【3】月夜
月夜を袋に入れたままホームセンターへ行く。
ムスカリア用の鉢を手に入れるためだ。
「私これがいいなぁ」
月夜がブナの木の大きな鉢植えを欲しがった。
「いやそれ、ボクの部屋に入らないから」
そもそも月夜もボクの部屋に住むつもりなのか。
ツッコミたかったけれど、女王様につき返す勇気もなかった。
「ちぇっ。じゃあ、これでいいや」
カットされて干された木の原木を、月夜は指差す。
鉢はいらないというので、ムスカリアの分だけ購入することにした。
苺をイメージした鉢植えを選ぶ。
ムスカリアの傘に少し似ていて、好きそうだなぁと何となく思ったからだ。
「それにしても、ムスカリアの主人なんだね。会うのは久しぶりだなぁ」
「顔見知りなんだ?」
「うん。結構仲良しだよ? 楽しみ♪」
月夜は久々の再会に、わくわくしてる様子だ。
でも何故だろう。
その笑みは、ボクに何かしようとしてる時の女王様によく似ている気がして。
背筋がぞくりとした。
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「やっほームスカリア! 久しぶりっ!」
部屋につくなり、フレンドリーに月夜がムスカリアに抱きつく。
「月夜? どうしてここにいるんですか?」
「えーそんな細かい事いいじゃない。久々の再会を喜ぼうよ!」
楽しそうな月夜に対して、ムスカリアは動揺している様子だった。
仲がいいというよりも、一方的に月夜がムスカリアに絡んでいるように見える。
「月夜、ムスカリアが困ってるだろ」
「はーい」
体をつかんで引き剥がすと、月夜は少し不満そうだったけれど唇を尖らせて従ってくれた。
「そうだムスカリア。ちゃんとした鉢買ってきたよ。これでいいかな」
トンと苺の鉢を置いてやる。
ムスカリアはそれを見て、ぱぁっと表情を明るくさせた。
「まぁまぁ! なんて素敵なんでしょう!」
頬に手を当てて、たまらないというように恍惚の表情を浮かべる。
「ありがとうございますイツキ。大切にしますね!」
どうやらかなりお気に召したようで、鉢を抱きしめて、ムスカリアは頬ずりしはじめる。
そんなに喜んでもらうと、買ってきたかいがあるというものだった。
思い出したようにもう一つの買い物を、部屋の隅に立てかける。
原木は高いしでかいし、重かった。
「これは月夜のやつはコレね。ここに置いとくよ」
「なんかムスカリアの時より、扱いが雑じゃない? ムスカリアにはあんなに優しい顔見せといて、私のは投げるように置くなんてさ」
「重かったんだからしかたないだろ」
むーっと月夜がほっぺを膨らませる。
「ムスカリアはイツキに近い窓際で、私は部屋の隅なんて愛情の差を感じる」
「窓際に木を置く趣味はないし、そもそもキノコに愛情を注ぐ趣味なんてないよ」
溜息をつく。
「キノコ、お嫌いなんですか?」
悲しそうな顔で、ムスカリアが見上げてきた。
「別に嫌いってわけじゃないよ。特に好きってわけじゃないだけで」
なんだろうこの罪悪感。
ムスカリアにそんな顔されると、ちくちくと心が痛んだ。
「ところで、木をおねだりしておいて何なんだけど、イツキは私を食べないの?」
「食べるって、月夜を?」
「うん。私キノコだし」
そう言って、月夜は木に近寄るとキノコに姿を変えた。
木にくっつようにして、傘が生えている。
まるで木を登るためについた足場のように、いくつも傘がついていた。
茶の傘と、やわらかなひだは、椎茸にも似ている。
ムスカリアとは違い、食べたら美味しそうだなと思えるキノコだった。
「駄目、絶対に食べては駄目ですよイツキ!」
ばっと腕を広げるようにして、ムスカリアが訴えてくる。
「なんで?」
「それは」
「いやいや、食べなきゃ駄目だと思うよ? 女の子からの贈り物なんだし」
いつの間にか娘の姿に戻った月夜が、ボクの問いに答えようとしたムスカリアの口を、背後からふさぐ。
「んーでもなんか、その姿になるのを見てると、食べ辛いよね。何より女王様からの贈り物っていうのがなぁ……」
渋っていると、その間にムスカリアが月夜の腕を振りほどいた。
「食べなくて正解です。月夜さんは、猛毒キノコなんですよ!」
「えっ、そうなの?」
ムスカリアの言葉に驚く。
月夜を見ると、ばれたかというようにぺロリと舌を出していた。
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月夜のキノコ名は、月夜茸。
育成環境により、シイタケやムキタケ、ヒラタケなどの食用キノコとそっくりな外見になるらしい。
そのため、間違って食べる人が多く、食中毒事故を起こすキノコのトップスリーに君臨しているとのことだった。
「危うく大変なことになるところだった……何してくれてんのさ」
「間違える方が悪いと思うんだけどなぁ」
月夜はあまり悪びれた様子がない。
頬に指を当てて、肩をすくめながらそんな事を言う。
さらりと前髪がなびき、隠されていた左の瞳が、月の形をしているのが見えた。
「それでこれはどう受け取ったらいいんだろう。女王様に計画を知られていて、先手を打たれたと思っていいのかな」
「食用と間違えておすそ分けしただけだと思うよ? そもそも私を採取してたのイツキだよね」
考え込んだボクに、月夜が答える。
指示は女王様がしていたものの、実際に採ったのはボクだった。
「袋の中には椎ちゃんや他の娘もいたし、あかりちゃんも食べてたよ。私はプレゼントされる方が面白そうと思って、袋に忍び込んだの」
あかりちゃんというのは女王様の事で、椎ちゃんというのは椎茸のことのようだ。
かなり迷惑な話を、極めて明るく月夜は語った。
一見おっとりしてるようにも見えて、月夜はアグレッシブだ。
いわゆるトラブルメーカーというヤツのようだった。
「ちなみに食べたらどうなるの?」
「下痢とか嘔吐が止まらなくなるよ。酷くなると脱水症状おこして、痙攣して、死んじゃう人もいるね」
大変だよねーと他人事のようにいう月夜は、なかなかの性格をお持ちのようだ。
「ボクを殺すつもりだったの?」
「ううん。食べてほしかっただけだよ。だって私だって愛でられたいし。こんな姿をしてるのも、愛されたいからだよ? 食べるって最大の愛情表現だと思わない?」
緑の瞳がまっすぐにボクを見つめてくる。
ただ食べて欲しいんだというように。
そこにふざけた雰囲気はなく、純粋な眼差しに目が反らせなくなる。
「食べるのが愛情表現というのは、わたしも同意見です。ですが、イツキが愛情を注ぐキノコは月夜じゃありません」
「へぇ……? これはおもしろいことになりそう」
ムスカリアの言葉に、月夜は楽しそうに笑う。
仲良しだなんて月夜は言っていたけれど、ムスカリアは月夜のことがあまり好きじゃないようだった。
「しばらく居候させてもらうから、これから仲良くしてね?」
月夜がそういって、ボクににっこり微笑む。
平穏なボクの日々が、塗り替えられていく予感がした。