第一話、「ステーク」6
「じいやが言っていた。
『男は燃える物、火薬に火をつけなければ花火は上がらない』」
(仮面ライダーカブトより/神代 剣)
「誰だって思うことだろうけれど、一度でいいからヒーローになってみたかったよ。今じゃただの公務員だけどね。
きっとこのゲームを好きでやっている人達は、そんな人ばかりなんだと思うよ。本物のヒーローにはけしてなれないと知っているから、偽物のヒーローを楽しめるし、楽しもうとしてるんだ」
木島は言葉を返せない。安田の言葉は、本質をついていた。
ヴァーチャルリアリティという嘘の世界だからこそ、ヒーローという嘘は生きられる。
「でもね、この年になって恥ずかしながらやっと気づいたんだ。ヒーローの条件はヒーローとしての能力をもっていることじゃないって、そんなものは二の次だって」
安田が立ち上がった。歩きだし、木島の前に出る。
「――安田さん……」
「どんな状態でも、どんな時でも、どんな相手でも、どんな結果でも、理不尽にたいしてヒーローの行動を取る。きっとそれがヒーローの条件なんだよ、木島くん。
偽物が、本物になれる時がきたんだ」
安田は振り向かない。ただ、向こう側の狩られようとする弱者を見つめていた。
「木島くん、もし、私が負けたら……どんな手を使っていい、このゲームから必ず生き延びてくれ。
そして、娘に『最後まで父親の責務を果たせなくて済まなかった』と伝えてくれないか」
「安田さん、そんな、待ってくれよ! 安田さん!」
木島の声は届かない。安田はその広い背中を木島から遠ざけるように、二人のプレイヤーの元へ歩いていく。
安田のレベルは130、高い部類だが、二体一では余りに不利だ。
それでも、安田の歩みに迷いは無かった。雄々しく、進んでいく。
安田の姿が小さくなるたびに、木島の葛藤が強まる。「このままではいけない」魂が囁く、だが足が動かない。
「う、ああ、ああああ……ッッ」
呻きながら砂利の地面を叩く。幾度も拳を叩きつけ、ダメージの発生により傷つき、血が吹き出すエフェクトが発生。
「……チクショウ、チクショウ、チクショウ! チクショウォォッ!」
それでも痛みはない。痛覚がないこの世界では、痛みを感じることが出来ないからだ。
この偽りの世界で己を起爆させるためには、肉体の痛みではなく魂だけを使わなければならない。偽りではない、強く奮い立つ心がいる。
逃げ続ける自分を、立ち上がれない足を、恐怖に絡みつかれた体を、そして、目を背け続けたヒーローになりたいという夢を今こそ奮い立たさねばならない。
このまま、何もせず安田を見送れば、一生後悔して生きていくしかない。それだけは死んでもごめんだ。
「――オ、オオオオオオオオッ!」
荒野に絶叫を響かせながら、木島を震える足で立ち上がった。
恐怖を超えて、ヒーローとなるために。もう一度、夢を掴むために。そして、二度と後悔をしないために。