第9話 黒い火と消えた光
翌日。
村は朝から大騒ぎだった。
コークスの火力は、想像以上だった。
鍜治は朝から夜まで槌を振り続け、
鉄の生産量は単純に倍以上。
「すげぇぞ!これが全部お前さんのおかげだ!」
村長が肩を叩きまくってくる。
だが俺は、褒められても実感が薄い。
理由は一つ。
副産物だ。
昨日の実験で出続けていた煙。
あれはただの煙じゃない。
焼き鳥の煙とも違う。
もっと、重くて、爆ぜる匂いがする。
ある瞬間、煙道の穴に火が落ち
“青白い炎”が一瞬だけ噴き出した。
すぐに消えたが、俺は確信した。
——ガスが燃えている。
石炭ガス(CO・CH₄)
火力にもなるし、化学の基盤にもなる。
それが今、無駄に空へと飛んでいる。
少量でも十分に危険、だが十分に価値がある。
俺は鍜治場の裏にしゃがみ、
昨日の穴を指先でなぞった。
「……この国の未来を変えるのは、こっちかもしれない」
鍜治が怪訝そうに眉をひそめた。
「なんだよ。石炭で上手くいったんだ。
文句でもあるのか?」
「いえ。ただ……火力以外にも使い道があると思いました」
「使い道? 黒い石を焼いて、火出す以外に何があるってんだ」
説明しても、多分理解はされない。
言葉が同じでも、世界の背景が違いすぎる。
俺は深呼吸して、言い方を変えた。
「夜を明るくできます」
鍜治と村長が目を丸くした。
「食品を長持ちさせられます」
「火を遠くに運べます」
「鉄以外のものも作れます」
「きっと……国を救えます」
言いながら、気づいた。
言葉にしてしまうと、重い。
この小さな村だけの話じゃない。
国の根っこが揺れる。
ドワーフの国。
鉄と火に生きる種族。
だが火力の限界に苦しんでいる、と聞いたことがある。
なら、
変わるべきは、鉄ではなく——火の仕組みだ。
村長が、不安げに俺を覗き込む。
「お前さん……一体何者なんだ」
俺は少し考えて、答えた。
「家事係です」
「——家事係ですが、火の扱いには少し自信があります」
鍜治が鼻で笑った。
「大口叩いたな。
その火で本当に国を救えるってんなら、やってみな」
その言葉に、俺は笑みを返した。
「もちろん」
コークスの火が、轟々と炉を照らしている。
だが俺が見ているのは炎じゃない。
煙だ。
青白く、一瞬だけ唸った、あの光。
——文明は、煙の中にある。
火力の発見で満足している村人たち。
しかし俺は、すでに次を見ていた。
蒸気。
圧力。
光。
爆発。
化学。
ガス。
この世界の火は、まだ石の時代だ。
「勿体ないですよね。
このままじゃ……まだ何も始まってない」
新たな火を求めて、
俺はゆっくりと鍜治場の空を見上げた。
そして次の実験を思い描きながら——
物語は、次の段階へと進む。




