第一話、「ステーク」7
「なあ……信じてみねえか
たとえ神も仏もいなかったとしても…………
仮面ライダーはいる……ってな」
(仮面ライダースピリッツより/滝 和也)
◇◇◇
痛みが無い楽しむことだけが目的の世界でも、恐怖が存在することを彼らその時知った。
息を切らせ、採石場を走る四人の人影。前方を走る一人、怪人が半泣きの表情で後ろを振り返る。
一体なぜこのような事態になったのか、ただ初めたばかりのネトゲのイベントを、初心者仲間と観戦しようとしていただけなのに。
――な、なんでこうなったんだよ……ッ!
怪人の外装を持つ逃亡者には、今の状況がよく理解できない。わかっていることは、死亡すれば本当に死ぬ可能性がある事、そして、
――なんでアイツら追いかけてくるんだ!?
確実に自分達を殺そうとするプレイヤーがいる事実、しかもかなりの高レベルの。
追跡者の一人、黄色のゴツい外装のライダーが腰元に手を伸ばす。
ゆっくりと抜き出された拳銃が、逃亡者達へ銃口を向けた。
「ヒ、ヒィ、」
恐怖の悲鳴より速く、背後からの光の弾丸が飛来、怪人の頭部に一つ、胸部に二つ着弾。爆ぜる。
音も無く、犠牲者が倒れて転がる。後ろを走っていた仲間の初心者が駆け寄るが、抱き起こすより早く、その姿が分解、ロスト。
無慈悲なまでの、弱者の死に様だ。
足を止めた三人に、強者二人が距離を置いてバイクを停車。ゆっくりと、降りる。
青い外装のライダーは、気だるげに三人を眺める。細いシルエットは白昼の幽鬼を想起させた。
拳銃を二丁とも抜き放ち、黄色い外装のライダーが構える。がっしりとした体型は、人型の岩にも見えた。
言葉は無く、呵責も無い。ただ退屈な作業の様に、引き金に指をかけた。
「……ッッ!」
必死で頭など急所判定のある頭部をかばう三人。だがこのステータス差でどれほどの効果があるか。
乾いた発砲音が岩の荒野を走る、しかしそれは正面ではなく、真横からだ。
撃ち込まれた光弾の位置は、弱者の額ではなく、強者の足元へ。
「――やめなさい! 君達の行動は殺人に繋がる可能性がある、今すぐそのグループから離れるんだ!」
岩山に、赤い男が立っていた。
無差別回線、最大音量の声でライダー二人へ呼び掛けている。
灼熱の紅に巻かれる白のライン。流線型を主線としたデザインのヘルメット。ゴーグルは黒。
右手に抜かれるは、メカニカルかつ子供に受けそうな形の拳銃。
レンジャー物に置ける、「レッド」の男が追跡者と対峙する。
――……助け、なの?
混沌の状況の中、それが真の救済なのか。弱者達にそれを正確に判断できる材料はない。
ただ運命に流されるだけだ。
二人組の内、蒼いライダーが岩山より下りる安田を見上げる。しかしもう片方、黄色のライダーは特に意に介さず、拳銃を初心者達に向けたままだ。
「おい、聞いているのかっ!」
更に叫ぶレッド=安田、だが銃口が即座に彼へ向く。
「チッ!」
発砲音、光弾がレッドの足元へ着弾。石を砕き煙を上げる。
「……警告だ、邪魔すんなオッサン。そのレベルと二体一でまともにヤレると思ってんのか?」
精一杯ドスを効かせているが、まだ若い青年の声だ。やはり高いレベルのプレイヤーとの戦闘はリスクのほうが気にかかるらしい。
青のライダーは変わらず、立ったままレッドを凝視。喋りさえしない。
「死ぬ可能性があるんだぞ! バカな事を言ってないで……」
「これがただのイベントで、死んでない可能性だってあるだろうが! 生き延びたら一億だぞ、引くわけねぇだろアホか!」
仮に死ぬ事が嘘であってなら、一億の賞金も嘘である可能性が高い。たがイエローのプレイヤーは最も自分に取って都合がいい可能性を取った。
死ぬ事は嘘で賞金は真実。そう思うことで殺人をPKとして肯定し、賞金を取るための「これは殺人では無い」という免罪符に変えたのだ。
「わからない以上、無闇にPKをしてはならない! あの卵男の思うツボ……」
イエローの脳内で、あの理解を拒絶する嗤い声がフラッシュバック、恐怖を呼び戻した。
「ぅうるせぇッ! ヤツの事は言うなぁッ!」
飛来する無数の弾丸。とっさに防御体勢を取るレッド。
だが、前方に飛び込んだ黒が、弾丸を全て受け止めた。
「……木島くんっ!?」
黒のライダー、ステークの両腕装甲から煙が上がる。やはりレベル差は厳しい、弾丸は強力だ。だがステークは戦闘体勢のまま、一歩も退かずレッドの隣に立つ。
「……おかしいっスよ、こんなのおかしいじゃないですか、安田さん」
前方に敵を捉えたまま、ステークが呟く。かすかに、足が震えていた。
「……レンジャーのくせに、赤一人だけなんて、そんなのおかしいですよ。だから」
それでも、戦うと決意した。逃げないと決めた。後悔はしたくない、だから、今は、
「しょうがないから、今日は俺がブラックやりますよ、安田さん?」
「……君は本当に、付き合いがいい男だな、木島くん。
――私はいい相棒を持ったよ」
二人と対峙する青と黄。周囲を濃厚な闘争の空気が漂う。
間違いなく、殺し合いが始まる。残酷なほどに正義も悪も無い、生存のための闘いが待っている。
避ける術は無い。ぶつからなければ生き残れない。
「木島くん、君はレベルの低い青の方を相手してくれ。私は黄色を抑える。初心者達が逃げれればそれでいい、無理はするなよ?」
「はい、わかりました安田さん!」
「……木島くん、一ついいかな」
冷たく、声を絞る安田。声にやや怒気が含まれている。
「いいかいっ! この姿時は、安田じゃなくて『レッド』と呼んでくれッ! とても大事なことだ、わかったね!」
「え?、あ、はい、わかりました……レッドさん」
反応に困りながら返事をする木島。安田は明らかに本気だ。
ともあれ、戦いの幕は切って落とされた。