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黎明国戦記  作者: 天月


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第1話 暗がりに響く泣き声



 カン、カン、カン――。


 鈍い金属音が、狭く湿った坑道に反響していた。火床の明かりは心許なく、揺れる赤色が壁にゆらゆらと影を描く。空気は一応流れているはずなのに、鉱石と煤の臭いが澱んでまとわりつくようで、喉の奥がひりついた。


 ――なんで、こんな場所で鉄を打ってるんだろうな。


 そう思ってはいけない、とわかっている。生きるために必要な仕事だ。鍛冶は誇りであり、伝統であり、家であり、血だ。それでも、このところ胸の奥に重たい泥のようなものが溜まって、どうにも鉄に向き合えない日が増えていた。


 意味はあるのか。

 続ける意味は、どこにある?


 自問自答しながらも、手だけは動く。金槌を振り下ろすたび、火花が散る。鉄は赤く、息をしているようだ。打てば、応えてくれる。鍛冶師としての長い年月が、勝手に体を動かしていた。


 カン、カン、カ――。


 そこで、不意に音が途切れた。


 ……今、何か聞こえたか?


 耳を澄ませば、坑道に響くのは火の爆ぜる音と、自分の荒い呼吸だけ。だが確かに、何かが混じった気がした。金属音とは違う。空気の震え方も違う。


 ――泣き声、だと?


 馬鹿なはずがあるか、と首を振る。こんな深部に赤子などいるわけがない。そもそもドワーフの坑道国に、人間が迷い込める隙間など存在しない。生まれた子どもも、坑道には決して入れない。聞き間違いに決まっている。


 そう言い聞かせれば言い聞かせるほど、耳が勝手に拾ってしまう。


 ……ひぃ、……ぇ……ん……。


 今度は、はっきり。確かに。


 鉄槌を置き、思わず息を呑む。

 胸がざわつく。

 重たい空気が、妙に冷たく感じた。


 音のする方へ目を向ける。暗い坑道。奥へ伸びる細い道。その真ん中に、ぽつんと“何か”があった。


 火床の赤が揺れるたび、その小さな影が浮かび上がる。


 ――嘘だろう。


 ゆっくりと、足が動いた。近づくほどに違和感が強まる。なぜここに? 誰が? どうやって?


 目の前に辿り着いたとき、問いは決定的な混乱に変わった。


 そこには、生まれて間もないと思われる赤子が、布切れに包まれて座り込んでいた。


 しかも――。


「……人間?」


 この国に人間はいない。外界との往来もない。外に出ること自体、滅多に許されない。まして赤子など。


 理解が追いつかない。追いつくわけがない。


 赤子は泣き止み、じっとこちらを見上げた。大きな瞳が、揺れる火の明かりを映している。


 ――なんだ、その目は。


 思わず顔を近づけた瞬間、赤子の小さな手が伸びてきた。


 次の瞬間。


「……っ、おいおい」


 立派に伸びた髭を、赤子がつかんだ。


 くしゃり、と柔らかい手が髭を握る。

 痛みはほとんどない。ただ、その行為そのものに呆気を取られた。


 泣き顔から一変、赤子は上機嫌そうに笑った。

 坑道の淀んだ空気の中で、その笑いだけがやけに澄んで聞こえる。


 ――どういうことだ。本当に、人間の赤子……なのか?


 困惑と戸惑いと、説明のつかない胸騒ぎ。

 そのどれもが渦巻いたまま、髭を握る赤子をただ見つめるしかなかった。


 こうして、誰にもあり得ないはずの“出会い”が、静かに幕を開けた。


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