第8話 燃える黒石と密閉炉
コークス作りは、思ったよりも簡単に始まった。
鍜治場の裏。
石と粘土で、無骨な小さな釜を組む。
その横に、鍜治屋が使い込んだ鉄の鍋を置き、
落ちていた石片と泥で、必死に蓋を固定する。
燃料は薪。
炎で周囲を囲み、鍋の中身を直接燃やさないように、
じりじりと熱だけを与える。
村人たちが半信半疑の目で見ている。
鍜治は腕を組み、村長はただ祈っている。
俺は静かに、蓋の上に小さな穴を開けた。
煙を逃がすための、一本の細い道。
しばらくして——
穴から、黒い煙が細く伸びた。
最初は鈍く、すぐに勢いを増す。
「なんだ、燃えてるわけじゃないのか?」
村長が不思議そうにつぶやく。
「燃えてるんです。燃やしてないだけで」
鍜治は意味がわからない、という顔でこちらを見る。
「火が入ってねぇのに、どうやって燃えるんだ」
「石炭の中にある成分が、熱に耐えきれずに逃げ出してるだけですよ」
煙が細く、長く伸びる。
それはまるで、石炭が息を吐くように。
やがら煙の色が淡くなり、
穴から熱だけが吐き出されはじめた。
十分に熱が通ったと判断し、俺は火を落とした。
鍋を冷ます時間が、長かった。
待つほどに、不安のささやきが増える。
深夜。
ようやく蓋に触れられる温度になり、
俺は慎重に蓋を外した。
「なんだこりゃぁ……」
鍜治の声は、驚嘆と戸惑いが混ざっていた。
そこにあったのは——
黒い石炭とは違い、
艶を失い、まるで鋼のように硬質な黒をまとった塊だった。
「火床に投げ込んでください」
短く告げた俺に、鍜治は小さく舌打ちして
コークスを炉に放り込む。
ゴウッ。
一瞬で、火が立ち上がった。
「なんだ、この火は……!」
あの石炭の煙くささはない。
炎が鋭い。
熱が違う。
炉の中の鉄が、すぐに色を変えた。
鍜治は迷うことなく槌を振り上げる。
カァン!
音が、違った。
鋼を叩くときのような澄んだ響き。
「……割れねぇ」
もう一度。
カァアン!
鉄は砕けるどころか、しなやかに伸びた。
村長が息を呑む。
誰も、声を発せない。
鍜治がゆっくりと槌を下ろし、
俺に視線を向けた。
「……やるじゃねぇか」
少しだけ笑った。
それは、職人が認めた証だった。
村人が歓声を上げる。
「おおっ!!」
「薪より強い火だ!」
「これで鉄がもっと作れる!」
俺は、その喜びを横目で見ながら、
完成した黒い塊を拾い上げる。
光を吸い込むような黒。
その奥に、なめらかな硬質の輝き。
——これが、コークス。
だが、それはまだ序章。
俺は静かに空を仰いだ。
「……煙、だよな」
目を細める。
この世界の青い夜空に、
さっきまで立ち上っていた黒い煙。
煙だけじゃない。
あの中には——もっと価値があるものが混ざっている。
燃料だけじゃ、この国の未来は変わらない。
この世界には、まだ知られていないものがある。
ガス。
石炭ガス。
都市を夜でも明るく照らす力。
“火力以上の文明”が、煙に紛れて消えている。
「勿体ないな」
誰にも聞こえない小さな声で呟いた。




