第3話 赤子と坑道と静かなざわめき
バルドリンとグロリアの家に赤子を預けた翌日、鍛冶師は落ち着かない心のまま作業場へ戻っていた。
鉄を打つ音は以前と変わらない。
火床の熱も、槌の重みも、すべてが昨日までの日常そのものだ。
だが――。
「……手が鈍るな」
鍛冶師は自分でも驚いた。
鉄を見ると、昨夜の赤子が浮かんでくる。
泣きもせず、ただ光を追うように目を丸くしていた姿が、どうにも頭から離れないのだ。
鉄は応えてくれず、音も落ち着かない。
鍛冶師としては最悪の集中状態だった。
そうこうしていると、作業場の外から聞き慣れた足音が近づいてきた。
「やっぱり来てたかい」
グロリアが、赤子を抱えたまま現れた。
子どもは今日も泣かず、大きな瞳で鍛冶場の火をじっと見つめている。
「……泣かんのか、本当にこの子は」
「泣かないどころか、うちでもずっと機嫌いいんだよ。普通の赤ちゃんとは違うねぇ」
バルドリンも後ろから付いてきた。
「お前、仕事に身が入らんじゃろ。顔に出とるぞ」
返す言葉もなく、鍛冶師は槌を置いた。
「心配なら見に来りゃええ。赤子ひとりで作業できなくなるんじゃ鍛冶師の名折れじゃが……まあ、気持ちはわかる」
バルドリンのぶっきらぼうな言葉が、どこか優しく響いた。
赤子はちいさな手を伸ばし、火床の光をつかむように空を描く。
その仕草に、鍛冶師は胸の奥がきゅっと締まった。
この子は――どこから来たのか。
この国に人間などいないのに。
グロリアが赤子を揺らしながら言った。
「この子、きっと“来るべくして来た”んだろうねぇ。説明なんてあとさ。まずは守ってあげなきゃ」
その言葉に、鍛冶師はただ静かに頷いた。
世界が動き出す音はまだ聞こえない。
だが、心のどこかで“何かが変わる”予感だけが、微かに火を灯していた。




