第4話 坑道国家のざわめきと、始まりの兆し
数日が過ぎ、赤子の噂は坑道国の一部に広がり始めていた。
もちろん大声で言いふらされているわけではない。
だが、ドワーフたちの世界は狭い。
「人間の子がいるらしいぞ」
「いやいや、そんな馬鹿な。外の連中が入れるはずないじゃろ」
「泣かん赤子? そんなもん赤子じゃねぇ」
半信半疑の囁きが、岩壁の隙間を滑るように流れる。
一方で、鍛冶師は夫婦の家に通い、赤子の様子を毎日確認していた。
泣かず、怯えず、ただ光を追い、音を聞き、
まるで世界を“確かめている”ような目だった。
「……この子は、賢いのかもしれん」
鍛冶師が漏らすと、バルドリンは肩をすくめた。
「賢いどころか、どこか“構えてる”ぞ。この年で落ち着きすぎじゃ」
グロリアは赤子の頬を指でつつき、
「ねぇ、あなたはいったいどこの子なんだい?」
と優しく話しかける。
返事は当然ない。だが、赤子はその声に反応して微笑む。
そんなある日。
坑道国家の“長”から公式の使いが来た。
「鍛冶師よ。そなたが拾ったという赤子――詳しい話を聞かせてもらいたい」
ついに来たか、と夫婦は顔を見合わせた。
鍛冶師は迷った。
赤子がどこから来たか答えられない。
それどころか、守れる保証すらない。
だが――。
赤子が彼の髭に手を伸ばし、掴んだ。
あの日と同じように。
その小さなぬくもりに、鍛冶師は心を決めた。
「……わかった。話そう」
使者は深く頷き、言った。
「この国の命運に関わることやもしれん。長も注視しておる」
その言葉は、ただの警告ではなかった。
それは“始まり”の合図のように聞こえた。
鍛冶師たちは赤子を連れ、坑道の中心部――議事の場へ向かう。
そこへ続く暗い回廊を歩くたび、鍛冶師は胸の奥で理解していった。
もう、後戻りはできない。
この赤子が現れたことで、何かが動き出している。
――そして物語は、赤子自身の視点へと移り変わる。
それが世界を変える“黎明”だと知るのは、まだ誰もいない。




