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6. バレたら祖国が危ないです。なのに、危機感は皆無です。



(うああああぁぁぁまずい……。もしも皇太子に、私があの時の小娘だってバレたら、変な疑いが掛けられる!)


皇太子レイノルドに『エストニアス王国が偽の王女を送り込んだ』とでも思われようものなら、おそらくシアナの首はすぐに飛んで、王国も危険に晒される。


(確かに……確かにさあ、『またどこかで会えると良いわね!』とは言った。でもさあ、まさかその次の対面がこんな風になるなんて思わないじゃない!)


内心では動揺しまくりで大騒ぎし、冷や汗が止まらないシアナだったが、外面(そとづら)はまだなんとか保てていた。


(落ち着け!あの時の私は化粧もしてなかったし、髪の色だって変えていたし、向こうだって一年前のあんな些細な出来事なんて覚えてないはず!きっとバレない、大丈夫!たぶん!)


確認し終えたのか、レイノルドが書類から目を上げる。

ぱちり、と目が合ってしまった。


シアナの背を冷たい物が駆け上がる。


シアナは強張る顔を無理やり動かし、レイノルドにふわりと微笑みかける。その笑みの儚さを見れば、まさかそれが市井で元気よく笑っていた人物だとは、誰も思わないだろう。

(大丈夫、私は病弱私は病弱私は病弱私は病弱……)


レイノルドの鋭い視線が、ふいと逸れた。

「以上で確認は終わりだ。貴殿の病弱ぶりは、噂に違わぬようだな。公務は一切不要、静養に専念なされますよう。」


そう言って立ち上がったレイノルドに、シアナは大声を上げて笑っていしまいそうになった。


(ぃよっしゃああああ!バレなかったー!あっぶなー、死ぬかと思ったあああ!)


心の声が出てしまいそうになるのを、すんでのところで我慢して、微笑みを維持する。

「お気遣いありがとうございます。そうさせて頂きます。」


レイノルドが退出してから、シアナも部屋を出た。


心晴れやかなシアナは、にやけ顔が出ないように気を付けながら、部屋の外で待機してくれていたナディアと共に、与えられた自室に戻るのだった。



〜・〜


部屋を出たレイノルドは、相変わらず無表情で廊下を歩いていた。


「タンザ。」


静かに部下の名前を呼ぶと、側の窓が開き、ふわりと風が入ってくる。濃紺の髪と目をした男が、風と共に音もなく降り立った。


「お前から見て、彼女はどうだった?」

レイノルドは、先程までは無機質だった目に面白そうな光を宿して、男にそう問いかけた。


「んー、色々試してみたけど、正直よく分からなかったな。気配は以外と早い段階で気取られた。なんなら目が合った、一瞬だけど。でもそれ以外は、大方普通の範疇だった……。」

男から見たシアナは、色々と微妙だった。


表情や仕草、言葉の端々には疑わしい部分もあるが、会話の中で相手の出方を窺ったりするのは、王族や貴族にとって特別なことでは無い。なのでその辺りでは白か黒かの判断がつかない。


「……訓練を受けた者とも思えないけど、病弱で閉じこもって育った王女では無いよね。間者では無いにしても、王国が送り込んできた身代わりの可能性は十分ある。あのままにしておくのは危険そう。」

タンザと呼ばれた男は、シアナへの警戒心を滲ませてそう答える。


それを聞いてレイノルドは思わず苦笑した。


「……もしかして知り合い?」

普段あまり表情を崩さないレイノルドが苦笑したことに、タンザは戸惑い、少し首を傾げる。


「まあな。良い意味で、想定外の者が嫁いで来た。」

レイノルドはさらに笑みを深めると、タンザに命を下した。

「しばらく王女に張り付いておけ。王女が何か行動を起こしても、基本は静観しておくだけで良い。……面白いものが見られるぞ。」



〜・〜


皇太子レイノルドとの謁見を終えたシアナは、ナディアと共に、宮殿の西翼にある一室にやってきた。

シアナが割り当てられたその部屋は、完璧な静養室だった。


広いバルコニーが付いていて、柔らかいカーテンが、開いた窓から入る風に揺らいでいる。

南向きの部屋で、静かで、日当たりも良い。そして何より、宮殿の中心部から隔離されている。

部屋は広大で豪華な調度品で満たされていたが、まるで時間が止まっているかのように静謐だ。


「ナディア、私は少し休憩したいので、一人にして頂いても良いですか?」

「かしこまりました。隣の控え室におります。」


扉が閉じられ、ナディアが控室へと下がったのを確認すると、シアナは深く息を吐いた。

「ふう……やっと、一人になれた。」

シアナは久しぶりに、慣れたエストニアス語で独り言を呟く。


ここ一月半近くは、病弱の演技をしていただけでなく、ほぼアルメリア語で会話をしていたのも、疲労の原因だろう。

補足しておくが、シアナは王族の教養としてアルメリア語を習ったため、アルメリア語は敬語でしか話せない。


シアナはぐっと伸びをした。

先程までの、風に吹かれれば飛んでしまいそうな病弱な王女の姿は、影も形もない。


シアナはさっそく部屋の隅々まで検分し、それから荷解きを始めた。


彼女の荷物の中には、ドレスや宝石に紛れて、いくつかが詰め込まれていた。


例えば、市井へ出かけるための服や靴。他の衣装箱と遜色ない豪華な箱に入れて、何食わぬ様子で持ち込んだ。

幸いなことに、花嫁行列の最中に確認した帝国の庶民の格好は、王国から持参した庶民の服でも十分通用するものだった。


また例えば、薬草を携帯するための小型の箱。一見するとただの化粧箱だが、中には乾燥させた貴重な薬草や、調合した数種類の試験薬などが小瓶に収められている。


(うーん、どこに隠そう?下手なところだと掃除係の人なんかに見つかる可能性がある。)


迷った末に、他の箱と一緒に堂々とチェストの引き出しに仕舞う事にした。中身を見られなければ、他の衣装箱や化粧箱と区別は付かないし、使用人に一々中身を確認されたりはしないだろう。


荷解きを半分ほど終えたところで、シアナは一度、バルコニーに出てみることにした。

「ふぁあ!」


バルコニーからは、帝都を一望することができた。宮殿の城壁を挟んで、眼下には落ち着いた色合いの屋根々が、整然と連なっている。

ところどころに教会の尖塔や、堅固な石造りの塔などが、頭を突き出していた。


教会の鐘楼から、低くて重々しい鐘の音が三度響く。

「教会の鐘の音はエストニアスと同じだわ!」

ほんの些細なことだが、故郷と同じものがあることに嬉しくなる。


遥か遠くの地平線には、帝都を囲む城壁が見えた。

「本当にアルメリアに来たんだな……。」


昼下がりの風がシアナの頬を撫でていく。



「今のところ、案外なんとかなってるな。皇太子にも、なんとかバレずに済んだし。」

シアナは謁見時のレイノルドの感情の欠片もない琥珀色の瞳を思い出しながら、一人呟く。


正直、あの時のレイノルドと、過去に市井で会った時のレイノルドの雰囲気がい違いすぎて、シアナにとっては違和感しかない。

市井で話し合いをした時は、確かに少しはぶっきらぼうだったかもしれないが、もっと気安い感じだったし、普通に笑ったりしていた。


だがおそらく、彼の噂や行動から鑑みるに、市井でシアナに見せた顔の方が演技だったのではないかと思う。

一年前のあの時あの場所に、他国の皇太子がいたことが偶然であったわけがない。

……例えばそう、エストニアスの偵察、だったり。


シアナの考えが正しければ、エストニアスの市井で会った時、皇太子は正体を隠すために、多少人当たりの良い人間を装っていたのだろう。


結論を言うと、皇太子レイノルドに直接会ってみたシアナの印象は、噂通りの『冷徹で合理的な皇太子』であった。


シアナは、思わず口元に笑みを浮かべる。

「取り敢えず、今は無害な人質として認識してもらえてる。あまり関心も持たれて無さそうだったし、お陰でしばらく自由に動けそうね。冷徹な皇太子殿下に心より感謝するわ!」



…………まさかその冷徹な皇太子殿下に、既に自分の正体が気付かれているとは、夢にも思っていないシアナなのであった。




それからしばらく、シアナは石造りの柵に手をつき、バルコニーからの景色を眺めていた。

「……それにしても、お腹空いた。」

意識しだすと急激に食欲が湧いてくる。

ここ最近は食事量を減らしていたので、シアナの空腹値がそろそろ限界だった。

残りの荷解きは後にして、とにかく今は。

「ご飯食べないと!」














タンザさんのキャラが未だぶれぶれです。

今後変更する可能性大です。







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