【2】毒キノコ増えました
結論からいうと、ムスカリアはボクにだけ見えている幻覚というわけではなさそうたった。
なぜなら、母にも見えていたからだ。
「暗い子だと思っていたけれど、友達がいないからって、いい年して人形遊びだなんて!」
「はじめましてお母様。ムスカリアです」
家に帰るなり嘆き始めた母に、ムスカリアは丁寧に挨拶した。
母さんは相当ビックリしたようだったけれど、ボクの方が驚きだった。
しかし母さんの順応力はボクより早く、夕飯は何故かムスカリアの分まで用意されていた。
かつて妹が使っていたお人形セットの小皿の上に、細かく刻んだ野菜炒めやら、おにぎりやらが置かれている。
「母さん、どうしてもう受け入れてるの」
「どうしても何も、母さんキノコ娘の親友がいるもの。あんたにも見えると思ってなかったから驚いたけどね。最近は実家に帰ってないから会ってないなぁ。椿ちゃん元気してるかしら」
つっ込むボクに、母さんは思い出に浸るような顔になる。
「あらあら、お母様は春掘さんと知り合いですの?」
「まぁね。庭先にいつもじっと正座してる姿が可愛くて。言葉数は少ないけど、すごくいい子なのよ!」
ムスカリアと母さんは共通の知人の話題でもりあがっているようだ。
キノコ娘ってなんだ。
いやそもそも、ムスカリアって何者なんだ。
何故母さんは疑問に思わない。
そのサイズの女の子なんて、色々おかしいだろ。
おいしそうにムスカリアは夕飯を食べていた。
鳥のつくねがお気に召したらしい。
食べる側を食べるというのも新鮮ですわねと言っていたけれど、あれはどういう意味なんだろう。
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妹のドールハウスが、ボクの部屋に置かれ、ムスカリアはちょっと嬉しそうだった。
「素敵なお部屋ですね!」
「気に入ってくれたならよかったよ」
なんでいい年して、ドールハウスを家におかなくちゃいけないんだろう。
ムスカリアに答えながらも、内心そんな事を思う。
もう十五歳だというのに。
「そういえば、ムスカリアっていくつなの?」
見た目的には、ボクとそう変わらないように見える。
落ち着きがあるから、十八歳くらいといったところか。
「結構長く生きてると思いますけど、歳はあまり数えてませんね。海賊さんたちに食べらることもありましたし、絵本にわたしを登場させてくれた人もいましたわ」
「食べるって……ムスカリアを?」
「はい」
謎に思いながらも、そもそもムスカリアが謎だらけなので、まぁいいかと思うことにする。
ムスカリアに、植木鉢がひとつほしいと頼まれる。
けれど、無かったので使ってないラーメンどんぶりを与えた。
「ありがとうございます。下に穴が空いている方が好ましいのですけれど、仮の苗床としては十分ですわ。山でとってきた土を、ここに入れてもらえますか?」
ムスカリアに指示されて、あらかじめ山から土を持ってきていた。
それをどんぶりの中に入れてやると、ムスカリアは真っ白なブーツでその上を歩く。
「いい感じですわね。それではそろそろ就寝の時間なので、お休みなさい」
ぺこりとムスカリアがお辞儀をし、次の瞬間姿を変えた。
そこにあったのは、真っ赤なキノコ。
深い紅色の傘の表面には、白いポツポツ。柄はまるでフリルのように白が重なり、根元はふっくらと丸みを帯びている。
いかにもな『毒キノコ』がそこにあった。
「えっと……ムスカリアさん?」
「はいなんですかイツキ。さんはいらないですよ?」
キノコからムスカリアの声がした。
口ないのにどこから声を出してるんだろうとか、そんなどうでもいいことを思った。
「ムスカリアは、もしかしてボクが喋りかけてたあのキノコなの?」
ボクの声に、ムスカリアが女の子の姿にもどる。
「はい。キノコ名は紅天狗茸といいます。食べれば幻覚や眩暈、下痢などを引き起こすことができます。毒キノコを所望しているようだったので、お力になれるかと思いました」
邪気のない笑顔で、さらりと怖いことを言う。
「なんでそんな女の子の姿なの?」
「なぜと言われましても……それは人がなぜそのような姿なのかという質問と、同じですよ?」
小首を傾げられる。
確かにそう聞き返されると、答えることはできなかった。
「それでは、イツキが女王様をわたしの毒でやっつけるその時まで、しばらくお世話になりますね。おやすみなさい」
「……うん、おやすみ」
戸惑いながらも返事をすると、ムスカリアは満足そうに笑って、またキノコの姿に戻ってしまう。
どうやらボクは、女王様を倒すための毒キノコを手に入れてしまったようだった。
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「起きてください、イツキ。もう朝ですよ」
ぺちぺちと頬叩かれて目を覚ませば、ムスカリアがこちらを覗きこんでいた。
夢かと思っていたら、そうではなかったらしい。
「イツキは帽子を被って寝るのですか?」
「あーうん」
ボクのナイトキャップを見て、不思議そうにムスカリアが首を傾げた。
普段は被らないのだけれど、昨日はムスカリアがいたから被っていた。
ボクのこの金の髪は、なぜか夜の闇の中でも仄かに光る。それをムスカリアに見られたくなかったのだ。
リビングに行けば、母さんは仕事でいなくて、妹はすでに部活の朝練で家を出ていた。
朝食はムスカリアの分も用意されていて、一緒に向かい合って食べる。
「あらあら、ほっぺにご飯粒がついてます」
「えっ、どこ?」
「ここです」
ムスカリアが近寄ってきて、手を伸ばす。
少し顔を近づけたら、ご飯粒をとってくれた。
「ん、これでおっけーです」
ボクの頬についたご飯粒を両手でとって、ムスカリアはそれを食べる。
結構世話焼きな性格のようだ。
至近距離で見下ろすと、結構胸があるなぁと思ってしまう。
「どうかしました?」
「いや、なんでもない。学校行ってくるね!」
「待ってくださいな。わたしを連れて行ってください」
慌てて立ち上がったボクに、ムスカリアがそう声をかけてくる。
こんな高いテーブルだし、一人では降りられないよなと肩に乗っけた。
ドールハウスの前まで連れて行ったけれど、ムスカリアはボクの肩から降りようとはしなかった
どうやら学校まで着いてくるつもりらしい。
「女王様もそこにいるのでしょう? わたしがいないと、毒を与えることができないじゃないですか」
「いや、まだちょっと早いというか。色々計画とか練らなくちゃいけないし、今日のところは大人しく家で待っててよ」
ボクの言葉に少し考えてから、ムスカリアは納得してくれたみたいだった。
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今日もどうにか学校が終わる。
押し付けられた掃除を片付ければ、それでいい。
放課後せっせと一人で掃除をしていたら、押し付けた本人の女王様が、廊下でボクを待っていた。
「この前は付き合ってくれたから、これわけてあげる」
押し付けられた紙袋。
受け取らないという選択肢を与えないまま、女王様は去っていってしまった。
「一体なんなんだ」
「女の子からのプレゼントなんて、答えは一つだと思うよ?」
答えなんて求めてなかったのに、どこからか声がした。
がさごそと動く紙袋。
恐る恐る開いてみたら、そこには女の子がいた。
よいしょと袋から出てきて、ボクの手の上に乗る。
ゴスロリちっくな服装。
ムスカリアが白とピンクで清楚なのにたいして、こちらは黒と蛍光の強い緑で、少々パンクっぽい。
髪は肩下で真っ直ぐ切りそろえられており、外側は茶色なのに、なぜか内側は緑色をしていた。
女の子がくるりと一回転する。ふわりと茶のスカートが舞い、ちらりと見えた裏地は髪と合わせているのが緑色だ。
一瞬黒のかぼちゃパンツっぽいのが見えたけどいいのかな。
そんな事を考えていたら、女の子は後ろで手を組んで、で少し前かがみなポーズでこっちを見上げてきた。
「はじめまして、私静峰月夜だよ。あかりちゃんからあなたへのプレゼント。美味しく食べてね?」
ムスカリアと同様、おっとりした印象を受ける顔立ちと声なのだけれど、その緑の瞳はどこか悪戯っぽい。
「もしかして、君もキノコだったり?」
「なんでわかったの? もってことは、他の娘にも会ったことあるんだ?」
ちょっと面白そうに月夜は言う。
「まぁね」
やっかいなのが増えたなぁと内心思った。




