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黎明国戦記  作者: 天月


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第6話 坑道の国について気づいたこと(前編)



 ここがドワーフの国なのだと気づくまでに、そう時間はかからなかった。

 赤子の身体でも、耳と鼻だけはしっかり働く。

 火を打つ音、槌の響き、石壁に反射する低い声。

 それらが毎日周囲を満たしていて、まるで山そのものが鍛冶をしているかのようだった。


 抱き上げられるたびに目に入る逞しい腕、煤のついた頬、道具に馴染んだ指の太さ。

 どれも前世でイメージした“ファンタジーのドワーフ像”に驚くほどよく似ていて、

 気づけば自然と「ここはドワーフの国なのだ」と受け止めていた。


 暮らしぶりは、岩と火を中心に構築されているようだ。

 住居の造りは洞窟を広げたものが多く、天井には熱と煙を逃がすための小さな穴がいくつも開けられている。

 とはいえ鍛冶師の家は、赤子が暮らす場所としてはあまりに刺激が強かった。

 鉄の焦げる匂い、油の混じった蒸気、土埃、金属粉――

 空気を吸うたびに喉が軽く刺さるようで、呼吸だけで泣きそうになった。

 あれは赤子には厳しすぎる環境だった。


 それでも、抱いてくれた鍛冶師の腕はとても温かく、

 大きく節ばった指は想像よりずっと優しく俺を支えてくれた。

 寡黙な人だけれど、手の動きで何を考えているか分かるような気がする。

 あの人は俺を見捨てず、助けると決めてくれた。

 その判断に、前世では得られなかった種類の安心を覚えた。


 ただ、自分では育てられないと思ったのか、

 彼は子育て経験のある研師の夫婦へ俺を託した。

 その姿を見た瞬間、胸の奥でじんわりとあたたかいものが広がった。

 頼れる相手に迷わず助けを求めるというのは、頑固な気質の中にある誠実さの現れなのかもしれない。

 おかげで俺は、より空気の良い部屋で呼吸できるようになった。


 この国に暮らすドワーフたちは、総じて表情が固い。

 だけど心は固く閉ざされているわけではない。

 言葉少なでも、行動のひとつひとつに誠実さが滲む。

 俺のようなよそ者の赤子を受け入れてくれるあたり、

 外見以上に情の深い種族なのだと感じる。


 ただ、その彼らの国はいま、大きな問題を抱えている。


 まず、坑道の拡張がもう限界だということ。

 この山脈の外側は一面“死の大地”で、乾いた毒風が吹き、魔物が出る。

 だから地上に住めないし、新たな居住地を確保するのも至難の業だ。

 深く掘れば瘴気が溜まり、横に広げれば崩落の危険がある。

 どこにも行き場がない。

 鍛冶師たちがときおり難しい顔をしてため息をつく理由が、赤子の俺にも伝わってしまう。


 そして、もう一つの問題が“木炭”。

 鍛冶に必要不可欠な燃料なのに、近年は手に入りにくいらしい。

 理由は単純で、森がエルフの領地だからだ。

 昔、ドワーフが森を切りすぎたことで深い溝が生まれ、

 今ではエルフが一切伐採を許さないという。

 ドワーフ側も強引には踏み込まない。

 彼らは怒らせると本気で森を閉ざすからだ。


 エルフという種族はまだ直接見ていないが、

 話に出る雰囲気を聞く限り、ドワーフとはまったく違う世界を生きているらしい。

 魔力と自然を中心とした生活で、鉄と火の国とは相性が悪い。

 それでも互いに完全な敵というわけでもなく、

 ぎりぎりの均衡のうえで木炭の供給が細々続いている、そんな印象を受けた。


 それにしても、この国には謎がある。

 坑道の奥から絶えず“ゴォォ……”と低い風が流れ続けているのだ。

 巨大な金属製の換気装置――

 まるで高速道路のトンネルにあるような、あの大きなファンが動いている。

 不思議なのは、誰もそれを動かしていないこと。

 古代の仕組みなのか、魔法なのか、赤子では確かめようがないが、

 この国がまだ生きていられる理由のひとつなのだと、ぼんやり理解した。


 そんな風に世界を観察していると、

 時折、俺をあやす研師の夫婦が笑いながら頭を撫でてくれる。

 彼らの手も温かい。

 鍛冶師とは違う柔らかさがあり、こちらも居心地がいい。


 前世では人に頼るのが苦手だったけれど、

 こうして素直に世話を焼いてもらえるのは悪いものじゃない。

 この世界で俺が最初に触れた優しさは、

 金属と火にまみれた国の中で、ひどく温かかった。

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