第一話、「ステーク」3
「ほほぉ……いい性能だな キサマの作戦目的とIDは? 」
「正義 仮面ライダー2号」
(仮面ライダースピリッツより/仮面ライダー2号)
――売れるわけねぇか……
それを元に商売をするならともかく、個人の所有するスキルそのものが売り物になる訳がない。
初期スキルとはキャラメイク時に一つだけ追加される種類のスキルだ。大抵はよく言われる使えないゴミスキルだったり、初心者補助用レベル制限付きスキルだったりするのだが、木島のキャラクターについた物は少し、いやかなり話が違った。
――超絶レアスキル、て言われてもなぁ。
初期スキル:正義。発生確率一億分の一、聞けば体力減少で効果を発揮するガッツ系スキルの最上位らしいが、金第一でHPをほとんど危険に晒したことがない、死んだ経験さえ無い木島にはとんとありがたみがわからない。
対人戦、PKやPKKには垂涎らしいが、人と戦うどころか、先刻のユッキー氏に依頼してヒーローアクションの殺陣を楽しむぐらいだ。
――……そろそろいくかぁ。
金にならない物を眺めても仕方ない。
木島はイベント会場へ向かうため、パーソナルイベントスペースを出た。
◇◇◇
ギラつく陽光、吸い込まれるような深青の海。夏の孤島を正確に電子情報背景で模した会場には、約数千人のプレイヤー達がひしめいていた。仮想現実空間とはいえ、やはり人ごみは嫌いだ。
――やっぱ人多いなぁ、回線大丈夫かな?
量子コンピューターの実用化により、回線の混雑による反応の遅延はもはや過去の遺物と化したが、それでも無駄な心配をする。
会場に並ぶは様々なヒーローに悪役の怪人など多種多様なデザインのプレイヤーキャラクター達。
イベント内容はそのものズバリ「武道会」、つまるところ最強の個人プレイヤーを決めるというものだ。
しかしその程度ではここまでプレイヤー達を引きつけることは出来ない。実は優勝賞金が掛かっている。
一位から三位までリアルマネーで合計三百五十万円。告知は半年から行われ、大いにゲームを活気づけた。その結果、ゲーム内には賞金目当ての「特撮ファン」ではないプレイヤーも増える結果となったわけだが。
――まあ、俺も賞金に引きつけられたうちの一人なんだけどね。
あわよくば、とは思う。どうせ無理だろうが物は試しというやつだ。運良く勝てればめっけものである。
「やあ、木島くん! やっぱり来てたのか」
快活な中年の声に顔を上げる。音声は不特定多数から受ける公共回線ではなく、登録ユーザーのみが交信出来る登録回線から響く。
木島は登録回線から挨拶を返した。
「ああ、安田さん。お久しぶりです!」
服装はジーンズにTシャツなど木島とほぼ変わらない。だが顔は茶色の紙袋を逆さに被り、両眼の辺りに穴を開けた格好というなかなかの異彩。両手には往年のヒーローの条件、指ぬきグローブが嵌められている。
この中年の声の男は安田幸久、ユーザー名はジョウ。
ゲームを通して知り合い、木島には唯一互いの本名を教えあった付き合いの長いプレイヤーである。木島にとって師匠兼友人といったところか。
「いやぁ、なんだかんだいっても、やっぱりこういうイベントは盛り上がるねぇ。条件はなんだが怪しかったけれど」
「そうっスね。お祭りはみんな好きなんですよ。……条件が『特に無し、個人で出来るなら何でもアリ』は正直どうかと思いましたけど」
突如鳴りだすファンファーレ。無駄に荘厳なフルートやドラムが唄う。
「……なんスか、こりゃ?」
「イベントのオープニング、開会式ってところじゃないか、木島くん?」
孤島中心に造られた簡素な演説台に、人影が一人、降り立つ。
スラリとした痩身に、まとわれるは純白の背広、純白の手袋、純白の靴。胸元には名札。金色のステッキを携え、十の指には色取り取りの豪奢な指輪が幾つも嵌められている。
そしてその頭部は、黒光りする卵のデザインの仮面に覆われていた。
覗き穴さえ開いていない顔で呆然とする周囲を睥睨しながら、静かに右手を上げ、ざわめきを制する。優雅かつ気品に溢れた動作だ。
――あの名札の文字、、「Nyarlathotep」……? ナル、ニャラ? なんて読むんだ?
イベントの主催がGMである以上、仕切りは経営会社のGMがやると思っていたのだが、あんな外装の会社の人間は見たことが無い。
「――あー、どーもどーもみなさん、本日はお集まり頂きありがとうございます……」
和やかに、黒卵の男は挨拶を告げた。
これが、地獄を開く合図だった。