3. ここからは1人で敵地です。ですが、なんとかなると思います。
シアナさんが家族から愛されて育ったということを書きたくて。
シアナが嫁ぐことが決まって、ミランダにその報告をした翌日のこと。
シアナが住んでいる離宮に、第1王女である義姉のセレスティアが訪ねてきた。
シアナは6歳の時に王位継承権を剥奪してもらって以来、少数の使用人と共に離宮で住んでいるのだが、その離宮の一室で、2人はお茶の真っ最中である。
「さて。」
シアナが淹れたハーブティーを、優雅な仕草で一口含んでから、セレスティアが切り出す。
「私が訪ねた理由は分かっているわよね?」
セレスティアは険しい顔でシアナに話しかける。
「いえ、分かりません!」
シアナはセレスティアから発せられている圧をものともせずに、涼しい顔でしらを切った。
「帝国との婚姻話についてよ。貴方に役目が果たせるとはとても思えない。あなたが行くくらいなら、私が行った方がずっとマシだわ。」
ねえ、そうは思わない?と話すセレスティアは、まるでシアナを睨みつけているように見えるが、実はただセレスティアの目付きが悪いだけである。
義姉は、真剣な表情をすると怖い顔になる所や、素直に感情を表現できない所があるため、誤解する者が多いが、本当は誰よりも優しい人であると、シアナは思っていた。
「お義姉さまを代わりに行かせるだなんて、そんなことはさせませんよ、絶対に。」
シアナはそう言い切って茶菓子を頬張り、飲み込んでからまた言葉を続ける。
「お義兄様が『死んだことにすれば』と言った時は焦りました。私が死んだことになった場合、代わりにお義姉様が嫁ぐことになる可能性が極めて高いんですもの。お義姉様には婚約者がいらっしゃるというのに。」
そう言って頬を膨らませるシアナに、セレスティアはさらりと答える。
「お兄様はあの時、頭に血が昇っていたみたいだから、たぶんそこまで考えていなかったと思うわ。けれど、私は今からでもあなたが考え直すなら、代わりに嫁いであげなくも無いわよ。別にあの人のことはなんとも思っておりませんし、むしろ離れられるなら好都合です。シアナ、その婚姻は諦めて、さっさと私と代わりなさい。」
既にシアナが嫁ぐことは決まったというのに、セレスティアは今でも、なんとかしてシアナが帝国に行くことを阻止しようとしてくれているらしい。
シアナはつい、素直でない義姉を揶揄いたくなってしまう。
「お義姉さまは、週に2回は『あの人』とお茶会を開いて、楽しそうに逢瀬を楽しんでいらっしゃるじゃないですか。」
優雅にハーブティーを口に運んでいたセレスティアは、軽く咽せた。
「ひ、人聞きの悪いこと言わないでちょうだい、ちゃんと大勢の人の目があるところで会っているわよ!」
セレスティアの顔は真っ赤に染まった。
その反応を可愛いなと思いながら、セレスティアがあたふたしている隙に、シアナは話題の転換を試みた。
「それにしてもお義兄さまは、死んだことにした後の私の扱いはどうするつもりだったんですかね?やっぱり市井で庶民として生きることになってたんでしょうか?」
「そりゃあそうでしょう。あなたにはもう既に市井で問題なく暮らせる生活力があるもの。あなたが市井に繰り出すようになって、もう8年も経った。
帝国に嫁ぐのは辞めて、市井で暮らせば、その経験が漸く日の目を見るわよ。」
露骨に話題を変えたのに、最後の最後までシアナを説得しようとする義姉の優しさに、シアナは思わず顔を綻ばせた。
「何笑っているのよ?」
「いえ、こんなに良くしてもらって、恵まれているなって思って。」
不快そうに眉を寄せるセレスティアに、シアナはさらに笑みが深まってしまう。
義姉だけではない。
家族全員が、国家間の重大な問題よりもまず、シアナ自身の身を案じてくれた。
王族としては本来であれば、帝国からの要求自体を重く受け止め、対応すべきである。
家族全員から『ずれている』と評されるシアナだが、彼女に言わせれば、王族としての義務よりも先にシアナの心配をする、この家族の方こそ、色々とずれている。
側室の産んだ、後ろ盾のない第2王女に対してこんな風に接する王家など、他の国を探しても、歴史上を見ても、どこにもないのではないかと思うほど珍しい。
「やっぱりお義姉さまは、とても優しいですね!」
にこにこの笑顔でそう言うシアナ。
「はあ⁉︎あなた、ちゃんと目は見えているの?どこをどう見たら、私があなたに優しくしているように見えるって言うのよ!生まれてすぐに母親を亡くして、変な輩に散々利用されて、漸く安全な環境になったと思ったら、我儘だのと言う根も葉もない噂が流れて、そしてお次は帝国に人質になりに行くなんて、そんなの、誰だって、多少は同情するに決まっているわ!」
強い口調で言い返すセレスティアの顔は赤くなっており、一見すると怒っているようにも見える。
だがそれが、素直でない義姉の愛情表現であることは、シアナにはとっくにお見通しだった。
少し取り乱してしまったセレスティアは、温かい紅茶で一旦気持ちを落ち着ける。
次にシアナに向かい合った時には、すっかり元の真剣な表情に戻っていた。
「あなたが十分凄いことを知っている上で、敢えて言わせてもらうけれど、気をつけなさいよ。元気な姿で、また必ず会いましょう。」
遠い目をしてそう言ったセレスティアの言葉は、どこか祈りのようにも聞こえた。
シアナは義姉を安心させるように、ニッカリと白い歯を見せて、いたずらっぽく笑った。
「もちろんですよ、お義姉様!」
〜・〜
半年ほどかけて婚姻協定の取り決めなど、諸々の準備を終え、いよいよ帝国へ旅立つ。
シアナは17歳になった。
さらに、婚姻書類など諸々の署名も終えているので、実はもう既に、シアナは戸籍上はアルメリア帝国の皇太子妃になっていたりする。
家族やミランダとはきっちりお別れをしたので、シアナは何の憂いもなく、あっさりと馬車に乗り込んだ。
「ほんとに、あの人たちが家族で良かったなあ。」
馬車に揺られ、窓の外の景色を眺めながら、シアナは呟く。
いつも優しかった父王。
血の繋がらない側室の娘に、「お義母様と呼んでくれても良いのよ」なんて言って愛情をくれた王妃様。
会う度に「困ってることない?」と心配してくれた義兄。
きつい言葉を投げ掛けながらも、そこにはいつでも優しさが滲み出ていた義姉。
一緒に過ごせた時間は少なかったけれど、皆惜しみない愛情をシアナにくれた。
そしてシアナもまた、そんな家族のことを大切に思っていた。
(こんなに優しい人達がいる国を、絶対に潰させたりはしない。)
知らず知らずの内に、シアナの翠色の目には、剣呑な光が宿っていた。
〜・〜
そうして、今までの思い出に浸りながら馬車で移動すること半月。
シアナはようやく引き継ぎ地点の領地に到着した。ここで王国の人員から帝国の人員へ、王女の引き渡しが行われる。
エストニアス王国は山脈や森に囲まれていて、道幅が狭いため、通常でも馬車で7日はかかる。シアナ達の旅の場合は、花嫁行列であることと、病弱設定に信憑性を持たせることを考慮した結果、倍の半月かかった。
遠回りにはなるが、なるべく繁栄していて休憩や宿泊がしやすい領地ばかりをルートに選び、1日に進む距離も短めに設定したので、当然と言えば当然である。
さらに天候などの要素もあって、安全を確保しながら進まなければならなかったことも、原因の一つだろう。
ついでにシアナが道中で、うきうきしながら木の実や雑草、きのこ等を採取していたことも、ここに記しておく。
「それじゃあ皆、……またね!」
帝国の用意してくれていた馬車に、荷物の積み直しが完了し、いよいよ王国とはお別れとなる。
シアナは王城からここまでついてきてくれたメイドや護衛たちを見回して、明るくそう言った。
全員、離宮でシアナの面倒を見てくれていた者たちだ。シアナが実は病弱ではないという真実を知っている、気心の知れた者たちだったので、ここまでの旅はそれなりに快適だった。
病弱なふりをして猫をかぶる頻度が、少なくて済んだからだ。
最後の最後まで、王女の事情を知る馴染みの者たちをつけてくれた国王に、シアナは心の中で感謝した。
お陰で馬車の中や宿泊する部屋の中などのプライベートな空間では、それはもうのびのびやらせてもらった。
今生の別れにするつもりは毛頭ないので、大号泣して見送ってくれたメイドもいる中、シアナはあっさりと帝国の人員が待つ方へと歩き出した。
ここからは、帝国が用意してくれた馬車に乗り換え、帝国の用意してくれた人員と共に、帝都へ行くことになる。
帝国からは、『使用人や護衛はこちらで用意するため、人員は不要』という風に言われていた。
つまり、シアナはこれから、味方が1人もいない敵地へ乗り込むも同然というわけである。
(1人になれるまでは、しばらく猫をかぶってないといけないけれど、これはこれで楽しいし、まあたぶん、なんとかなるでしょ。)
このような状況で、心の中でそう呟くこの王女は、おそらく鋼鉄のメンタルを持っている。
シアナさん、婚姻協定の取り決めが終わってから嫁ぐまでの間にしれっと17歳の誕生日を迎えました。
6月に婚姻の打診があり、
7-12月ぐらいの期間で両国間で婚姻協定を取り決め、
1、2月で準備、3月の初めに出立したイメージです。
シアナさんのお誕生日は2月の設定。
あとはセレスティアさんが、ツンデレという設定入れたくて、少し不自然になりましたが詰め込みました。
ミランダさんとセレスティアさんとは、この先しばらくお別れです。




