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泣き虫令嬢の婚約者

作者: おかき
掲載日:2026/10/09

ミシェル・リンガー。

辺境伯家の長女三歳はとてもお転婆である。

今日も年の離れた兄達と森の中へと入り遊び回っていた。


兄と距離が離れたため急いで追いかけるうちに一人迷子になってしまった。

とぼとぼ歩いていると、頬に冷たい雫がポツポツとあたる。


「あめですね……」


雨は次第に酷くなり、小さな身体を容赦なく濡らしていく。ミシェルは何とか木の洞を見つけ小さく丸くなり兄達が探してくれるのを待った。

身体が冷え唇が震え始める。

小さな身体は体力もなく、そのまま眠りへと落ちていった。



ミシェルは熱を出しうなされていた。

助けに向かった兄と騎士達が見付けた時には体は氷のように冷たくなっていた。


急いで邸に帰りお風呂に入れ体を温めていく。兄達がベッドに寝かされたルーチェを挟みくっついてミシェルを温める。


兄二人はミシェルを迷子にさせたことを後悔していた。

必死にくっついて温めると、三人は深い眠りに落ちていた。



真っ白い神様みたいな男性が私に手を差し出す。

隣にはヨーロッパ風の貴族っぽい女の子が立っていた。

ふわふわな金髪に、クリクリな瞳のお人形みたいな可愛い女性が私を見ている。


『石田明里さん』


頭に声が響いてくるから、とても変な感じ……。


『貴女にある世界の男性を救って欲しくて、交渉人として私がここにいます』


交渉人?人助けをしてって事?


『そうです。こちらのミシェルのいた世界に行って貰いたいのです』


何故私なの?


『ミシェルは同じ世界に二度転生をしましたが、助ける事が出来ませんでした。あちらの世界は二度しか転生出来ないのです。そして、ミシェルの性格では彼を助けるのは不可能です』


性格悪いのは嫌だなぁー。


『彼は本来優しい人なのです。魔力暴走を起こし、弟君が巻き込まれ命を落とします。それから彼は変わってしまいました。明里さんの世界の物語で言うラスボスみたいに変貌してしまいます。国は荒れ、彼は自分が殺される事を願い暴走してしまうのです』


え?ラスボスに物語って、乙女ゲームとかそんな話の国なの?


『いえ、例えただけで普通の世界の国です』


だから、なぜ私なの?


『貴女の魂が一番綺麗だったからでしょうか』


あ、ありがとう……。

って!!もしかして私、死んでるの?!


『はい。泣きながら歩いていたら、マンホールに転落してそのまま……はい』


………。


私はドジだし、泣き虫なのよ?ラスボスになる人を助けるなんて出来る気がしないわ。


『私は貴女なら大丈夫だと確信しています。あちらの神も、貴女の魂や性格をとても気に入っておりますので』


解りました。私も死んだのなら輪廻転生の輪に入るのよね。世界が沢山あるのなら、同じ日本に転生する確率は低いって事よね……。


『引き受けて頂く代わりに、最大限のギフトをお付けいたしますので。助けて欲しい彼の名前はルーベンです。ミシェルが生きた国の王太子殿下です』


ミシェルと呼ばれていた女性が、深く深く頭を下げていた。


ミシェルさんも幸せな転生をしてね?私はとりあえず新しい人生を楽しむからね。


頭をあげたミシェルの泣き顔が最後のあの場所の記憶となった。


三日眠り続けたミシェルは、重い瞼を開き両脇に寝る兄達に声をかける。


「にー……にー」


兄達はガバっと飛び起き、ミシェルをこれでもかと見つめポロポロと泣き始めた。


「ミシェル!ごめん、迷子にさせて…」

一番上の兄のクリスが謝ると、

「良かった…もう目覚めないかと…ごめん。迷子にさせて、ごめん」

二番目の兄アシルも泣いていた。


兄の泣き顔を見たミシェルも泣き始めてしまう。


慌てて部屋に飛び込んで来たメイドに慰められ、両親も飛び込んで来て沢山の人が三人を慰める。


ミシェルの記憶が強いのか、明里の泣き虫が強いのか。兄の泣き顔を見ると涙が溢れる


そのまま三人は泣き疲れて、再び眠りに就いた。


記憶を取り戻してからのミシェルは、明里の人格が強くなりお転婆は鳴りを潜め三歳でありながら勉強を始めていた。


家族は「後遺症か!!」


と騒ぐも、勉強を始めたミシェルの成績の良さに「天才か!!」とまた騒ぐ。


本物のミシェルは家族に愛されていた事を感じて、明里は安堵していた。


「おにいしゃま?」


と、あの日からミシェルは言葉を少し噛むようになり、泣き虫に変貌していた。


本来は負けず嫌いで三歳とは思えないほど饒舌に会話をしていたのだが、熱を出し生死をさまよってから甘えたな子供に変わっていた。


ミシェルはふわふわな金髪でクリクリな瞳。そんな小さな幼女が噛むのは可愛い!と、邸中がミシェルの虜になっていた。




 ある日の王城 謁見の間



「ミシェル・リンガーです。

よ、よろしくおねがい、いたちましゅっ……」


(((( あ!噛んだ ))))


謁見の間は静まり返った。


失敗してしまったミシェルは羞恥と謁見の緊張からか、張り詰めていた気持ちが切れてしまった。


ゆっくりとカーテシーを解き顔を上げると、ミシェルの瞳からはポロポロと涙が落ち始めた。


泣き声は小さく唇を噛むことで必死に堪え、ただ陛下を真っ直ぐ見つめたまま、大きな瞳からは涙の雫が落ちていく。


(謁見の挨拶をきちんと出来ませんでした。お父様お母様、お兄様、申し訳ありません……)


きちんと挨拶の言葉を述べる事も出来ず、恥ずかしさと悔しさで顔を真っ赤にしながらも、下を向かずに踏ん張る小さな淑女はそこに立っていた。


(((( 可愛い ))))


ミシェルに陛下達の心の声が聞こえるはずもなく、ただ陛下からのお声がけを待った。



今日は王家にお呼ばれしていた。


陛下はリチャード様。

王妃様はイネス様。


ミシェルの母アントワーネと王妃様は無二の親友である。


母が王妃様にミシェルの可愛さを毎回手紙に書き綴るため、女の子が欲しかった王妃様が本人を是非見たい。との申し出でから、王城にミシェルもついてくる事になったのだ。


ミシェルの目の前には陛下に王妃様。

それにミシェルと婚約をするらしい、ルーベン王太子殿下が並んでいた。


ルーベン殿下が階段を降りると、ミシェルの側に来てミシェルをじっと見下ろしている。

ミシェルは側に来た背の高い男性がラスボスであり、自分を処刑する相手だと知っていたため顔を青褪めさせた。


(あれ?殿下の魔力……凄く好き……)


ミシェルは上目遣いになるが、涙を落としながらもルーベンをじっと見つめる。 


ミシェルは兎に角小さい。

ルーベンとの年齢差もあるが、同年代の中でも小さい方だ。


ミシェルは突然ルーベンに両手をあげて、抱っこしてポーズをしていた。

そんなミシェルの姿に、ルーベンは僅かに口元をあげた。


(笑った?)


ルーベンは両手を差し出しミシェルの両脇に手を入れ抱き上げた。

ルーベンの左腕にミシェルのお尻をのせ、ミシェルの涙をハンカチで拭う。


鼻にハンカチをあてられたので、反射的にミシェルは鼻チーンをしてしまった。


(はぁースッキリした!泣くと鼻詰まりで苦しいから助かります)


が、ミシェルは自分の行動にハッとなり先程より顔色を悪くしてしまう。


「ごっ……ご…ごっ……」


「ご?」


ルーベンが「ご」しか言わないミシェルに視線を合わせ問いかけた瞬間、ミシェルの体が後ろに倒れていく。

ルーベンが慌てて背中に手を添え落下を防いだ。


ルーベンがホッとした瞬間。


「ごべ…なしゃい…」


ミシェルの噛み噛みの謝罪がルーベンの耳に届いた。


ルーベンがぐったりと仰け反るミシェルの様子を確認すると気を失っていた。






ミシェルは枕の硬さにうなされていた。

いつもは柔らかい枕なのに、ゴツゴツする枕を小さな両手で懸命に押し退けようとする。


必死に硬い枕と戦っていると、ミシェルの髪を優しく梳いて無でる手に意識が向く。

うっとりしてしまう優しい手つき。

抗えない心地良さにミシェルの意識は落ちていきそうになる……。


「おかあ…しゃま?」


薄っすら開く瞼を擦りながら、この許されない心地良さを与える人物を確認しようと目を開いた。

クスクス笑う声にミシェルは目を開ける。


「起きたかい?水を飲んだ方が良い」


ミシェルは状況を確認する。


(もしかしなくても、ラスボスルーベンの膝枕……)


ミシェルは勢い良く起き上がり、ソファーの上で正座をする。

ルーベンは素早いミシェルの動きを見て、片手に水の入ったコップを持ちキョトンとしていた。


「ご迷惑をおかけしました。」


(よし!噛んでない!)


ミシェルはザ土下座を披露し、心の中では噛まなかった事にガッツポーズを取りながらルーベンへと謝罪する。


ルーベンはコップをテーブルに置くと、ミシェルの脇に手を入れ体を高くあげた。


されるがままのミシェルは人形のように手足がプラーンとなっている。


「ミシェル嬢は可愛いね」


ニッコリ微笑むルーベンは、ミシェルをそのまま膝に乗せコップをミシェルの口元にあてる。

ミシェルがコップを受け取ろうとコップを掴んだが、ルーベンは手を離さない。


喉が渇いて仕方ないミシェルは、ルーベンの手ごとコップを掴んで水をコクコクと飲み干した。


「おかわりするかい?」


ルーベンの問いかけにミシェルは首を振り断った。


コップを机に置くと、またミシェルの頭をルーベンが撫で始めた。


ふわふわな髪を堪能しながら、ルーベンは満足気にミシェルを撫でくりまわす。


(ラスボスって感じしないなぁー。魔力暴走の事故が原因でブリザードを纏い冷酷王太子になるのよね……。魔力暴走がいつか聞いとけば良かった……てか、教えなさいよね!必要事項を教えないなんて、使えないわよ。あの神もどきっ!)


ミシェルの心の声は噛むことはない。前世の明里は泣き虫だがメンタルは強いので多少……いや、かなり口が悪い。


「謁見の間で気を失ったのを覚えている?」


ルーベンからの問いかけに、意識を少し前に戻すミシェル。

ミシェルは思い出してしまった。

盛大な鼻チーンを。


恥ずかしさに顔を真っ赤にしミシェルは俯いてしまった。

ルーベンはそんなミシェルの気持ちを察して、優しく頭を撫で始めた。


「大丈夫だよ?気にしなくて良いからね」


ルーベンから紡がれる言葉と同じで、魔力も温かかった。

ミシェルは魔力に惹き寄せられるように、ルーベンにもたれた。


ルーベンは眠くなったのかと、ミシェルの顔を覗き込む。

ミシェルの頬が真っ赤になっていた。


(先程の恥ずかしさに顔を赤らめた時とは全く違う…)


「ミシェル嬢?大丈夫か?」


ルーベンの声にミシェルが顔をあげ視線を合わせると、可愛らしいクリクリの瞳はトロンとしていた。


「魔力……ルーベン様の……」


ミシェル首を後ろに垂れ、またもや気を失っていた。


ルーベンがミシェルを抱きかかえ、急ぎ両陛下の元に走り出した。


部屋の外で控えていた騎士や側近達もルーベンの後を急いで追いかける。


両陛下とミシェルの両親が謁見を続けている広間の扉が勢い良く開いた。


そこにはミシェルを抱きかかえ、肩で息をするルーベンがいた。


「どうしたのだ、ルーベ 「ミシェルの様子がおかしいのです!また、気を失ってしまいました」 ……ン」


「ミシェル!」


ミシェルの名を呼び走り寄るアントワーネがルーベンからミシェルを受け取る。


何度もミシェルの名を呼ぶも、意識は戻らない。


陛下が医師と魔法師団長を呼ぶように指示を伝えた。


ミシェルを抱いたアントワーネを客室に案内しベッドに寝かせる。

頬は真っ赤で熱があるように見える。


ルーベンはミシェルの枕元に腰をおろし、ミシェルの頬や額を氷魔法で冷たくした自身の手を当て冷やしている。


ミシェルは、ふにゃりと笑いルーベンの手に擦り寄る仕草をする。


両陛下と辺境伯夫妻は、なんとも可愛らしく微笑ましいその光景をついつい眺めてしまった。


扉がノックされ、医師と魔術師団長が部屋へと入って来た。


部屋にいた皆は、ほのぼのしている場合ではなかった事を思い出す。


医師がミシェルの体の診察を始める。

ルーベンは側を離れる気がないらしく、枕元に腰を下ろしたままだ。


「熱はあるようですが、お体には特に病気の兆候は確認されません」


医師が診察を終え、そう報告する。


次に、魔力に関する事案も考え魔術師団長が呼ばれていた。

考えたくはないが、ルーベンとミシェルの婚約の邪魔を企てる可能性も捨てられない。


魔術師団長がミシェルの体を魔術で包む。

淡く光りながら、魔術師団長がミシェルから放たれる魔力を解析していく。


すると、笑う事が滅多にない魔術師団長の口角があがる。


両陛下と辺境伯夫妻は何事かと、慌て始める。


魔術師団長のエレストがルーベンへと視線を向けた。

エレストは柔らかな目元になり、ルーベンへと告げる。


「ご令嬢の症状は魔力酔いです」


ルーベンは目を見開き顔色を悪くした。


ルーベン自身、魔力量が多く魔力量の低い相手が側に来ると相手は魔力酔いを起こし倒れ込むのだ。


ミシェルを可愛く思うルーベンは、側にいられないと腰を上げようとした。


「ルーベン殿下、逆です。普段とは逆の作用です」


エレストはルーベンにしっかりと視線を合わせて説明をする。


「ご令嬢とルーベン殿下の魔力の相性がとても良いのです。それは私が今迄見てきた中で一番の相性の良さです。

確かにご令嬢は魔力酔いですが、魔力が心地良すぎて酔っ払った状態なのです」


説明を聞いたルーベンは真っ赤になり、口元に手を当てる。


「エレスト、それは喜ばしい事なのだな?」


陛下がエレストに確認をする。


「はい。ご令嬢は身分も魔力量も魔力の質もルーベン殿下に相応しいご令嬢のようです。それに、ご令嬢の魔力は不思議な質を感じ取れます。私に魔力の調査をさせて頂けたらと願います」


そう告げると、エレストは頭を下げ医師が待機する場所に並び控えた。


ルーベンはベッドに腰を下ろすと、優しくミシェルの頭を撫でる。


「サミュエルよ。ミシェル嬢をルーベンの婚約者としたいと打診しておったが、確定でよいであろうか」


陛下がミシェルの父であるサミュエルに問いかけた。


「………」


「あなた」


「………」


「いい加減になさいませ!ミシェルが殿下を好ましく思ったのは先程の謁見を見れば明らかです。そして、殿下もミシェルを好ましく思っておられる様子。良い縁ではありませんか」


アントワーネがサミュエルを叱りながらも宥めている。


「ミ、ミシェルの気持ち次第だ!ミシェルが嫌がれば、この話は無かった事に……」


サミュエルは悔しそうに言葉を吐いた。


「ミシェル嬢が受け入れたら婚約成立だ」


医師と魔術師団長を残し、両陛下と辺境伯夫妻は客室から退出しようとしたのだが……。

ルーベンがミシェルの側から離れる気配がない。


「ルーベン?行くぞ」


「私はミシェル嬢が目覚めるまでここにいます」


ルーベンはミシェルを撫で続け柔らかな眼差しでミシェルの顔を見ている。

陛下の声かけにも視線を向ける事なく、ただ愛おしそうに頭を撫でていた。


ミシェルの側にルーベンを残し、両陛下と辺境伯夫妻は婚約を交わすために今度こそ部屋を出て行った。



婚約がどうなったか……。


勿論、婚約は成立しました。


ミシェルの気持ち次第と言われ、ルーベンの魔力暴走を防ぐには側にいる事が一番手っ取り早いと考えた結果、了承する事を即答した。


それに、ルーベンはミシェルの好みど真ん中である事も理由の一つであった。


前世、泣き虫だった自分は虐めに合うこともあった。

泣きたくない、涙を止めたい。

そう強く願っても、涙が流れてしまう。

制御出来ない涙腺を手術で取ってやりたい!くらいには、真剣に悩んでいた。


あの前世での最後の日は、彼氏に振られた日だった。


泣き虫の明里が可愛い、好きだ。

そう言って告白されたのに……。


泣き虫の明里は面倒だ。

そう言って別れを告げられた。


やはり涙腺を取ろう!どうしたら良いのか?

泣きながらスマホを触っていたから、マンホールに落ちた。みたいね……。


前世と同じで泣き虫な自分。

恋なんて早々に諦めていた。そんな自分を可愛いいと言ってくれる人に出会えた。


前世と同じではあるものの、ルーベンの気持ちは魔力でミシェルに伝わる。

多分、逆もそうかもしれない。

ルーベンは泣いたミシェルも笑ったミシェルにも変わらない温かな魔力を漏らしている。


笑ったミシェルをルーベンは好きだと全身で言っているから。

ルーベンの気持ちは信じられる。


ミシェルはルーベンと仲睦まじい婚約者として王城で過ごしている。


父サミュエルは泣きながら

「嫌だ!まだ早い!」そう喚いていたが、3対1の結果サミュエルは負けた。

アントワーネがサミュエルを引きずりながら帰って行った時は笑ってしまった。



王城に一人残されたミシェルは淋しくないかと言えば、やはり寂しい。

辺境伯から侍女が来てくれた事は嬉しかったが、両親や兄達と離れ離れは時折悲しみの底に落としてしまう。


そんな時も、ルーベンは側にいて温かな魔力でミシェルを癒してくれる。


婚約者となったのがミシェルが8歳、ルーベンが11歳。

まだ幼い二人だが、王城に勤める者は二人の仲睦まじさに癒されている。

ミシェルの笑顔を見た者は

「天使の贈り物」を貰ったと、ミシェルの笑顔を天使と称しその日一日良いことがあるかも?

と、こぞって二人の姿を目で追っていた。




ミシェルがルーベンの闇落ちとなる原因の第二王子殿下と会ったのは、王城に暮らし始めて半年も過ぎてからであった。


王子がもう一人いるのなら直ぐに紹介があるはず。でも、私から弟君の事は聞けない。


言い訳をするなら、ルーベンとの仲良しに現を抜かしていた訳では決して無い……はず。

王子妃としての教育が始まっていたので忙しく過ごしていた。

ミシェルは王子妃教育も直ぐに習得してしまい、早々に教育は終了し余裕が出来た今、第二王子殿下の存在を思い出していた。


もう一つ言い訳するならば、ミシェルやルーベンの周囲で第二王子殿下の話が全く出ないからだった。


ミシェルが悶々と弟君の事で悩む中。


半年後、病に伏せ今にも亡くなりそうな弟君と面会をした。


弟君であるイルス殿下は不治の病を発症され、成人を迎える事は出来ないと聞かされた。

ミシェルは寝室で面会したイルス殿下の側に膝を突き手を取りただただ泣いてしまった。

ミシェルが泣いて良いはずがない。

泣きたいのはイルス殿下本人であるし、家族であるルーベンなのだから。


(手が冷たい……骨ばった指は折れそう……)


ミシェルはイルス殿下の手を優しく撫でながらもポロポロと泣いている。


イルス殿下の部屋にはルーベンと両親である両陛下が同席されている。


「あな…たが…ミシェル…さ…ま?」


話す事も痛く苦しいのが解る。



「ミシェルです。ルーベン様の婚約者となりました。宜しくお願いします」


泣きながらニッコリ微笑むと、イルス殿下は目を細めた。


小さく頷きミシェルにたった一つだけお願いを口にする。


「兄をお願いします。どうか…」


ミシェルの後ろに控えるルーベンから嗚咽を堪えるような苦しい声が耳に届いた。


(ルーベンが魔力暴走しなくても、イルス殿下が亡くなるなら意味ないじゃない!)


「ゴホッ…」


イルス殿下が血を吐き咳込む姿を見たミシェルはイルス殿下の手を握ると必死に、ただ必死に祈った。


引き離そうとする医師や侍女に抵抗しながら必死に祈る。


「お願い!イルス殿下の病を消して!お願い!消してよー!私の寿命をあげるから。私は一度死んでるから、もう良いの。イルス殿下を助けてよ!ルーベンから弟を取らないでよー」


医師によりイルス殿下の手から引き離されたミシェルは、泣き喚きながらそう願いを口にした。


ミシェルの体が真っ白な光に包まれ始めた。医師が慌ててミシェルを降ろすと、ミシェルはイルス殿下の側に戻り再び手を取る。


ミシェルの思考に勝手に何をするべきか指示が浮かぶ。


ミシェルはイルスの魔力を吸い上げると、ミシェルの魔力と練り合わせイルス殿下にその魔力流し込んだ。ゆっくり、ゆっくりと温かな魔力を流し込んでいく。 


イルス殿下は目を見開きミシェルを見たが、心地良さから目を閉じ眠ってしまった。


ミシェルがイルス殿下の手をようやく離し、布団の中にその手をしまう。


医師が慌ててイルス殿下の診察を始めた。側に控えるもう一人のイルス殿下付きの魔法師がイルス殿下の状態を確認した。


「異常が…見受けられません」


魔法師の言葉を聞いたミシェルはそのまま後ろに倒れていく。

ミシェルは部屋の景色を目にしながら後ろに倒れるが、最後に目にしたのは大粒の涙を流すルーベンの美しい顔だった。


ミシェルはそのまま長い眠りに就いた。




『明里さん……明里さん』


誰?


『この世界の神です』


神様?

私、また死んだの?


『いえ、死んではいません。イルスは助かりました。この世界の破滅も回避出来るでしょう』


なら良かった。


『貴女の強い願いが私に届きました。貴女の命を懸けた願いを私は聞き届ける事で、貴女にギフトを授ける事が出来ました。

転生をお願いしたのはこちらなのに、命を懸けなければ願いが叶わないなんて。

理不尽かもしれませんが、そう簡単に神のギフトを授ける事が出来ないのです』


神様、いいの。イルス殿下を助ける事が出来たし、ルーベンが悲しんで闇落ちせずに済むならそれだけで良いの。


魔力暴走でイルスは死ぬはずだったのに、病で死ぬかもしれなかったなんて聞いてた話と違うんだけど?


『同じです。イルスの命が尽きかけた瞬間、ルーベンは感情を制御出来ずに魔力暴走を起こしてしまいました。イルスはそのまま巻き込まれ亡くなったのです。病で亡くなるイルスでしたが、ルーベンの魔力暴走で亡くなったとされたのです』


同じ死でも、ルーベンの魔力暴走が起きたからなのね……。

何とも言えない気分。

病で亡くなるイルスの寿命を少し早く消してしまったルーベン。


『明里さん。貴女はただ眠っているだけ。いきなりギフトを行使したため体が追いつかなかったのです。私からの神力を今は体に馴染ませています』


ルーベンにまた会える?


『ええ。明里さんが世界に戻らなければルーベンが闇落ちしてしまいますから』


マジ?!早く起きないと!


『その時が来るまでゆっくり休んで下さい』


明里(ミシェル)は神様の言葉を聞くと深い眠りに就いた。




〜 ❀ ✿ 〜



ミシェルは中庭にブランケットを敷いて午後のお茶の時間を過ごしている。


辺境伯領では森に遊びに行くと、ブランケットを敷いて昼食をとったり休憩をして過ごしていた。

この世界で貴族が地面に座る事は余り良しとしない。

ミシェルが家族に何となく提案したところ「素晴らしい案だ!」

と、以外と高評価を得た。


靴を脱ぎ、楽にするだけで日々のストレスが解放される感じがするらしい。


ミシェルから話を聞いたルーベンはミシェルのためにと、両陛下の了承を得てくれた。


ルーベンの膝枕で、ミシェルがごろごろしている。

天使二人が神の庭で寛いでいる姿は一枚の絵画のようだと、またしても王城の噂になった。


この場面に遭遇すると、想い人と上手く行く。らしい……。


(予定はいつも同じように回っているのだから、偶然見たわ!なんて、あり得ないのにね)


「可愛いミシェルを見たいからだから、仕方ないよ」


ルーベンがクスクス笑い答える姿を見て、ミシェルは心の声を漏らしていた事に気が付いた。


「ミシェル姉上、またゴロゴロして」


呆れ顔のイルス殿下が私を見下ろしている。


「ルーベンに甘えているだけよ」


「そうですか」


イルスは敷物に上がると、用意されていたお菓子を一つ口に入れた。


「今日の夜会はミシェル姉上のお披露目ですよ?」


ルーベンはミシェルを膝枕したまま髪を撫で梳いている。


「ようやく兄上と社交界に顔見せするのですから」



ミシェルはイルス殿下を助けてから八年も眠っていた。


目が覚め起き上がり自分の手足を視界に入れ、その長さの違和感は半端ない恐怖だった。


そして、私の隣にルーベンが眠っていた事に驚いてベッドから落ちそうになった。


私が眠りから覚めた事に気が付いたルーベンは、泣きながらミシェルを抱き込み離さなかった。


異変を感じた侍女がその光景を目にし、大慌てで両陛下に報告された。


ルーベンは大人になっていた。

子供の頃の顔ですらミシェルのドストライクだったのだ。

大人のルーベンはそれに色気を追加し、視線を合わせる事が恥ずかしくなるほど素敵な男性になっていた。


両陛下が部屋にやって来ても、ルーベンがミシェルを離す事はなかった。


陛下がルーベンに話をしようと、ミシェルから離れるように声をかけるが、ルーベンはミシェルを抱きかかえソファーに座ると膝抱っこをしたままミシェルの腰に手を回し降ろさない。


苦笑いをしたまま両陛下がソファーに座りミシェルに感謝を伝える。


「ミシェル嬢。貴女の命を懸けた願いを神が聞き届けてくれた。イルスを救ってくれた事に感謝する」


両陛下に頭を下げられ、あわあわし始めたミシェルの頭を優しく撫でるルーベン。


両陛下の瞳には薄っすら涙が浮かんでいる。


「助けられて良かったです」


泣き虫は治らなかったようで、ポロポロと泣きながらミシェルが言葉を返した。


陛下がミシェルの倒れた後の話を聞かせてくれた。


ミシェルが倒れた後、ルーベンがミシェルを離さないのでルーベンの部屋にミシェルを寝かせていた。


魔法師団長が魔力の相性の良いルーベンと一緒にいた方が良いとの判断もあり、ミシェルはずっとルーベンの部屋で眠っていた。


ミシェルがその事を聞き、不審な視線でルーベンを見た。


「何もしていない。ただ、口付けをしたくらいかな」


さらっと口にした言葉に、ミシェルの顔が真っ赤になる。


「魔力を効率的に流すには口付けが一番良いんだ。でも、ちゃんとした口付けはミシェルが目覚めてからだと気持ちを切り替えてたから」


作業で口付けしていたかの言葉に、落ち込んでしまう。


「ミシェルの反応を見れない口付けは口付けじゃないからね」


ミシェルの耳元に囁かれた言葉に、ますます顔を赤くさせていく。


目覚めたばかりのミシェルとルーベンの仲睦まじさに、両陛下はホッと息を吐いた。


ミシェルがルーベンを拒絶したら、世界が滅ぶ未来しか見えないのだから。


陛下から聞いた八年の間の話は大変だったようだ。


誰が?ルーベンが!です。


ミシェルがイルス殿下を救った事はきちんと公表された。

ルーベンの婚約者として王家に迎える事も同時に公表された。


奇跡の魔力を持つミシェルを貴族達は最初の頃は手放しで歓迎していた。


けれど、二年、三年と眠りから覚めない婚約者の立場を狙う貴族が増え始めた。

ルーベンが出席する夜会は、それはそれは令嬢達がルーベンに押し寄せてきた。


ルーベンは全く相手をせず、誰の手も取らなかった。

令嬢達はそれでも諦めず、あの手この手でルーベンに接触しようとする。


学園に入ってからは更に令嬢達の行動が悪化した。

危うく貞操を奪われかけたルーベンは、学園で怒りが爆破し学園の建物を氷漬けにしてしまった。

ルーベンは媚薬を飲ませた令嬢を氷漬けにすると、怒りのままに陛下の目前に転移させた。


陛下は大臣達と謁見の間で各貴族達からの婚約者交代の嘆願の突き上げを受けている最中だった。


その最中に氷漬けの令嬢が目の前に転がって出てきたのだ。

騒ぎにならない筈がない。


「父上、いい加減はっきりと伝えてもらえますか?私はミシェル以外とは結婚しない。私やミシェルに近づく者はこうなる事を覚悟する事ですね」


「アリシア!」


一人の貴族が氷漬けされた令嬢の側に来て氷に泣き縋っていた。


「この者は学園で私に媚薬を飲ませ既成事実を作ろうとした。学園の私の部屋の茶葉に媚薬を仕込んだようです。

一人でそのような事が出来るはずがありません。協力者がいたのでしょう」


淡々と話をするルーベンを見て、婚約者交代をし娘を嫁がせようと企んでいた貴族達はカタカタと震え始めた。


ルーベンが指を鳴らすと氷は溶け、アリシアと呼ばれた令嬢は震えながら白い息を吐いていた。


「体の中まで冷えている。早く温めないと死ぬぞ」


ルーベンがそう告げると、アリシアを抱えた男性は勢い良く広間を走り去って行った。


「今回は見せしめで氷を解除したが、次は解除する事はないと思え」


ルーベンは居並ぶ貴族達に告げると、転移してミシェルが眠る寝室に引きこもってしまった。


それからルーベンはミシェルが眠る部屋から出る事はなく、勉学も執務も引きこもりながらも卒なくこなし学園の卒業資格も得ていた。


社交界には一切顔を出す事はなかったそうだ。


ルーベンはずっとミシェル一人を愛し、ずっと待ち続けてくれていたのだ。


話を聞いたミシェルは大粒の涙を流しルーベンへと手を伸ばすと、首に縋り付いて泣いていた。


ルーベンはただミシェルを抱きしめ、泣き止まない愛しい婚約者の背を撫で続けていた。



王家からミシェルの目覚めが公表された。


婚約者を一途に思い続けたルーベンを民達は支持していた。


ルーベンが令嬢を氷漬けにした事件は民達の耳にも届き、婚約者交代を企んだ貴族達を嫌い始めた。

貴族の持つ権力は強い。しかし民達がいてこその権力である。


商人達は婚約者交代を企んだ貴族には質の悪い商品しか売らず、領民達からは王家に苦情の嘆願書を送るなど、自分達が出来る範囲で必死にルーベンの恋を応援してくれていた。


ルーベンが婚約者であるミシェルを一途に思い守る行動は、未来を託せる王族として民達からの支持を強固なものにしていた。


民に愛される王子様。


ラスボスよりも断然宜しい。



ミシェルは民達から「眠り姫」と呼ばれ、王城の大門には毎日お見舞いのお花が届けられていた。


ミシェルは民達に恩返しをしたいと、神殿で午後の数時間だけ治癒を毎日行った。


「痛くない 痛くない」


と優しく患部に手をかざすと傷は癒え、病は完治した。

ミシェルが治癒するのは民のみ。

貴族に関しては、全て拒否をしていた。


ルーベンを煩わせる貴族をミシェルも嫌ったのだ。

表向きは……。

全ての貴族を敵には回せない。

陛下や宰相が精査し、密かに貴族の治癒を行っていた。

神殿では魔石に治癒の魔力を注ぎ、辺境の地で病に苦しむ民達の治癒に使って貰う。


魔石に魔力を込めると、ごっそり魔力を削る。

体調が悪い事をルーベンに知られてはならない。神殿に訪れた民達のみ、治癒を許可してくれたのだ。

心配性のルーベンの耳に魔石の件が届けば神殿へ行く事を禁止されてしまう。


ミシェルは神殿からの帰りの馬車で一眠りし、魔力を少しでも回復させてルーベンに会う。





リンガー辺境領に隣国から侵略攻撃を受けたと、王城に報せが届いた……。




眠りから覚めたミシェルを狙う隣国との小競り合いが勃発したのだ。

神からのギフトを持つ娘を手に入れるため、隣国の皇帝が兵を出した。


ギフト持ちを狙い戦争になる事は歴史が証明していた。

過去に幾度となく戦争になり国が荒れた……。


ミシェルは直ぐにリンガー領に戻ろうと荷造りを始めた。

止める侍女達を無視して荷物を詰める。


「ミシェル様!領地に戻り、隣国に捕まってしまったらどうなさるのです!

もしミシェル様に何かあれば、ルーベン殿下はどうなるのですか?殿下はミシェル様が大切なのですよ?!」


「解っているわよ!でも、リンガー領は私の生家なのよ!家族や領民を見捨ててまで生きるつもりわないわっ」


荷物を手に部屋を出ると、扉の前にはルーベンがいた。


「リンガー領に帰るの?」


無表情のルーベンは気にはなる。

でも、そんな事を気にしていられない。


「そうよ。リンガー領に帰るわ」


ルーベンの横を通り過ぎる瞬間、腕を掴まれたミシェルはルーベンに転移されていた。


転移先は今にも戦いが始まろうとする前線だった。


兄のクリスがミシェルに気が付いた。


「ミシェルっ!なぜここに来た!」


(なぜって……私が聞きたいわよ!)


兄に言い返したいが、ミシェルの腕を掴んだままのルーベンの魔力が恐ろしくて、それどころではない。


ルーベンは魔力に声を乗せ隣国の兵士へと宣言をした。


「私は王太子のルーベンだ。お前達が欲する令嬢は私の婚約者だ。大事な婚約者に手を出そうとしたのだ。罰は受けてもらう」


ルーベンが隣国の兵士に手のひらを向けると、一気に氷魔法を放った。


目に入る兵士達は一瞬で首から下が氷漬けになっていた。


「今、体を攻撃すればどうなるのか……考える時間をやろう。五分だ。五分過ぎれば氷漬けの兵士を攻撃する」


兵士達の奥から騎乗した騎士が前線へと現れた。


「撤退する。魔法を解除して頂きたい」


騎士は馬から降りてルーベンへと告げる。


「国に帰れ」


ルーベンがそう告げた瞬間、隣国の兵士全てを転移させて消してしまった。


リンガーの騎士や兵士達は、ただ呆然とルーベンの姿を眺めていた。


長兄のクリスがルーベンとミシェルの側に急いでやって来た。


「ルーベン殿下……」


ルーベンがクリスへと視線を向けるが、無表情……。


(なぜ?!怒っている?何に?)


ミシェルはルーベンが何を考えているのか、解らない。


「戦争にはならない。私がさせない。報告を王宮にあげてくれ」


クリスにそう告げると、ミシェルを連れて王宮へと転移した。


クリスもルーベンの行動が解らない。

解らないが、戦争にならずに済んだ事に安堵し、騎士達を領地へ戻るように支持を出す。父にどう報告をするかを悩む以外、クリスはやる事が無かった。


私室に転移したルーベンは部屋から人を出しミシェルと二人きりになっていた。


ルーベンは感情のない瞳でミシェルをじっと見つめる。


ミシェルはルーベンの地雷を考えるけれど、やはり解らない。


「ルーベン……怒ってる?」


小声で問いかけてみるも、ルーベンからの返事はない。


「私が何かしたのよね……」


ルーベンの魔力は凪いでいて、逆に怖い。


「解らない?」


ルーベンに問われても、ミシェルはやはり解らない……。


「ミシェルがリンガー領を守りたいのは理解できる。覚えてる?イルスが死にかけた時にミシェルが口にした言葉を、思い出せる?」


ミシェルはイルスを助けた日を覚えてはいるが、何を口にしたのかは覚えていない。


ミシェルが首を振る。


「ミシェルは自分は一度死んでいるから……そう言ってイルスに自分の寿命を渡そうと口にしたんだ」


ルーベンの魔力が小さく跳ねた事を感じた。


ミシェルはようやく気が付いた。


ルーベンが何に怒り悲しんだのかを。


「一度死んだとはどう言う事ですか?ミシェルはなぜ命を粗末に扱うのです」


ルーベンから漏れる魔力はいつもの優しく甘い魔力ではない。


冷たくミシェルの体を突き刺すような魔力。


(ラスボスを回避したのに、私がルーベンをラスボスにさせる原因を作るなんて……情けない……)


ミシェルは情けなくて涙が溢れる。

助けたかったルーベンを闇落ちさせようとするその原因が自分であった事に、後悔しかなかった。


いつものルーベンならば泣くミシェルを抱きしめ慰めてくれる。

今目の前にいるルーベンからはそれが見られない。

 

嫌われた事を覚悟して、ミシェルは前世の話もこの世界の話も全て伝えた。

ミシェルはミシェルではなく、石田明里だと。

前世の泣き虫な自分の死に際を話すのは恥ずかしかったが、マンホールに落ちて死んだ事も伝えた。


「本当に死んでいた……と……」


ルーベンが話を聞き終え、驚愕な表情でそう口にした。


ミシェルは頷きイルス殿下の死でルーベンがラスボスになる話も伝えた。


ルーベンを救うためにイルスが死んでは困るのだと。そう伝えた。


大粒の涙は止まらない。泣き虫全開のミシェルは一生懸命に伝えた。


「秘密にしていて、ごめんなさい……」


ミシェルは前世の事も今世の事も全て伝えた。


説明しても、謝罪の言葉を口にしてもルーベンの魔力の棘はさらに強くなりミシェルを突き刺す。

魔力の相性が良い事が逆に作用してしまった。


(私は私なりに頑張ったと思うの。ルーベンが大好きだから、闇落ちするのではなく幸せに生きてほしかった……ただ、それだけだったのにな……無駄だったのかな……)


ミシェルはルーベンの魔力の圧で精神的に追い込まれてしまう。今にも意識を手放そうとしていた。


泣き過ぎて頭が痛い。


目も痛い。


もう、全てがどうでも良くなってしまう。


この世界を煩わしく思う自分の気持ちがストンと胸に落ちてきた。


(疲れた……そうか私は疲れていたのね)


意識が薄れふらりと体が揺れると、ルーベンの手が伸びて来た事に気が付いた。


ルーベンのその手すら煩わしく思い、無意識に手で払い除けていた。

床に倒れないように、ソファーへとふらふら歩き辿り着いた時にミシェルは意識を手放したのだ。


(あの魔力……ルーベンに嫌われたのよね……)


冷たく全身を突き刺す魔力。

好いた相手に向ける魔力ではない。


嫌われた……。

二度と目覚めたくないと神様に祈りを捧げた。



ふわふわと揺れる思考に気持ち良さを堪能していた。

あの嫌悪を隠さない魔力に包まれる事がない安堵感にゆっくりと傷付いた心が癒されていくのが解る。


『明里さん』


 神様?お願いを聞いてくれたのね。ありがとうございます。


ミシェルがお礼を言うも、神様から返事はなかった。

ミシェルは意識を戻した。


『世界が崩れそうなのよ……』


 なぜですか?嫌いになった私がいなくなったのだから、ルーベンもスッキリしたんじゃないの?

ルーベンは一度嫌悪感を持ったら、二度と好意は戻らないのよ?


『明里さん。ルーベンは貴女が嫌いだから負の魔力を向けたのではないのです』


 ん?意味不明ですが?好きな人に向ける魔力じゃないでしょう!あれは!


『明里さん。貴女が前世の恋人の話をしたから、ルーベンは嫉妬に狂ったのですよ……』


 嫉妬?


『前世であったとしても男女の関係があったと知り、ルーベンが行き場のない嫉妬心を抑えようとしたための、あの魔力なのです。最初は命を粗末に扱う明里さんに怒っていましたが、途中からはどす黒い嫉妬心の塊でしたよ。貴女が好き過ぎて前世の恋人に嫉妬するほど、貴女を好き過ぎるのです』


 なるほど……。ん?じゃあ、ルーベンは今大変な事になってたり……しないか!


『しています!だからこそ、明里さんを起こしたのです!明里さんの心を先ず癒さなければ、ルーベンに傷付けられた明里さんはの心は二度とルーベンの元に帰らないでしょうから……』


………。

神様がそんなに焦る理由は、もしかしなくてルーベンがラスボスになってたりとか?

いや、まさかよね……。


『そのまさかよ!いい加減起きて、ルーベンの元に帰りなさい!』


えっ?






神様のお叱りの声を聞いた瞬間、ミシェルはビクッと体が跳ね上がったのを感じた。


「ミシェル……ミシェル!」


瞼を上げる事も、声を出す事も出来ないミシェルは自分の名前を呼ぶ声に耳を澄ませた。


「ミシェル!お願いだ……目覚めてくれ……」


泣きそうな声の主は間違いなくルーベンの声。

伝わる魔力は冷え冷えとしている。


(まだ怒ってるのかな?魔力に温もりを感じないわ……)


「ミシェルの前世の恋人に二度と嫉妬したりしないから……ミシェルが他の人と交流しないようにとか、年相応の男性を遠ざけたりとか、社交界から遠ざけたりとか、二度としないから……。自由にして良いから、帰ってきてくれ……」


(ん?色々気になる話が紛れてますが?)


「お願いだ!起きてくれないと……今夜、ミシェルとの婚約は解消されてしまう。ミシェル以外を婚約者にするなんて……嫌だっ……」


(婚約者交代か。仕方ない事じゃない?私は起きれないし、ルーベンに嫌われたし……)


「だからね、ミシェル。考えたんだよ。私は王太子を降りようと思う。その話をしたんだけどね。陛下や議会の許可は降りない。だから……王太子には向かないとされれば良いんだよね」


ミシェルの手を握りしめたまま、ルーベンは体内の魔力を圧縮させるとゆっくりと魔力を外に放ち始めた。


ゆっくりと広がる魔力はどす黒いドロドロとした魔力。

ミシェルの眠る部屋からどんどん王城に広がり始めた。


それに気がついたのは、魔術師団長のエレストだった。急ぎ魔力の発生源に向かい扉を開いた。


寝台でミシェルを抱きかかえたまま、どす黒い魔力を放出している。


「ルーベン殿下……」


エレストではルーベンを抑え込む事は不可能。

王城の魔術師全て集めたとしても、無理だとエレストは知っている。


騒ぎに気がついた両陛下と大臣達もルーベンの魔力放出を目にした。


「ルーベン?」


陛下が声をかけると、ルーベンがミシェルの髪に埋めた顔をゆっくりとあげた。


「ミシェル以外と結婚しろと言うのであれば、私はこのままミシェルを連れて闇落ちします。遠くに逃げて二人で暮らします。誰が追って来ようと逃げ切りますよ」


感情の全くないルーベンは他人でも見るかの様に陛下と王妃を見つめた。


「お前達、私や王妃の話は飛躍しすぎだと言ったな?ルーベンからミシェルを取り上げればどうなるのか、何度も伝えたはずだ。だが、お前達の勝手な決定でこの国は滅びる可能性が出てきた」


陛下は追って来た大臣達を冷めた視線で見ながら話をする。


「ルーベンの魔力は膨大だ。もう王城を出て、街へと着く頃か?お前達の勝手な判断で民達にまで被害が行くのだ。

お前達で後始末をきちんとするがよい」


陛下は王妃の手をとりルーベンの側に立った。


「ルーベンよ。大臣達を止める事が出来ずにすまなかった。好きにしなさい。だが、民達に被害が行く事は許さん。ミシェル嬢が知れば悲しむ」


ミシェルの名を呼ばれルーベンがピクリと反応したが、顔を上げる事はなかった。


両陛下は部屋を出て、執務室へと向かう。



大臣達は震えながらも慌てふためいて、それぞれの対応に走り回る。

既に今夜の夜会での新たな婚約者のお披露目のために王城に滞在し支度をしている最中。


大臣の一人が令嬢の部屋へと慌ててやって来た。

令嬢は侯爵家の次女でサリーナと言う容姿も整い勉学も学園で上位の成績を収めている。

しかも、王族派でルーベンを一途に想う令嬢だった。


目の前のサリーナは王城に漂う魔力に怯えていた。


「この魔力は?」


「っ……この魔力はルーベン殿下の魔力です。サリーナ様との婚約を嫌い、ミシェル様を抱えたまま拒否を示されております」


「嘘……嘘よ!嫌よ!絶対に私はルーベン殿下の婚約者を降りないわっ!」


(ルーベン殿下ががミシェル様を抱きしめている?眠り姫のくせに、邪魔ばかり)


サリーナは婚約者を降りる事を断固拒否した。


「ルーベン殿下は新たな婚約を拒否している」 


何度説明をしても、セリーナは納得しない。

「私を見て知ってもらえれば、絶対にルーベン殿下は私を選ぶはず。眠ってばかりの女より、私を絶対に選ぶはずです。

それに、そうなるように大臣達が協力するとお約束したではありませんか!」


大臣はセリーナが言う通りに外堀を埋めてはいた。

だが、ルーベンの怒りの魔力を前に、そんな事など言ってはいられない。

だが、こちらから婚約者としての打診をしていたのは事実。、サリーナ自身が降りてくれない限り今夜の夜会を開かなければならない。


(あのルーベン殿下にどう伝えれば……。まだ、死にたくはない……)


大臣達は集まり、ルーベン殿下に頭を下げて夜会に出てもらう事に決めた。


ルーベン殿下がいる部屋からは魔力放出は続いていた。

大臣達は扉をノックし、ルーベン殿下の前で膝を突いた。


「サリーナ様に婚約者を降りるようにお話を伝えましたが、拒否をされました。王族として、夜会に参加をお願いいたします。」


「勝手だな……」


ルーベンの魔力が濃くなる。


「我々は国のために新たな婚約者をと……」


「国のため?だと?」


ルーベンの魔力が爆発する寸前、ルーベンの頬が抓られた。


ルーベンがハッとしてミシェルを見ると、視線が合った。


「ミシェル……ミシェっ……」


力いっぱいミシェルを抱きしめ、ルーベンは涙を流す。

ルーベンの魔力は止まり、温かな魔力がミシェルを包む。


「おはよう、ルーベン」


ルーベンの頭を撫でミシェルが目覚めの挨拶をする。


「ミシェルっ。ごめん。あの日、冷たい魔力を向けてごめん……嫌いになったんじゃない。嫉妬したのだ」


「なぜ……」


なぜ冷たい魔力に絶望していた事を知っているのか……。


「神が夢に出てこられた。ミシェルが何に傷ついたのかを教えてくれた」


(そっかぁー)


「闇落ちは駄目よ?私がこの世界に来た意味がないじゃない」


ルーベンはミシェルの唇にチュッと口付けを落とした。


「ミシェル、愛している。初めて会ったあの日からずっと」


「私もずっと愛しているわ」


仲睦まじい二人に大臣達は何も言えないどころか、後悔しかない。


「さて、夜会には出てやる。ミシェルを連れてな。後始末は自分達でしてくれ」


冷たい視線を向け、大臣達を下がらせた。

目覚めたミシェルを堪能しようとルーベンがミシェルを抱きしめた瞬間。

両陛下が泣きながら部屋へと突撃してきた。


泣きながら陛下と王妃に謝罪するミシェルに免じて、堪能するのは夜会を終えてからと気持ちを切り替えた。


サリーナはルーベンの魔力が消えたことで、自分が婚約者から降りなかった事に納得したのだと勘違いをした。


(ルーベン殿下の婚約者になるために、どれだけの令嬢を引き摺り落としたと思っているのよっ!)


サリーナは侯爵家の力を使い、婚約者候補を卑怯な手で候補から落としてきた。


(今更眠り姫に奪われてたまるもんですか)


夜会に向けて支度を再開した。

この時に誰かがミシェルの目覚めを伝えていたら……。

伝えていてもサリーナは暴走したと考えれば、知っても知らなくても結果は同じであった。




ルーベン殿下の婚約に進展があるらしい。


今日の夜会の噂は多くの貴族の知るところ。

ルーベン殿下とミシェルの二人の婚姻継続を望む者は大勢いる。

私利私欲に走った貴族以外は。

民達からの人気が高い二人の婚約を解消させる事に異議を唱える者もいた。


ただ、権力を持つ大臣達により握り潰されていた。


会場中が落ち着かない。

雑音がいつもの夜会より多いようだ。


騒がしい会場に両陛下とルーベン殿下が姿を現した。

ルーベンの隣にはミシェルが並び立っていた。

会場は美しく並び立つ姿に安堵する声が多く届いた。


ルーベンもミシェルも大勢の人達に迎え入れてもらえた事実に安堵の笑みを浮かべる。


会場の貴族の大半の心中は同じ言葉が浮かんでいる。


((ルーベン殿下の魔力に二度と触れたくはない。長生きしたいのだから))


ルーベンの魔力に触れた者は大勢いる。あの禍々しい魔力を爆ぜさせてはならない。


ミシェル以外にルーベンを制御出来ない事を知る者は、二人の仲を引き裂く事がないように祈るばかり。



「ルーベン殿下!私との婚約は整ったはずです。いつまで眠るしか能のない女に気を使われるのですっ」


サリーナ侯爵令嬢が扇子の先をミシェルに向けて言い放った。


((なにを言っているのだっ!))


ルーベンの機嫌をそこねる。それどころか、怒りであの魔力が流されたらどうするのだ!


と、会場の視線は冷たくサリーナへと向けられる。

だが、ルーベンを目の前にしたサリーナは止まらない。自分が手にするはずのルーベンの手を離さないミシェルへ嫉妬が向けられる。


「お前との婚約などしない。お前と婚約するくらいなら、国を出る」


ルーベンは禍々しい魔力を右手に集めミシェルに手をのせるようにエスコートする位置で手を止めた。

ミシェルは躊躇する事なく手をのせルーベンにエスコートされながらサリーナの前へと歩み出た。


ルーベンがミシェルの手を離し、サリーナへと同様に手を差し出した。


「私の手をとってみよ」


ルーベンの右手を見つめるサリーナは、額に汗をかいていた。

あの恐ろしい魔力を目の前で見せられ、恐怖でカタカタ震え始める。


「婚約したいのだろう?他の婚約者候補を卑怯な手段で蹴落とし残った醜いお前だ。禍々しい魔力など気にもしないだろう?」


サリーナはルーベンの手にゆっくりと震える自分の手を伸ばした。

サリーナがルーベンの魔力に触れた瞬間、膝から崩れ落ちた。


自分の体を両手で抱き込みながら、

「痛いっ!」

と、泣きわめき始める。


「私の魔力と相性が悪いらしい。婚約など無理だろう」


ミシェルの手を引き、両陛下の側に戻る。


「大臣達の勝手な判断により、この結果となった。私と王妃の力が及ばず不甲斐ない事となったことは申し訳ない。ミシェル嬢の目覚めによりルーベンが新たな王となり、ミシェル嬢が王妃となる。私とイネスは引き継ぎが終わり次第王城を去り、蟄居する事となる。新たなる王と王妃を皆で支えてやってくれまいか」


陛下の言葉に会場からは温かな拍手と祝福の言葉が飛び交った。


夜会は祝福の場となり、多くの人達が新たな王と王妃を祝った。




夜会から数日経つ頃、大臣達の処罰が決まった。

議会でのサリーナ侯爵令嬢を新たな婚約者として結審した事に疑問が呈された。

両陛下の力が及ばない議会での婚約者交代の議案は問題視された。

大臣達の強引な可決であったと調べられ、結審に加担した大臣は任を解かれ領地での幽閉となった。


半分は大臣達の思惑に巻き込まれたサリーナ侯爵令嬢ではあるが、他家の令嬢達への執拗なる嫌がらせの数々が露呈し修道院送りとされた。


サリーナが王妃となった時に、側室として大臣達の縁ある令嬢を形だけの妃として迎え入れる話まで出ていたのだ。

大臣達やサリーナの罪は重い。



ミシェルはルーベンと王城の庭園でピクニックをしながら、事の顛末を聞かされていた。


「サリーナ様は少し可哀想かもしれませんね。ルーベンを本当に好きみたいでしたし。でも、好きだからと言って令嬢達に手を出すのは駄目だもの。修道院送りは仕方ないわよね」


自分が寝ている間にルーベンは色々苦労したようだ。


「ごめんなさい。ルーベン……」


ルーベンはミシェルを膝に乗せると、頬に口付けをした。


「自分の嫉妬心から招いた結果だから、苦労は仕方ない。ただ、ミシェルがいたから弟の命が助かり私の景色に色が付いたのだ。愛しいと思う気持ちを教えてくれたミシェルには感謝しかない。

愛しているよ。ミシェル」


ルーベンの顔が近付きミシェルの唇に軽く口付けを落とす。


愛おしそうにミシェルを見つめるルーベンの瞳には、嬉しそうな自分の顔が映っている。

ルーベンの魔力は温かすぎてミシェルの体がポカポカし始めた。


ふらふら揺れるミシェルを見て、ルーベンが叫んだ。


「ミシェル!魔力酔いは後にしてくれ!これからプロポーズするのだぞっ!」


慌てるルーベンだが、ミシェルはふにゃりと可愛らしい笑みを浮かべたまま意識を失った。


茂みの中から両陛下をはじめ、ミシェルの両親に兄達が勢い良く出てきた。


「ミシェル大丈夫か?」


「魔法師団長を呼べっ」


「直ぐ側の客室に案内するように」


全員が慌ててミシェルに駆け寄った。


ルーベンは周りに集まる人集りに向け、魔力を開放し始めた。


「覗き見ですか?」


ジト目で睨まれ、ビクッと体を跳ねさせると蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出した。


「ミシェル、私が闇落ちせずに済んだのは全てミシェルのおかげだよ?私を愛してくれて、ありがとう。一生私の側にいてね」


ミシェルの耳元でそう囁くと、ミシェルは気を失いながらも幸せそうに笑みを浮かべた。


ルーベンは生涯ミシェル一人を大切にし愛し続けた。

新たに就いた大臣達は、前任者のような過ちをする事のないように側室の話が出れば潰し、他国からの輿入れの話が出ればルーベン陛下の恐ろしさを伝え丁寧にお断りをした。


それでも後を絶たない他国からの輿入れの話は、しつこ過ぎるとルーベン陛下の怒りを買い属国扱いとなった。


ルーベン陛下の御代は国土を広げ豊かな国へなり、歴史に名を残す賢王となった。

暴走するルーベン陛下の手綱を握り、ほどほどになるように奮闘するミシェル王妃の姿があった。


ルーベン陛下とミシェル王妃の子孫もまた国を繁栄させ長い歴史を紡いで行く事になった。



誤字報告ありがとうございます。

直ぐに訂正しました。


いつも作品を気にかけて頂きありがとうございます❀

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