君と二人で 1
将来何になりたい?
そんなの作家に決まってる。
俺は即答する。
俺は本が好きだ。大好きだ。三度の飯より読書なんて当たり前。小学生の頃から全ての小遣いを本に費やした。
それ程本が好きな俺が作家を目指すのも当然といえば当然だ。
だから俺は今日も書く。
書いて書いて書きまくる。
本を読んでは物語を書く。
そんな生活がいつからか続いていた。
勿論学校にもちゃんと行った。だが授業中教師の目を盗んでは小説を書いていた。
何冊もノートを使ったし賞にも年に数回応募している。
だが今俺がこうして駄目な人生を送っているという事は未だに夢を実現できていないということだ。
大体の作品が二時審査で落ちる。これだけ書いても最終審査までいかないのは悔しいが逆にそれが俺を煽った。
無理だと分かっていながらやり続ける俺は馬鹿だと思う。これは自他共に認める。
だが俺はその辺の馬鹿とは違う。小説馬鹿だ。
何度も人に小説馬鹿と言われた俺は今ではその言葉は俺の為だけにある言葉なんじゃないかと錯覚する。
それくらい本が好きなんだ。
そのお陰で進路が危うくなった。だから必死に勉強した。
本を読む時間も小説を書く時間も寝る間も惜しんで勉強した。
しかし本を読まないイライラや書きたい衝動が抑えられなくて倒れた。ついでに寝不足で丸三日は寝ていたと親に言われてやっぱり俺は馬鹿だと思った。
が、奇跡的にテスト最終日の帰りに倒れたためテストの順位は下から数えた方が早かったのに妹よりも良い順位を取ってしまった。
それから毎日勉強をしたら成績は信じられない程上がった。その後の三者面談で教師と母親は泣いて喜んだ。比喩ではなくもちろんそのままの意味でだ。
そして俺は見事大学へ進学した。
叔父さんはすごいなぁーと言って入学金を全額払ってくれた。
ガッツポーズをしたら母親に殴られた。
親戚のおばさんは奇跡だと言って目を見開いて驚いていた。
その顔があまりにもブサイクでつい吹き出したら親父に殴られた。あの時の痛みは今でも覚えてる。いつか仕返ししてやる。
じーちゃんも驚いたと言って愉快そうに笑って時計をくれた。
妹とお揃いの懐中時計だった。イニシャルが刻まれたその時計は俺のお気に入りだ。
じーちゃんはそれなりに歳なのにまだ現役で時計を創っている。
やりたい事を好きなだけやるところはじーちゃん似だっていろんな人に言われる。それが俺には少し照れ臭いけどそれ以上に嬉しかった。
俺にとって自慢のじーちゃんだから。
そんな俺は大学に入ると同時に一人暮らしを始めた。今はもう一人暮しを始めて一年ちょっと経つ。
まぁこんなのはどこにでもある些細な事なのだが一人暮らしをしてやっと読書を邪魔されないと思ったら丁度良いタイミングでピンポーンというインターホンの軽快な音が鳴る。
誰だよ!
面倒くささ満載の顔で客人を迎えると招かれた相手は顔を見た瞬間、俺に負けないぐらい嫌そうな顔をした。
「我が妹ながらひどい顔だな」
「お互い様よ。」
笑顔で返された。
そこで否定しないのがいいところだ。
「まぁ上がれや」
部屋に招くとお邪魔しますと言って靴を脱ぐ。
「何かあったん?」
「……」
妹が座るのを見届けた後声をかけると顔を赤らめて俯いた。
「どした?」
相変わらず分かり易いやつだと思いながら訊く。
「とっ時計が出来たから見て欲しくて」
恥ずかしそうにポケットに手を突っ込み取り出す。
「ほう、」
綺麗だ。
じーちゃんに貰った懐中時計に少し似ている。けどデザインはそれよりも少し控えめすごくシンプルだ。大人しいっていうのか…?まぁそんな感じだ。俺は妹と違って時計にキョーミ無えから分かんないけど。
「じーちゃんに教わったの?」
「うん!」
自信満々の声で答える。可愛ええのう。
っといかんいかん、妹にみとれてる場合じゃない。
「これならあげても貰ってくれると思うんだ…。」
そんな寂しそうな顔で言うなよ。喉の奥からでかけた言葉を寸のところで止める。
可哀想な俺の妹
無理だって分かっていてもそれをやり続ける。
兄妹揃って馬鹿なのね〜♪
なんつって。そんなの冗談にもなんねーよと自分につっこむ。
「あと餞別」
そう言って紙袋を渡される。中身は本だ。十数冊入っている。
妹は俺以上に本が好きで近所や学校では有名な文学少女だ。
妹の本好きに影響されて俺も本が好きになったからかなりの本好きだ。
「何か良い作品あった?」
「そうね…新人賞とったあの人の作品は割と好き、かな」
あぁ、と呟くと妹は読んだことあった?と訊いてきた。
首を振って否定すると微笑んだ。
「なら良かった。その作品の主人公、かづにちょっと似てるんだよね。」
「馬鹿なとこが?」
「そう!」
冗談で言ったのに妹は笑顔で頷く。しかも即答だ。
酷いっ!お兄ちゃん泣いちゃうよー!
「俺も頑張んないとなー」
呟くように言うと妹はそうだね、と同じように呟く。
「また書けたら読ませてね」
本を捲りながら答える。
「いいけど…智も書いてみたらいいのに」
「えっ、そんな恐れ多いよ!」
何故か恐縮しはじめた。
「てか実際俺より智の方が才能あると思うよ?」
持っていた本から妹に視線を向けると俯いていて表情が分からなかった。
「私は霞月が書く物語が好きなの。」
うん。知ってる。
昔からそうだった。俺が書いた物語をどんな本より喜んで読んでくれた。
謂わば俺の一番のファンだ。
その事が俺には誇らしかった。
何せ文学少女のお墨付きだからな!
「じゃあ、そろそろおいとましようかな。」
「もう帰んの?送ってくか?」
尋ねると首を振っていいやと返される。
「今日はレイと出掛ける予定があるから」
そう続けると妹は立ち上がって鞄を手に取る。
「早くデビューできるといいね」
「だな。…約束、忘れんなよ。」
声が自分でも低くなったな、と思った。
「忘れないよ。それは優君と関係無いから」
「そうだな。…早くつき合っちゃえばいいのに。」
肯定した後つい思った事が口に出てしまった。
「なっ!何言ってるの!?」
顔が真っ赤だ。本当、わっかりやすいなぁー♪
「じゃあな。好きだよ、智祈」
「ありがとう」
そして妹の姿が見えなくなるまで玄関に立っていた。
大好きな俺の妹。
世間では俺みたいな奴をシスコンと呼ぶのだろう。
それでもいい。俺はシスコンで小説馬鹿だ。
でもいいだろう、…智祈とは生まれたときからずっと一緒なんだ。惹かれたって不思議じゃない。ただ俺たちが双子の兄妹ってだけ。
他は変わらない。ただの男と女。だが俺の場合は智祈とどーこーなりたいとかそういう事じゃない。
一緒にいれれば良いんだ。
本以上に智祈のことが大好きだ。たぶん愛してる。
…だからかもしれない。俺が小説を書く理由。
ただ智祈に喜んでもらいたい。それだけの理由で何年も書き続けている。
好きな人が自分の事を何か一つでも好きだと言ってくれれば俺はそれだけで満足だ。
だから智祈に好きな人がいることも許せるし俺はそいつの事を認めている。何より妹が惚れた相手だ。信用できるやつなんだ。
智祈が幸せになってくれるなら智祈の恋を全力で応援したいと思ってる。だってそれが兄の務めってもんだろ?
智祈は俺がさっきのように好きだと言っても「ありがとう」としか返してくれない。
これはたぶんあいつにとっての線引きだ。
俺と違ってあいつはまともだから俺の気持ちを受け取ってくれても応えてはくれない――
それが現実だ。
それでも俺は智祈の兄で本当に良かったと思う。
だって俺は智祈にとってたった一人の兄という存在だから――
智祈は可愛いから友達もたくさんいるし好きな人もいる。
だけど兄は俺しかいないんだ。智祈の事を“妹”と呼べるのは俺しかいない。
それは俺にとってどれくらい誇らしいかなんて言葉じゃ表現出来ないぐらい嬉しい事だし優越感すらある。
これは唯一兄としての特権だと思う。