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先輩と後輩

気付けばそこに

作者: 夏野簾

先輩と後輩シリーズ第三弾。相変わらずお話に互換性はないです。名前がついていないのは、実は……特に理由はないです。

「ねぇ先輩」

「何かしら」

 僕の呼びかけに、ちらりともこちらを見ずに答える。

「人って、どうしたら変われるんでしょうね」

「……どうかしたの?もしかして、熱でもある?なら、今日は帰りなさい。無理してくる必要なんてないんだから」 

 さっきまでこちらを一切見ていなかったのが、本当に心配しているというような眼差しで見つめてくる。

「いや、特にそういうわけじゃないんですが」

「本当に?ならいいのだけれど」

 とは言いつつも、まだ優しげな瞳で……痛い、痛いです先輩。

「本当に大丈夫ですよ。ただ、ちょっと……」

「ちょっと?」

「……いえ、何でもないです。すいません、変な事聞いちゃって」

 幾ばくかの静寂の後、僕の答えに思案していた先輩が顔を上げた。

「そう、ね。じゃあ、今日はこんなお話でもどうかしら」



 ――ここは、どこだ。

 男が辺りを見回すと、見知らぬ部屋に、一人。回らない頭を必死に働かせ、ここはいったいどこなのかを考えだす。が、一向に思い当たらない。仕方なく重い体を引きずり、部屋を徘徊する。

 ……誰だ、お前は。

 男は立ち止まった。目の前の鏡に、信じられない光景が広がっていたから。そこには、見たこともない顔が、一つ。突然、頭が痛みだした。今まで感じたことのないほどの激痛が走る。堪らず、その場にしゃがみこんだ。脳裏に浮かんだのは、血だらけでうずくまっている“男”。

 ああ、そうか。その時、全てを理解した。俺は、生まれ変わったんだと。普通だったら到底信じられないような事。しかし、感覚的に分かった。これは報われなかった俺に対する“贈り物”なんだと。

 ふと、あることに気付いた。割れるような頭の痛みが消えると、不思議な事に知らないはずのこの体に関する記憶がある。どうやら、記憶の面で不都合が起きることはないようだ。この体の持ち主は、丁度今大きなプロジェクトを動かしている最中らしい。

 正直なところ二度目の生でいきなり仕事をするとは思っていなかったから、少しだけ落胆した。それに、会社というものにあまりいい印象を抱いてもいなかったから。

 渋々ながらもどうにか上手くいった。それは、元の持ち主がほとんど詰めていたからだったのだが、男はそれに気づかない。

 次にまた、大きなプロジェクトを任された。たった一度の成功だったが、男は思いあがっていた。昔と同じ過ちを繰り返していることを、男は知らない。

 強引なやり方で進んだ先に、何も残ってはいなかった。たった一度の失敗だったが、それが全てを終わらせてしまった。

 違う。悪いのは俺じゃない。俺のやり方についてこれない周りが悪いんだ。

 会社を辞め、酒に溺れる日々。どうして。どうしてなんだ。俺は間違っていなかったはずだ。それなのに、どうして。

 おぼつかない足取りで道路を歩く。突如、世界が暗転した。


 気づくと、見知らぬ部屋に、一人。

 ああ、そうか。ゆっくりと辺りを見回す。鏡越しに見えるのは、新しい自分。

 そう、それはとても簡単な事。やり直せばいいだけだ。俺を認めようとはしない世界を。何度でも。何度でも。ただ、やり直せば、いいだけだったのだ。



「えっと、その……」

「ええ、言いたいことは分かるわ。でも、私の考えを言ってもいいかしら?」

 正直、この話を聞かされても言葉に詰まってしまうので助かった。

「つまりね、人間そんな簡単には変わらない、ってことなんだけど。そもそも、このお話みたいにもしも転生できたり、もしくは異世界にいけたとしても、元々が元々だったら上手く行くと思う?私は思わないわ。仮にどれだけの才能があったとしても」

「まあ、はい」

「一度きりの人生だって分かっているのに何もやろうとしなかった人間が、都合よく転生して、はい上手く行きました。なんて、それこそ舐めてるわ。そんなのは周りのせいにして頑張れなかった言い訳にしか過ぎないのよ」

「そうですね……」

 別に自分の事を言われているわけじゃないのに、少しだけ気分が落ちてきた。うぅ、今回の話はちょっと辛辣です、先輩。

「でも、ね。あなたみたいに変わりたい、と。そう思ったら、そこから何かが変わっていくのかもしれないわね」

「変われ、ますかね」

「あなた次第だけどね」

 そういって微笑む。少しだけ、胸が高鳴った。

「何に悩んでいるかは分からないけど、少しはお役に立てたかしら」

「はい、ありがとうございました」

「なんだか疲れちゃった。そうだ、ちょっと帰りにお茶でもしていかない?」

「は、はい。いいですよ……って、お茶ですか!?」

「何よ、嫌ならいいのよ、別に」

 嫌なわけがない。むしろ、こちらからお願いしたいくらいです。はい。

「いえいえ、是非是非」

「じゃあ今日はもう帰りましょうか。あまり遅くなっても、ね」

 いつもより早い下校時間。赤く染まった道を二人で歩く。夏が過ぎて、秋になった。いつの間にか、夕暮れが早くなっていることを実感する。

 初めて先輩と会った時、こんな風に並んでいるなんて思ってもみなかった。

 やがて秋が過ぎて、冬になるだろう。来年には、先輩は受験生だ。その時、僕の周りの景色はどうなっているのだろうか。それは分からない。今はただ、芽生え始めたこの気持ちを大事にして。


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