【1】毒キノコを拾いました
あんなヤツなんて、毒キノコに当たってしまえばいい。
確かにそう思った。
けれどあれは弾みというやつで、実際にやるつもりで口にしたわけじゃなかったのだ。決して。
「はぁどうしよう……」
思い切り溜息をつく。
現在ボクの目の前には、いかにも『毒ですよ!』という見た目の赤地に白い斑点のキノコがあった。
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ボクのクラスには、影で女王様と呼ばれる女の子がいた。
なぜかボクを目の敵にしていて、毎日のように嫌がらせをしてくるのだ。
移動教室の際にはクラス分の教科書を運ばされ、休み時間に学校の外にあるコンビニでお菓子を買ってこいと命令され、掃除当番はナチュラルに押し付けられる。
こんな下僕のような生活、もうたくさんだった。
じっと耐えながらも、心の中では『いつか呪い殺してくれる』と思いながら過ごしていたボク。
あまりにも卑屈な気持ちになったボクは、これじゃいけないと、一度リフレッシュしてくることにした。
ボクの癒しスポットは、近くにある山。
ちょっとした登山コースがあって、そこを登っていく。
もちろん一人で。
一応言っておくけれど、これは友達がいないから一人で山に行っているわけではない。
自然を堪能するのに、余計なものは必要ないからだ。
一人だと自分のペースで歩けるし、好きなだけ自然と触れ合える。
決して強がりではない。
体を動かすのが特別好きというわけではないけれど、自然の中にいると黒い気持ちがすぅっと消えていく気がして、やっぱりいい。
土と草の香りがする山を歩くだけで、十分に癒される。
木々の間にある花や、動物達を眺める。
少し奥に入ったところに、ボクのお気に入りの場所があった。
根元に赤いキノコが一本生えている、大きな木。
赤いキノコの横にボクは腰を下ろして、木に背を預ける。
「隣座るね」
キノコに言ったってしかたないのに、ボクはいつもついこのキノコに話しかけてしまう。
まるで御伽噺にでてくるような毒キノコに似てる、このキノコがなんとなく好きだった。
一本だけで寂しそうというのも、目立つから嫌煙されるというのもボクに似ているような気がしていた。
「お前はボクと似てるね」
このキノコに対して親近感を持っていた。
ボクの髪は日本人なのに金色がかっている。瞳の色も薄くて、同じ金に近い茶。加えて目つきもあまりよろしくない。加えて少し人より頑丈で、そのせいで昔からあまり人が近づいてこなかった。
周りの人はきっとボクの事を不良か何かだと思っているだろうけど、全然そんな事はないのに。
変な話だとは思うのだけれど、このキノコはちゃんとボクの話を聞いてくれている気がしていた。
時折同意を求めるように問いかけてみると、少しだけ傘の部分が揺れるのだ。そんな気がしているだけというのはわかるのだけれど、そんな小さなことが妙にボクの心を捉えていた。
本当にこいつとお喋りが出来たらいいのにな、なんて事を思う。
そんな事できるわけないし、メルヘンチックだと自分でも思うのだけれど、それくらいには、このキノコが気に入っていた。
一通りキノコに語りかけてから、ボクは山を下った。
そんなに長い時間じゃなかったけれど、十分に癒された。
明日からもまた、耐えられる。
ここにこれば、学校での出来事が、ちっぽけな事に思えるから不思議だ。
そんな事を考えていたら、最悪なことに女王様と出くわしてしまった。
「こんなところで会うなんて奇遇ね」
「コンニチワ……」
ボクの挨拶に、女王様がイラっっとした顔になった。
突然だったから、嫌な人に会っちゃったなぁというのが、丸々顔にでちゃってたんだと思う。
「……ちょうどいいところで会ったわ。私、もう荷物を持つのに疲れたの。持って歩いてよ」
女王様は意外なことに、取り巻きもつれず一人で今から山に登るようだった。
「えっ、今から帰るところなんだけど」
さすがに疲れたし、こっちにだって予定がある。
察してくれないかなと願ったけれど、そんな気遣いをしてくれる女王様じゃなかった。
「ならもう一度一緒に登ればいいじゃない。ほら私の荷物持ちなさい。落としたら承知しないからね」
ボクに荷物を押し付けて、女王様は言う。
なんて横暴なと思って、言い返そうとしたけれど。
「何か言いたいことでもあるの?」
「……いえ、なんでもないです」
ギロリとにらまれれば、ボクは何も言えなくなった。
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「あんたさ、小学校の時とか林間学校行ったことある?」
「あー、一応」
女王様に話しかけられて、適当に相槌を打つ。
ボクにとって、それはあまり思い出したくない事だった。
ちょっとした山で行われた林間学校。
ボクはこういう集団行動が苦手だった。
ハブられていたボクが入ったのは、仲良しの四人グループ。一人孤独感を味わっていたら、この班が途中で大喧嘩しだした。
グループの中の一人の女の子が、ボクを無視するなとか言い出したのだ。
そんな事頼んでないのに。
結局この子とボクを班の子たちは置いていった。
「そんなにそいつと一緒がいいなら、そうすればいい」と言って。
「謝ろうよ。ボクのことなんかどうでもいいから」
「私あんたのその卑屈な所、大嫌い! どうしていつもそうなの。嫌な事されても黙ってるから、皆付け上がるのよ!」
ボクのいう事を、女の子は全く聞いてくれなかった。
どうしてそんなにボクの事で怒っているのかよくわからなくて、混乱しながらも後を追いかけた。
急に天候が崩れて、危ないよと言っているのに、ずかずかと女の子は歩いていって。
その先に崖があると気づいた時には遅かった。
ちょっと待ってと急いで手を掴んだけれど、女の子は落ちた。
ボクと一緒に。
一緒に落ちた女の子は、庇ったのにも関わらず大怪我をした。
けど、ボクは頑丈だから大丈夫だった。
女の子は意識が戻らず、病院に入院して。
学校に行けば、ボクが班から女の子を連れ出して崖から突き落としたことになっていた。
違うと否定しても信じては貰えなかった。
いつもその女の子はボクに辛く、厳しい言葉を投げていたから。
学校に親も呼び出されて、話し合いが行われた。
女の子が学校に帰ってくる前に、ボクは転校してしまったけれど、思い出すたびに苦しくなる。
「――もしかしてだけど、その小学校の時に林間学校で行った山って、ミトロベ山だったりする?」
女王様に再度尋ねられて、想いふけっていたところを呼び戻される。
心の弱い部分に触れられたような気がした。
なんでその山の名前を知っているのかと思う。
この高校は、昔通っていた小学校から遠いけれど、通えない距離ではない。
あの事件の事を知っている人間に会ってしまったのだと、足の先から冷えていく心地がした。
ボクの顔をちらりと見て、女王様がはっとした顔になった。
「どうしたのよ、顔色悪いわよ。疲れたなら休むから、そう言いなさいよ!」
無理やりつれ回しておいて、慌てたようにそんな事を言いながら、女王様がそこらへんの岩にボクを座らせた。
それから、持っていたドリンクや飴を分けてくれる。
「ついでだし、そろそろお昼にするわよ」
お昼を持ってないボクに、女王様は手作りの弁当を恵んでくれた。
「……量、多くない?」
これを一人で食べるつもりだったんだろうか。
三段重ねの重箱に、大き目の敷布。
飲み物用のコップも二つ用意されていた。
「と、友達と行く予定だったのよ。別にあんたがここにくるって誰かから聞いてきたわけじゃないんだからね!」
ふいっとボクから顔を逸らして、女王様がそんな事を言う。
「そんな事わかってるけど」
「わかってるならいいのよ。ほら、食べなさい」
ぐいっと女王様が取り皿をボクに突きつけてくる。
正直女王様の弁当は見た目がグロテスクで、食欲のわく見た目ではなかったけれど、美味しくはあった。
ただ、女王様と一緒なだけで、胃がきりきりと痛かった。
女王様に付き合って帰るころには夕方になっていた。
朝早く山に登って、昼頃には帰る予定だったのに。
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山を下りるころには、女王様は上機嫌だった。
目的の食用キノコをいっぱい見つけることができたからだ。
女王様はキノコに全く詳しくなく、図鑑片手に指示するだけだ。当然のように採取したのも、それを持つのもボクだった。
「あぁ疲れた。山歩きって大変」
途中疲れたからおんぶしろと、横暴な事を言ってきた女王様は、ほとんど自分で歩いていなかった。
疲れたのは主にボクだけだ。
女王様は戦利品を手に、すがすがしい顔で帰って行った。
むしゃくしゃしたボクは、山に戻った。
「女王様の馬鹿野郎! 毒キノコに当たっちゃえ!」
「あらあら、毒キノコをお探しですか?」
叫んだボクに、話しかけてくる声がした。
のんびりとした女の子の声。
誰もいないと思っていたのに、聞かれてしまった。
少し肩をすくめて、ゆっくりと振り返る。
しかしそこには誰もいなかった。
「こちらです。足元ですわ」
ちょんちょんとふくらはぎの下あたりを叩かれて、そちらを見る。
真っ赤な毒々しい色の、小さな傘が揺れていた。
キノコが動いたのかと思って驚いたけれど、よくよく見れば違った。
そこにいたのは、赤い傘を傘を差した、二十センチくらいの女の子だった。
「毒キノコをお探しなら、ここですわよ」
思わず瞬きする。
あまりに疲れすぎて幻覚が見え始めたんだろうか。
そう思ってしゃがんだ。
女の子をまじまじと見る。
昔妹が遊んでいたお人形と、サイズがそんなに変わらない。
誰かが山に人形を捨てたんだろうかと思ったけれど、それにしてはまるで人間のように表情豊かだった。
ボクの視線をうけて、女の子はにっこりと微笑んでくる。
真っ白な肩までの髪に、おっとりとした顔立ち。
ドレスはそのふくよかな胸を強調しながらも、白と薄い桃色の可愛らしいものなせいか、いやらしくなく清楚な雰囲気を漂わせている。
ただ、差している日傘だけが、けばけばしいしい赤色をしていた。
「えっと、君は?」
「アマニタ・ムスカリアと申します。ムスカリアとおよびくださいな」
ふふっと口元に手を当てる動作が、可愛らしい。
ほんわかしたお姉さんといった印象だ。
「あなたのお名前を聞いてもよろしいですか?」
「……イツキです。雨宮イツキ」
「イツキさんというのですね。これからよろしくお願いします」
自己紹介をすると、ムスカリアはペコリと優雅な動作でお辞儀をしてきた。
「こ、こちらこそ」
「ふふっ。山を出るのは久しぶりです。すいませんが、手に乗せてくれますか?」
つられて頭をさげると、ムスカリアは楽しそうにそう言う。
手のひらをそっと地面に下ろすと、ドレスの端を摘みながら、えいとムスカリアが乗ってきた。
このまま立ち上がって、ムスカリアを手に乗せ自分の目線まで持ち上げてみる。
人形のようだけど、精巧というかまるで生きているみたいだ。
指先で少しつついてみたいなぁとか好奇心が疼いたけれど、しとやかに微笑むムスカリアを見たら、それはちょっと失礼かなと思ってやめる。
「肩に座ってもよろしいですか?」
「ど、どうぞ」
「それでは失礼します」
手を肩に近づけると、ムスカリアはボクの肩へと移動した。
そこに座って、ボクの頬に手をつく。
「なかなかいい座り心地ですね」
「ありがとうございます」
ムスカリアは満足気にそう言ったので、ついお礼を言う。
「……? 早く家に帰らなくてよろしいのですか? 暗くなってしまいます」
今の状況についていけずに固まっていたら、ムスカリアにそんな事を言われた。
どうやら、ムスカリアは家まで着いてくるつもりらしい。
――きっとボクは疲れすぎて、幻覚を見てるんだ。
そういえば、女王様はキノコが大好きとかで、弁当の中にはなにやら怪しげなキノコが入っていた。
あれが毒キノコで、幻覚を見てしまったんだろう。きっと。ボクを貶めるための罠だったのかもしれない。
きっと時間が経てば幻覚から覚めるだろうし、早く家に帰ろう。
ボクはムスカリアを肩に乗せたまま、足早に山を後にした。
ムスカリアさんが好みすぎて、勢いで作りました。
楽しんでいただけたら嬉しいです。




