第10話 エルフとドワーフの、静かな断層
この山脈の北側には、エルフの国がある。
緑と水に恵まれた国。
畑は痩せているが、果実と家畜には困らない。
一方、山の南に広がる鉱脈の地下には、ドワーフの国が眠る。
鉄も銅も、石炭さえも、山ほど持っている。
本来なら争うはずがない。
お互いが持っていないものを持っているのだから。
しかし、彼らは——追いやられた。
三十年以上前。
大陸を飲み込むほどの戦火の中で、
エルフとドワーフは同じ方向へ逃げ、
同じ山裾へとたどり着いた。
食料に困ったドワーフに、エルフは輸出を渋らず、
鉄とガラス製品を、ドワーフは破格で供給した。
「せめて…互いに助け合おう」
そうして結ばれた盟約が、
いまのこの地の平和を支えてきた。
——表面だけは。
三十年も経てば、
帳尻は合わなくなる。
食料は、食べたらなくなる。
道具は、一度手に入れれば、しばらくいらない。
差は、静かに積み上がる。
エルフは言う。
> 「あなたたちは鉄を作るために、私たちの森を削る」
ドワーフは言う。
> 「森だけ抱いて飯は食えるのか」
互いの不満が、年輪のように重なっていく。
加えて——
どちらの国でも、最近、急な代替わりがあった。
古き良き時代を知る者が退き、
“効率”や“成果”を求める若い統治者が、
机上の取引だけを見つめ始めた。
盟約の精神は置き去りにされた。
エルフの森が、再び伐られたとき。
ドワーフの鉱夫が、また飢えたとき。
どちらが先に剣を抜いてもおかしくない。
いまこの山脈は、
火種の真上に家を建てているようなものだ。
そして、その火種に——
俺が火をくべようとしている。
コークスの火は、森を救う。
だが同時に、鉄の価値を跳ね上げ、
争いの口実にもなりうる。
俺は、ゆっくりと空を見上げた。
「時間がないな」
森が怒りを爆ぜさせる前に。
鍜治場が飢えに屈する前に。
この世界の火は変わらなければならない。
変えられるのなら——
俺しかいない。
胸の奥に宿った黒い炎が、
まだ誰も知らない未来を照らし始めていた。




