんなんて毒キノコに当たっちゃえって言ったけど、本気じゃなかったんだ。それに、ムスカリアに人殺しなんてしてほしくなかった」
「人殺しって何のことです?」
そう呟けば、ムスカリアが首を傾げる。
「だから毒キノコを食べさせたら、あかりちゃん死んじゃうかもしれないでしょ」
「んー確かにその可能性もゼロではありませんけれど、たぶん死にはしないと思います。ちょっと酷い目に合うくらいですよ? 毒だと知りながらわざわざ私を食べてくれる方も存在しますし」
説明したボクに、ムスカリアがさらりと答える。
最初からあかりちゃんを殺す気はなかったらしい。
急に体の力が抜けた。
「なんだ……ボクはてっきり、ムスカリアがボクのために、無理してあかりちゃんを殺そうとしてるのかと思ってた」
最初からボクの勘違いだったらしい。
「だから止めようとしてくれたのですか?」
「うん。それにね、ムスカリア。ムスカリアは勘違いしてるようだけど、ムスカリアがその姿になったのは、女王様に毒キノコを食べさせたいってボクが願ったからじゃないんだ」
ムスカリアはどういうことなのかと、不思議そうな顔をした。
「ボクもずっとムスカリアと喋ってみたいって思ってたんだ。ムスカリアと一緒なんだよ。だからきっと、ボクにムスカリアが見えるようになったんだ」
それを伝えると、ムスカリアが目を見開く。
「嬉しい……です」
ふわりと微笑んだムスカリアの瞳には、ほんのりと涙があった。
「ごめんね、早く言えなくて。女王様に毒キノコを食べさせるっていう目的があるから、ムスカリアがボクの側にいてくれるんだと思ってた。目的がなくなったらボクの前からいなくなっちゃうんじゃないかって思ったんだ」
ゆっくりと言葉にして紡ぐ。
「それじゃあ、私はこれからもお側にいてもいいんですね?」
「うん。ボクの側にいてほしい。ムスカリアと一緒にいると、癒されるんだ」
ボクの言葉に、ムスカリアが幸せそうな顔になる。
それだけでボクまで幸せな気分になった。
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「どうしてわたしを最後まで食べてくれたんですか? 死んでしまうほどの毒キノコだと思っていたのでしょう?」
家に帰ってから、ムスカリアがそんな事を尋ねてくる。
やりようなら他にあったはずだと、ムスカリアは口にした。
「確かに皿を床に落とすとかできたけどさ。紅天狗茸ってムスカリアの分身でしょ? なのに、そんなマネできるわけないじゃないか」
「イツキ!」
感極まった声をあげて、肩の上にいたムスカリアがボクの頬にぎゅっと抱きつく。
「それに紅天狗茸とても美味しかったよ」
「本当ですか! そう言われるの嬉しいです」
はにかむムスカリアは、少し照れているようでもあった。
「それに毒キノコって言ってたけど、別に今の所何もないし」
「あぁ、それはですね……」
ムスカリアが口を開いた瞬間、ぐらりと視界が揺れた。
「あれ。なんか変な感じが……」
「一時間後くらいに症状が現れるんです。時間差ですね」
その後ボクは、幻覚やら下痢やらで酷い目にあった。
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「さぁ、ムスカリアの次は私の番だよね!」
「……うん、あんまり気が進まないけどな」
ムスカリアが用事で『ピルツの森』に帰った日。
ボクは月夜との約束通り、ツキヨタケを食べることにした。
調理して作ったのはどんぶりいっぱいの茶碗蒸し。結構な量のツキヨタケが入っている。
見た目は椎茸みたいなヤツだったから、美味しそうではあった。
覚悟を決めて口を付ける。
味はよかった。
けど、案の上酷い目にあった。
吐くし、下痢は止まらないし、腹痛で死に掛けた。
「ふふっ、全部食べてくれて嬉しいな! これ普通の人なら死んでるよ!」
「……猛毒っていうのは伊達じゃないな。紅天狗茸の比じゃなかった」
嬉しそうな月夜に対して、青白い顔のまま答える。
月夜の言う通り、普通の人なら死んでいる。
けれどボクは特殊だった。
生まれつき、普通の人より体が丈夫というか、回復力が異様に高いのだ。
いわゆる不死身というヤツに近いかもしれない。
以前あかりちゃんと一緒に崖から落ちたときも、普通なら死ぬような怪我だった。
けれど、凄い速度で回復した。
痛いものは痛いし、猛毒は苦しい。
しかし、死にはしないのだ。
「はぁ……どうしてこんな体質なんだろうな、ボク」
「それは多分、不死身茸食べたからじゃないかな? 食べられた瞬間にそんな気がしたよ!」
溜息をついたボクに、月夜が答える。
「不死身茸? なんだよそれ」
「時折ピルツの森に人間を不死身にしちゃう特別な胞子が生まれるんだ。それに寄生されたキノコの娘が不死身茸になるの。一度食べられちゃえば、胞子はその娘から消えるんだけどね。金色に輝くキノコを食べたことない?」
月夜に尋ねられる。
金色に輝くキノコに、ボクは覚えがあった。
幼い頃、おばあちゃんの家に住んでいたとき、そんなキノコを食べたことがあった。
病弱で大人まで生きられないと言われていたボクのために、お父さんが世界中を探して採ってきてくれたキノコ。
キノコ研究者である父さんはいつも家にいなくて、ボクの事なんてどうでもいいと思っていたのだけれど、それは全てこのキノコを探すためだった。
そのキノコを食べたボクは、その日から元気になり、異常なほど怪我の治癒速度が速くなった。
加えて、髪は食べたキノコと同じ金茶色に染まった。
つまりは、あの時食べたキノコこそ、不死身茸だったという事なんだろう。
「その髪の色、不死身茸と一緒だよね。金に近い茶。それに夜は少し発光してる」
それをつっ込まれたくなくて、夜はナイトキャップを被って寝てたのに、月夜はしっかり見ていたようだった。
「いつも思うけど、隠さなくていいのに。夜に発光するって私とおそろいで格好いいじゃん!」
月夜が腕を広げる。心からそう思っているようだった。
馬鹿にされるか、気味悪がられるかと思っていたので、月夜のその反応は新鮮だった。
「格好いい? これが?」
「うん。綺麗だよ!」
「そっか。ありがとう」
そう言われると悪い気はしなくて、お礼を言う。
「……そんな顔もできるんだね! ちょっとドキッとした」
月夜に指摘されて、笑っていたことに気づく。
「よし。いい顔になったところで、おかわりもういっちょ逝ってみよう!」
「ちょっと待て。なんで野菜炒めがあるんだよ!」
テンション高く月夜がテーブルの上にあった布を取った。
そこには、キノコと野菜を炒めたもの。
食べなくてもわかる。このキノコはツキヨタケだ。
「イツキが死に掛けてる間にママさんに作って貰いました。大丈夫だよ、ママさんたちにはあげてないからね!」
えっへんと月夜が胸を張る。
「そういう問題じゃない。さっきちゃんと食べただろ!」
「けちけちしないの。あかりちゃんみたいに食べさせてほしいなら、してあげるよ?」
そう言って器用に両手でフォークを使って野菜炒めをすくい、月夜がボクの口元に運ぶ。
「何を――してますの?」
ふわりとそのフォークの先に、ムスカリアが現れた。
ボクの方を向いて、むっと唇を引き結んでいる。
「えっとこれは」
「茶碗蒸し。この器に少し残っているカケラは、月夜さんのツキヨタケですよね。もしかして食べたんですか?」
フォークから下りて、ムスカリアがボクを睨む。
「約束してたんだよ。ムスカリアが毒キノコをあかりちゃんに食べさせるのを止められたら、私を食べてくれるってね。あんなに私を口いっぱいに頬張ってくれて。凄くぞくぞくしちゃった」
ほぉとその瞬間を思い起こすように、恍惚とした表情を月夜が浮かべる。
ムスカリアの額に青筋が浮かんだような気がした。
「ふーん。こんなにたくさん月夜さんを食べたのですか。同じ毒キノコの私は、たった三スライスしか口にして貰っていないのに」
冷たい声に、背筋にぞぞぞと寒気が走る。
いつもおだやかな人ほど、怒らせると恐ろしいのだというけれど、その片鱗ををボクは肌で感じ取っていた。
「月夜さんをこんなに食べたなら、わたしのことはもっと愛してくれますよね?」
にっこりと微笑むムスカリア。
有無を言わせない迫力がそこにはあった。
それはつまり、紅天狗茸を食べろということで。
「……もちろんだよ、ムスカリア」
「嬉しいです!」
催促されて頷けば、たまらなく嬉しそうにムスカリアが笑う。
そんな顔を見てしまえば、食べないわけにはいかなかった。
この後もボクはこの毒キノコたちに振り回されて、大変な目にあうんだろう。
それはわかっていたのだけれど。
このにぎやかで、可愛い彼女たちを手放すなんて気にはなれそうにない。
そんな事を思った。




