第一話、「ステーク」5
「人間は皆ライダーなんだよ!!」
(仮面ライダー龍騎より/仮面ライダーベルデ)
◇◇◇
「チクショウ、なんなんだよ、あれは……」
思い出すだけで足すくむ。それほどに、あのおぞましい哄笑が耳から離れない。
逃げ出す途中で黒卵がさらに変更点を説明していたが、逃げ出すのに夢中であまりはっきり覚えていない。朧げに覚えているのは、「レベル制限の解放」「怪人の経験値を増やし、低レベルでも上げやすくする」程度だ。ほかにも色々変わっているかもしれない。
「もうどうすりゃいいんだよ……これ……」
宣告通りに、ログアウトは出来ない、新しいログインの痕跡もない。外部とはメールも電話も通じなかった。
先程、無差別放送で「試しに死んでみる」という勇気あるプレイヤーの呼びかけがあり、事実死亡したようだが、二十分経過しても復活した報告はない。
――わけわかんねぇよ……
十年ほど前に流行ったVRから出られなくなるいわゆる「デスゲーム物」小説そのままな内容だが、まさか現実として出くわすとは。
インターフェース機器にあのように人体を焼く機能があるのかはわからないが、試す気はわかない。それ以前にこれからどうすればいいのかさえわからない。
――ここから出るためには、最後の十人にならなきゃいけない……そのためには……殺さなきゃいけないのか?
無論、そんなものはあの黒卵の男の誘導しようとするルートでしかない。あの男が招く方向へいく時点で既に負けだ。
だが、折れそうな心には提示されたルートを拒絶できる力が足りない。
――時間、時間が経てば……外部から助けが……
あるいは、確証の無いなにかにすがるか。
――助けなんか、くるのか……?
木島がゲームをし続けるのは逃避が理由だ。スーツアクターの夢を諦めた時から、ずっと逃げ続けている。半身不随になった同期、白沢とは会ってさえいない、会うことがどうしてもできなかった。
――これが、俺に相応しい報いなのか……?
これが、諦めて逃げた自分に相応しい終わり方だろうか。
「――木島くん、ここにいたのか」
後ろからの声に、飛び退きながら振り向く。そこには、見慣れた紙袋がいた。
「や、安田さん……」
正直、他の誰かに合うのさえ怖くて仕方ない。採掘場で一体一という状況がさらに足をすくませる。
「……木島くん、怯えているのか? 大丈夫だ、私は敵になる気はない」
両手を広げ、害意がないことを見せようとする。
「あの卵男の所から逃げ出す君を見てね、心配したんだよ。あれは……なんというか理解しがたい存在だったね」
安田の心にも、あの恐怖が刻まれていた。
「もうわけわかんないっスよ。俺たちはどうすりゃいいんですか……?」
「あの男が言うには戦うしかないだろうな……だがそれ以外の道も必ずあるはずだ。『そうしなければいけない』そう考えた時点でヤツらの思うツボになる。幸い明確な期限はまだ無い。僕たちの生身のほうがどのくらいもつかはわからないが、いまはとにかく落ち着かないといけないよ」
安田の思考は木島より遥かに冷静だった。普段のレンジャー物にはしゃぐ中年の面影は無い。
「そうっスね……大人しくアイツのいうこと聞いてちゃだめだ。
――安田さん、たしか奥さんと娘さんいるんですよね? だったらなおさらリアルに帰らないと……」
安田の家族については、日頃の雑談から聞いていた。たまに酒を飲んで話すと、いつも娘がかわいいとしか言わなくなる。安田はそんな男だった。
「最近妻にはよく怒られるし、中学生になった娘は冷たくなってきたけど、帰らないわけにはいかないからね」
笑いながら安田がおどける。この非日常の中で、それでもなお日常に帰還するために男達は決意を固める。
「とにかく、今は組める人間を探し……ん?」
安田の言葉が止まる。視線は木島の後ろ、遥か向こうへ。
「……木島くん、伏せて。それから後ろを見るんだ……襲われてるぞ」
「……え? 誰がですか?」
安田が伏せる。木島も言うとおりに伏せて後ろを観察。『遠見』のスキルで見ると、後方五百メートルに複数の人影が見えた。
ライダーやレンジャー、怪人など格好がバラバラなプレイヤーが四人、必死な形相で走っている。ステータスを見るとレベルは全員十代、初心者だ。
――あれは……
そして、後ろから追い上げるバイク二台。ライダーのプレイヤーが二人、銃を撃ちながら初心者達を追い詰めていた。その様は、まさに狩りだ。
「や、安田さん、アイツら何をやって……」
「おそらくは、人減らしのための狩りだ……少しでもいまの内にライバルを減らす気なんだろう」
ステータスを確認するとライダー二人のレベルは145と148、カンスト間際まで上げてある。ひょっとしたらイベントの賞金狙いのプレイヤーだったのか。
「人減らしって、人が死ぬかもしれないんですよ! なんでそんなことを……」
「うまく生き残れば一億が手に入るからだろう。もっともそれがちゃんと用意されるかなんてわかったものじゃないが。
実際に死んだんじゃなく、単純にログアウトになってるだけかもしれない、そういう可能性もある。
……そうやって、あんな風に暴走するプレイヤーを出す。確実な証拠を小出しにしながら、プレイヤー間の混乱や疑心暗鬼をさそうのが、あの卵男の目的か……?」
真実も、真意も、目的も、全てはまだ果てしない闇の中だ。見極めるためには、今を生き抜かねばならない。
「……木島くん、今から私はあの初心者を助けにいこうと思う。君は……行くかね?」
安田の声は冷たく、神妙だ。普段の気の抜けた面影は無い。
「お、俺は……」
とっさに応えられない。実際に負けたら死ぬかもしれないというプレッシャー、対人戦の経験の無さ、重責がきつく喉を締め付ける。
「木島くん、私は子供の頃からテレビのヒーローが好きでね。だからこのゲームを始めたんだ。
『VRの世界で派手なごっこ遊びが出来る』それが始めた理由だった」
それは木島も同じだ。だが少し前までは、安田は趣味として、木島は逃げるための手段としてゲームをしている。そして、この今この瞬間は生き伸びる手段として。