第一話、「ステーク」4
「戦いはいい…… ゾクゾクする!」
(仮面ライダー龍騎より/仮面ライダー王蛇)
積み重なる瓦礫、敷き詰めるように広がる荒れた砂利。
曇天の空は、ただ荒涼としたその場所を覆うだけだ。
特撮に置ける伝統のバトルフィールド――採掘場。
その岩山で、一大のバイクが停止。黒を基調としたカラー、デザイン的にはヤマハ系ロードバイクに近い。
そして、そのすぐそばにはバイクの持ち主、木島が幽鬼のような表情で、立ち尽くしていた。
――なん、だよ。なんなんだよ、あれ……
つい一時間ほど前、イベント会場の孤島で見た、この世ならざる事態を反芻する。
それは、黒卵の男から始まった。
◆◆◆
「さて、お集まり頂いて非常に申し訳ないのですが、ルールと賞金の変更がございます」
広がるざわめきをよそに、黒卵の男は淡々と喋る。
「現在エントリーは二千五百二十三人。会場の約半数ほどですね。
ですがこれからエントリーして頂くのは現在ログインしている全てのプレイヤー、約八千人です」
――はっ?
言葉の意味がわからない。見物目的の人間どころか、ログインしているだけの人間さえ強制参加させるという。そんな権限が運営会社にあるというのか。
怒号とざわめきが湧くが黒卵の男がゆっくりと手を振ると、ピタリと声がやむ。GM権限による強制消音機能だ 。
「お静かに、願います」
男の声は丁寧な口調の青年の声だった。しかし、それには一片の感情はおろか、残滓さえ見えない。
「基本的なルールはいたって変わらず、『個人として出来ることはなんでもアリ』で行います。
賞金は順位形式ではなく、最後に残った十人にそれぞれ一人一億円を提供しましょう」
観客の顔がさらに驚きに染まる。もはや小遣いどころではなく、一財産だ。
確かめるようにその表情を眺めながら、男は言葉を続ける。
「どうやら喜んで頂いたようですね、良かったです。
選定方法はより単純に、『参加者の中で最後に生き残った十人』で行います。
その十人が定まるまで、このイベントは終わらず、終われません。
……ああ、これは大したことではないのですが、一応言っておくと」
こともなげに、男は告げた。
「終了するまでログアウトは一切できません。外部との交信も一切不可です。
そして、『HPゼロ』、死亡した場合、現実でも死ぬことになります」
淡々と、当たり前のように喋り続ける。
理解出来ない事態にある者は叫びだし、ある者は呆然とし、ある者は理不尽に憤慨する。様々な不快の感情を露わにする無音の群集に、男はなんの感情も湧いていないようだった。
「そんなものに興味は無い」はっきりとその意志が見える。
「もちろん、死ぬと言われて信じる人はいないと思いますので、サンプルを用意しました。
みなさん、彼は真実を伝える貴重なメッセンジャーです。どうか彼の犠牲を無駄にせず、現実を受け止めてください」
男の真上、上空に映像が浮かぶ。
画面は二面にわけられていた。映されるはゲームのプレイヤーキャラクターと、ゴーグルやヘルメット、グローブなどのインターフェース機器に接続され、椅子に縛りつけられた中年の男。
――あれは……
木島にはキャラクターに見覚えがあった。戦隊ヒーローにでてきそうないわゆる「博士」役の老人。GMの使う広報用キャラクターだ。
「彼は私の前代のGMです。名前は……どうでもいいですね?
まあ、変わったのはつい最近なんですが……
そして、キャラクターが死ぬとこうなります」
言葉と同時に、画面外から触手が伸びる。幾筋もの触手は槍のようにキャラクターの体を串刺しにしていく。本来ならばGMのキャラクターは制限以上のレベルなはずだが、瞬く間にダメージを受けキャラクターはロスト、消えた。
同時に左画面、縛りつけられた前代GMの頭が一瞬発光。電流の輝きと共に、全身が激しく痙攣、床に椅子ごと倒れる。ブスブス煙が上がるのが見えた。
倒れた際に外れたゴーグル。犠牲者の顔が覗く。
焼け焦げた皮膚、煙を上げる髪。白濁化し、破裂した眼球からは内容物が零れる。
高電圧による、感電死だ。
――死、んだ……死んだのかよ……これ?
理解出来ない。人が死ぬ所など生まれて初めて見た。
しかもこんなわけのわからないことで人が死ぬ所など。
混乱が脳を突き刺す。周囲の人間も同じく声を出そうとさえしない。この内の何割が、今目の前の事態を正確に理解しているのか。
だが、その混乱を沈めさせる現象が発生する。
「■ッ■ッ■ッ■ッ■ッ■ッ■ッ―――ッッッッッ!!」
黒卵の男は嗤っていた。声を上げ、背中を曲げ、愉悦と快楽を撒き散らして哄笑を上げる。
だがその笑い声を木島は理解出来ない。いや、この場にいる人間全てが理解出来ない、理解したくないおぞましい哄笑だった。 本能が、頭脳が、魂が、およそ人が人であるための全てが理解を拒絶するおぞましいほどの暗黒を内包する快楽の声。
その場にいた全ての混乱を、吹き飛ばし、破壊し、蹂躙する狂気と恐怖だった。きっと人が死ぬ様だけがあの黒卵の男の感情を動かすのだろう。
――……ひ、ぃッ
体を翻す、もうこの場にはいられないと木島は思う。恐怖にかられたまま、木島は孤島から一心不乱に逃げ出していった。




