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春夏秋冬

作者: 小田 和葉

 マフラーと手袋がないと、あんな体に刺さるような風の吹く外に出る気がなくなってきた、この季節。そろそろストーブも出さなきゃ……と十一月中旬から思ってはいたものの、まだ春に引っ越してそのままの、あの段ボール箱の山から一つ一つ引っ繰り返して探そうという意欲が出ず、こたつで自分を騙し騙し過ごしていると、とうとう本格的に寒くなってくる十二月に入ってしまった。

 寒いのが嫌いなわけではない。むしろ、夏のあのまとわり付くような暑さのほうが嫌いだ。


 ただ、冬の寒さは、一層人肌が恋しくなるから、一人暮らしの冬は嫌いというより好きだけど苦手という感じなのだ。寒い、虚しい、悲しい、というマイナスの思いだけが私の中でぐるぐると渦巻いている。

 そして、その思いの先に辿り着くのは、いつも同じで。



 ――……どうして、あの人は、



**


 この部屋には私の他に、私と同じ大学の出身であり、恋人であったトキという男も住んでいた。ご察しの通り、今はいない。というより、最近ではトキという男がこの部屋に本当にいたのかさえ疑問になる時がある。

 考えてみれば、彼の私物はここにはないし、唯一彼が買った物といえば、アンティークの置時計――だが、それも今では本当に彼が買ったのかどうか、自信がない――だ。


 トキは、不定期にふらりと私の元に現れて、私を愛し、私に愛され、太陽の降り注ぐ頃に『またね』とほほ笑みを浮かべて去っていく、そんな男だった。そんな男などフってしまえば良いのに、と言う友達もいたが、私は彼の笑みに時々見え隠れする、孤独感や、淋しさから揺れる瞳がいとおしくて、結局、彼がふらりと現れるのをただ待ち続けた。


 そんな彼に同居しないか、と誘われたのは、一年前の冬だった。


「君を傍におきたい。甲斐性なしな僕だけど」


 珍しく照れたように少し頬を赤らめて、真剣な瞳で言ってくれた彼の言葉に、私は二つ返事で了承した。


**


 そして春から、私と彼の生活が始まった。

 同居前に比べればだいぶ一緒にいる時間が増えたが、それでも彼がこの部屋に帰ってくるのは一週間に二、三度が良いほうだった。

 たとえば、夜、一緒に寝たはずの彼が、次の日の朝、私を起こさずにそっとベッドから抜け出し、そのまま部屋を出て、その日は帰らない、なんて事はしょっ中だったし、私も慣れたもので、いつのまにか嫉妬心や疑いの念等といった感情を抱かなくなっていた。


 つまり、彼を愛していないのか。答えはノーだ。私の心と体は既にトキしか受け入れられなくなっている。でも、信頼しているのか、と聞かれても恐らくノーだと思う。

 私とトキには、愛や信頼等というものより、もっと深い、言葉には出来ない感情の繋がりがあるような気がするのだ、少なくとも、私には。

 私と彼は、そういう目に見えないものに魅かれ、つながれているのだと思う。


**


 そんな彼も、夏は頻繁に帰ってきていた。一週間に四、五日以上、更に夜だけでなく、一日中家にいたときだってある。


「今は、君と一緒にいたいんだ」


 夏も終わろうとしていた、ある朝。いつもなら私よりも先に起きて、どこかへふらりと行ってしまう彼が、珍しく私と同じ頃に起き、先にベッドから出ようとしていた私の腕を少し震えた自身の腕でつかんだ。そして、その衝撃でよろめいた私を抱き寄せて、トキはそう言った。

 震えたような、だるそうな声で言う彼がいつもより弱く小さく見えたが、彼のその気だるさは、私と同じで、夏の暑さが苦手だからだろう、と思っていた。


 その日は、彼は私を暇さえあればずっと私をただ抱き締めているだけだった。さすがの私も不思議に思って、どうしたの? と何度か聞いてみたが、その度に彼は、ううん……と言っては私の唇に自身の唇を押し当ててきた。彼の触れるだけのキスが、なぜか不安定に思えて、ワケもなく泣きたくなった。



 次の日から、彼はまた、一週間に二、三度しか帰ってこなくなった。ひどいときは、一週間帰ってこない、なんて事もあった。


 そのまま、秋になった。秋になったとたん、彼は帰ってこなくなった。一週間、二週間、と虚しく時間だけが過ぎていく。

 彼が帰ってこなくなってから三週間が過ぎようとしたとき、私は、私が彼について知っているのは、同じ大学であった事、トキという名前、男、と言うことくらいだけではないか、という事に気付いた。考えてみれば、私は、彼の携帯番号も、家族も、地元も、友達も、もちろん、いつも外で何をしているのかも知らない。今まで話してくれることも、私から聞くこともなかったからだ。

 そこまで思考が辿り着いたとき、私は“トキ”という男が存在したのか、急に不安になった。彼の存在は、ただの私の想像だったのではないか、と。


 ――……トキなんて人は、最初からいなかったんじゃないだろうか。


**


 そこまで思い出したとき、玄関のインターホンが鳴っていることに気付き、我に返った。

 急いでコタツから出て玄関に行き、はい、とチェーンを外さずにドアを少しだけあけると、そこには知らない無表情の男が立っていた。


「あの……どちらさまですか?」

「……トキのダチ。これ、トキから」


 私の問いに簡潔に答えて、彼はずいっと私の目の前にシンプルな封筒を差し出した。ダチ、と言った彼は、それだけ私に渡すと、さっさと帰ろうとした。


「ま、待って! ……トキは」

「それ読んだら解る。……一人で読めよ」


 目は合わせずに、彼はささやくように言って、去っていった。


 ――……トキからの、手紙。


 私は、手紙よりもまず“トキ”という男が存在したという事に安堵した。更に、彼にはあのような友達がいるという新たな一面を知った事にも。だがそれと同時に、彼の事を私は本当に知らなかったのだという事も改めて悟った。

 しばらく手紙を持ったままぼーっと玄関前につっ立っていた私は、足からくる冷気にハッとなって、少し足早にハサミを引き出しから取り出して、こたつに戻った。


 封筒には、丁寧な彼らしい字で『実咲へ』と書いてあり、裏面にはトキの名前と、今から約二ヵ月半前――彼がいなくなった頃だ――の日付が書かれていた。

 丁寧に、まるでガラス物を扱うように慎重にハサミで封筒を切る。チョキ、チョキと言う音だけが部屋に響いた。封筒の中には、五枚にも渡る長い長い手紙が入っていた。


 一枚目は自分から誘っておいて、置き去りにしてしまった私に対する詫びと、変わらぬ愛の言葉だった。彼らしいシンプルで解りやすい言葉に、ますます私は彼の存在を形づける事が出来た。

 二枚目から四枚目には、彼が私と出会う前から関わっていることと、どうしていきなり私に同居の誘いをしたのかという理由が綴られていた。


 簡単に言えば、トキは友達――どうやらさっき来た男の人のようだ――と、私と出会う前から、小さな会社を経営していた友達の父を死に追いやった犯人を追っているらしい。

 私と付き合いはじめた頃から、だんだんと事件の真相が明らかになってきて、私を同居に誘う前、この事件にはある裏組織が関わっている事が分かり、トキはこれ以上踏み込んでは命の危険があると悟ったらしい。

 しかし、彼は金のない時に自分を自分の部屋に住まわせてくれた友達を裏切る事が出来ず、ここまできたのだから、命の危険があっても、彼と事件の真相を掴もうと決めた、と書いてあった。

 それと同時に、自分が大切にしている私の命の危険も悟ったとあり、私に同居をしようと誘ったのは、私の実家をその組織に狙われないためだと書いてあった。もし私の身が危険になり、この部屋を出ることになっても、私の帰れる場所がなくならないように、という彼の配慮だったのだ。


 そして、最後の手紙には、こう書かれていた。途中私は、彼への様々な思いから溢れた涙で、文字がにじんで見えて、スムーズに読み取れなかった。



 この手紙が届く頃、僕と友達は事件の核心に迫っていると思う。もし、この手紙を受け取ったのなら、どうか早急にこの部屋を出てほしい。そして、新たな恋を見つけて、実咲には幸せになってほしい。今まで、縛り付けていて本当にごめんね。

 それから、この手紙は誰にも見られずに燃やしてほしい。この手紙には重要な事は書いていないつもりだけど、念のために。君の命だけは助けたいから。

 最期に、もし、君がそれでもこんな僕を必要としてくれているのなら、君の実家の部屋の窓に、唯一僕が買った、あの置き時計を飾っておいてほしい。外から見えるように。もし、僕が無事に帰れたとき、君の部屋にそれが飾ってあるのが見えたなら、僕はずっと君の傍にいよう。置くかどうかは君の好きにしたらいい、僕は君よりも友を選んだ男だけど、そんな僕で良いのなら。

 実咲、今まで本当にありがとう。



 私は彼の言った通り、手紙を燃やし、出来るだけ早く部屋を出て家に帰った。親はいきなり帰ってきた私を少し不審な目でみていたけど、深くまで問い詰めようとはしなかった。

 私の生活はまた、彼と出会う前に戻ったのだ。


**


 マフラーなしでも外へ出られるくらい、暖かくなった頃。居間でテレビを見ていた私は、ある事件が解決した、というニュースを聞き、思わずテレビのボリュームを上げて、ブラウン管を見つめた。淡々としたアナウンサーの声が頭に響く。


 ――……トキの言っていた事件だ。


 ニュースによると、警察庁に匿名で事件の全貌が書かれた文書と、証拠となる資料が送られてきたという。犯人の組織は容疑を認めているらしい。ここまで調べ上げられ、証拠まで出てきていては、認めるしかないだろう、とスタジオのジャーナリストが言っていた。


 私は確信していた。もしかしたら、この文書を送ったのは、彼ではなく、友達かもしれないという可能性も十分にあるのに、心の中は彼は生きているという不思議な自信に満ちた。


 そんなとき、ドラマのようにタイミングよく、家のインターホンがなった。回覧板かもしれない、化粧品の勧誘かもしれない。

 それでも、私は胸の奥からふつふつと沸き起こるこの気持ちは、深いところで彼と私を繋ぐ感情だと確信していた。


 ――……ドアの向こうに、私の中で騒ぐこの気持ちを受けとめてくれる、穏やかなほほ笑みが、きっと。



 実咲の部屋の窓に置かれた、ここの雰囲気に似付かわしくないアンティークの置時計が、窓から差し込む太陽の光でキラキラと輝いていた。



終わり

背伸びして書いた作品です。まだまだ描写があいまいでグダグダですが……。

良ければ、アドバイスを頂ければ、嬉しいです。

それでは、最後まで読んでくださって有難うございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして。 アンティークの時計を窓のそとから見えるように―― みたいなとこはいいですね(o^冖^o)素敵な感じです。 そこの印象が強かったからか、タイトルがあまり合っていないのでは? …
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