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【3】月夜

 月夜を袋に入れたままホームセンターへ行く。

 ムスカリア用の鉢を手に入れるためだ。


「私これがいいなぁ」

 月夜がブナの木の大きな鉢植えを欲しがった。

「いやそれ、ボクの部屋に入らないから」

 そもそも月夜もボクの部屋に住むつもりなのか。

 ツッコミたかったけれど、女王様につき返す勇気もなかった。


「ちぇっ。じゃあ、これでいいや」

 カットされて干された木の原木を、月夜は指差す。

 鉢はいらないというので、ムスカリアの分だけ購入することにした。

 苺をイメージした鉢植えを選ぶ。

 ムスカリアの傘に少し似ていて、好きそうだなぁと何となく思ったからだ。


「それにしても、ムスカリアの主人なんだね。会うのは久しぶりだなぁ」

「顔見知りなんだ?」

「うん。結構仲良しだよ? 楽しみ♪」


 月夜は久々の再会に、わくわくしてる様子だ。

 でも何故だろう。

 その笑みは、ボクに何かしようとしてる時の女王様によく似ている気がして。

 背筋がぞくりとした。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 

「やっほームスカリア! 久しぶりっ!」

 部屋につくなり、フレンドリーに月夜がムスカリアに抱きつく。

「月夜? どうしてここにいるんですか?」

「えーそんな細かい事いいじゃない。久々の再会を喜ぼうよ!」

 楽しそうな月夜に対して、ムスカリアは動揺している様子だった。


 仲がいいというよりも、一方的に月夜がムスカリアに絡んでいるように見える。

「月夜、ムスカリアが困ってるだろ」

「はーい」

 体をつかんで引き剥がすと、月夜は少し不満そうだったけれど唇を尖らせて従ってくれた。


「そうだムスカリア。ちゃんとした鉢買ってきたよ。これでいいかな」

 トンと苺の鉢を置いてやる。

 ムスカリアはそれを見て、ぱぁっと表情を明るくさせた。

「まぁまぁ! なんて素敵なんでしょう!」

 頬に手を当てて、たまらないというように恍惚の表情を浮かべる。


「ありがとうございますイツキ。大切にしますね!」

 どうやらかなりお気に召したようで、鉢を抱きしめて、ムスカリアは頬ずりしはじめる。

 そんなに喜んでもらうと、買ってきたかいがあるというものだった。


 思い出したようにもう一つの買い物を、部屋の隅に立てかける。

 原木は高いしでかいし、重かった。

「これは月夜のやつはコレね。ここに置いとくよ」

「なんかムスカリアの時より、扱いが雑じゃない? ムスカリアにはあんなに優しい顔見せといて、私のは投げるように置くなんてさ」

「重かったんだからしかたないだろ」

 むーっと月夜がほっぺを膨らませる。


「ムスカリアはイツキに近い窓際で、私は部屋の隅なんて愛情の差を感じる」

「窓際に木を置く趣味はないし、そもそもキノコに愛情を注ぐ趣味なんてないよ」

 溜息をつく。


「キノコ、お嫌いなんですか?」

 悲しそうな顔で、ムスカリアが見上げてきた。

「別に嫌いってわけじゃないよ。特に好きってわけじゃないだけで」

 なんだろうこの罪悪感。

 ムスカリアにそんな顔されると、ちくちくと心が痛んだ。


「ところで、木をおねだりしておいて何なんだけど、イツキは私を食べないの?」

「食べるって、月夜を?」

「うん。私キノコだし」

 そう言って、月夜は木に近寄るとキノコに姿を変えた。


 木にくっつようにして、傘が生えている。

 まるで木を登るためについた足場のように、いくつも傘がついていた。

 茶の傘と、やわらかなひだは、椎茸しいたけにも似ている。

 ムスカリアとは違い、食べたら美味しそうだなと思えるキノコだった。


「駄目、絶対に食べては駄目ですよイツキ!」

 ばっと腕を広げるようにして、ムスカリアが訴えてくる。


「なんで?」

「それは」

「いやいや、食べなきゃ駄目だと思うよ? 女の子からの贈り物なんだし」

 いつの間にか娘の姿に戻った月夜が、ボクの問いに答えようとしたムスカリアの口を、背後からふさぐ。


「んーでもなんか、その姿になるのを見てると、食べ辛いよね。何より女王様からの贈り物っていうのがなぁ……」

 渋っていると、その間にムスカリアが月夜の腕を振りほどいた。


「食べなくて正解です。月夜さんは、猛毒キノコなんですよ!」

「えっ、そうなの?」

 ムスカリアの言葉に驚く。

 月夜を見ると、ばれたかというようにぺロリと舌を出していた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 月夜のキノコ名は、月夜茸つきよたけ

 育成環境により、シイタケやムキタケ、ヒラタケなどの食用キノコとそっくりな外見になるらしい。

 そのため、間違って食べる人が多く、食中毒事故を起こすキノコのトップスリーに君臨しているとのことだった。


「危うく大変なことになるところだった……何してくれてんのさ」

「間違える方が悪いと思うんだけどなぁ」

 月夜はあまり悪びれた様子がない。

 頬に指を当てて、肩をすくめながらそんな事を言う。

 さらりと前髪がなびき、隠されていた左の瞳が、月の形をしているのが見えた。


「それでこれはどう受け取ったらいいんだろう。女王様に計画を知られていて、先手を打たれたと思っていいのかな」

「食用と間違えておすそ分けしただけだと思うよ? そもそも私を採取してたのイツキだよね」

 考え込んだボクに、月夜が答える。

 指示は女王様がしていたものの、実際に採ったのはボクだった。

 

「袋の中には椎ちゃんや他の娘もいたし、あかりちゃんも食べてたよ。私はプレゼントされる方が面白そうと思って、袋に忍び込んだの」

 あかりちゃんというのは女王様の事で、椎ちゃんというのは椎茸のことのようだ。

 かなり迷惑な話を、極めて明るく月夜は語った。


 一見おっとりしてるようにも見えて、月夜はアグレッシブだ。

 いわゆるトラブルメーカーというヤツのようだった。

「ちなみに食べたらどうなるの?」

「下痢とか嘔吐が止まらなくなるよ。酷くなると脱水症状おこして、痙攣して、死んじゃう人もいるね」

 大変だよねーと他人事のようにいう月夜は、なかなかの性格をお持ちのようだ。


「ボクを殺すつもりだったの?」

「ううん。食べてほしかっただけだよ。だって私だって愛でられたいし。こんな姿をしてるのも、愛されたいからだよ? 食べるって最大の愛情表現だと思わない?」


 緑の瞳がまっすぐにボクを見つめてくる。

 ただ食べて欲しいんだというように。

 そこにふざけた雰囲気はなく、純粋な眼差しに目が反らせなくなる。


「食べるのが愛情表現というのは、わたしも同意見です。ですが、イツキが愛情を注ぐキノコは月夜じゃありません」

「へぇ……? これはおもしろいことになりそう」

 ムスカリアの言葉に、月夜は楽しそうに笑う。

 仲良しだなんて月夜は言っていたけれど、ムスカリアは月夜のことがあまり好きじゃないようだった。


「しばらく居候させてもらうから、これから仲良くしてね?」

 月夜がそういって、ボクににっこり微笑む。

 平穏なボクの日々が、塗り替えられていく予感がした。

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「さぁ、俺というナスを召し上がれ!」ツッコミ女子×残念なイケメンナス(擬人)のギャグ短編。
下ネタいけるならどうぞ。さくっと読めます。
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