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くるっとぽん!

「おやすみなさい」

 

そういってお布団にはいったのは、もうずいぶんと前のことでした。

6月がはんぶんすぎた、少しむしあつい夜。

キョウコはどうしても眠ることができなくて、お布団の中ですっかり困ってしまっていました。


あしたはようち園にいく日です。

はやく寝ないと、お寝坊をしてしまってはたいへんです。

しかし、寝ようとすればするほど、パッチリと目はさめてしまって、さっぱりねむたくなりません。

キョウコは横をむいて寝てみたり、上をむいて寝てみたり、お布団を頭からかぶってみたり。

とにかく目をとじてみたりと、いろいろなことをためしてねむろうとしますが、心があせったようにドキドキとするばかりで、やっぱりねむたくはなりません。


おきている時は気にもしなかった、時計のカチコチという音や、れいぼうのゴウゴウという音、外で歌うようにないているたくさんの虫のこえが、とても、とても大きく聞こえるような気がしてきます。

どうしてこんなにねむることができないのか。

キョウコは、その理由に心あたりがありました。

それは、もうすぐようち園である、お泊まり会のことです。


お泊まり会とは、7月のさいしょの土よう日の日に、年長さんが先生たちといっしょにようち園にお泊りをする、たのしいイベントのことです。

お泊まり会では、お昼間はようち園のプールであそんだり、おへやの中で宝さがしをして、夜にはみんなでカレーをつくって食べるのです。

どれもたのしそうなのはもちろんですが、なにより大好きなお友だちや先生と一日中いっしょにすごせるこの日を、キョウコはとってもたのしみにしていました。


しかし、たのしみなのと同じだけ、とっても不安に思っていることもあったのです。

それは、夜にみんなといっしょにねむることでした。

もちろん、お母さんとはなれてねむるのがさみしいのではありません。

キョウコは、らいねんの四月からピカピカの小学一年生で、もうりっぱなお姉さんなのです。

一日くらいお母さんとはなれたって、へっちゃらです。

少しだけ、ほんの少しだけ不安だけれど、ほんのちょっとだけです。


お母さんとはなれることよりも、キョウコを不安にさせていること。

それは、「寝ぞう」です。


キョウコは、とにかく寝ぞうがわるいのです。

まくらの上に頭をおいて、お布団にはいって、どんなにおぎょうぎよく寝ても、朝おきるとひどいことになっているのです。

まくらの上には足をおいて、しき布団から体ははんぶんはみだし、お布団はとおくにとんでいってしまっています。

ひどい時なんて、お布団からとおくはなれたドアの前で目がさめたなんてこともありました。

お泊まり会の朝、みんながお布団の中で目がさめるなか、キョウコひとりだけが、みんなとはなれた床にころがっているなんて。

そうぞうしただけで、頭がクラクラとして、おなかのあたりがゾワゾワとしてしまいます。


お母さんにそうだんすると、

「みんなといっしょに寝る時は、きんちょうしてるから、お布団からでずにちゃんと寝られるよ。先生もいるからだいじょうぶ」

とやさしくいわれました。

でも、キョウコはぜんぜん安心できません。

どうしても、お布団からとおくはなれたところで目がさめて、お友だちや先生に笑われるそうぞうが、キョウコの頭をはなれてくれないのです。

そこでキョウコはかんがえました。

そうだ、寝ぞうがよくなるれんしゅうをしよう!


それからきょうまで、キョウコはいろんなれんしゅうをしてみました。

お布団を体にまきつけて、体がうごかないようにして寝てみたり、丸めたお布団をだきしめて寝てみたり、しき布団をかべにくっつけて、丸めたお布団とかべにはさまって寝てみたり・・・。

ほかにもいろんなことをためしてみましたが、どれをやっても、やっぱり朝にはお布団からとびだして、さかさまになったじょうたいで目がさめるのです。


すっかり困ってしまったキョウコは、心を不安なきもちでいっぱいにさせながら、こうしてお布団にはいって困っていたのでした。

「はぁ、どうしよう」

不安なきもちをすこしでもなくしたくて、キョウコはお布団にもぐりこんで丸くなりました。

もういつもよりもおそい時間です。

とにかく、はやく寝なければなりません。ぜんぜんねむたくはないけれど、キョウコはむりやり目をとじました。



ズシン、ズシン。



小さなゆれをかんじて、キョウコは目をあけました。

「じしんだ!」

キョウコはびっくりして、お布団から顔をだしました。

それといっしょのタイミングで、おへやが大きくゆれました。

「わあ!」


ズズン!とへやが大きくゆれて、キョウコはさらにびっくりしました。

へやにだれかがいるようなのです。

キョウコはお布団をだきしめながら、よく目をこらします。

「びっくりしちゃった。キョウコちゃん、大きな声ださないでよぉ」


のんびりとした声が、ゆっくりとキョウコのそばまでちかづいてきます。

それは、大きなクマでした。

ちゃいろいふわふわの毛のはえた、タンスくらい大きいクマです。

頭をポリポリとかきながら、クマはつづけます。


「さあ、きょうもやろうよキョウコちゃん。きょうは負けないぞぉ!」

「ちょっとまって。なにをするの?」

びっくりしたキョウコがあわてていうと、クマはキョトンとした顔でいいました。

「なにって、『くるっとぽん』じゃないか」

「『くるっとぽん』・・・?」

「そうだよ。まいばんいっしょに『くるっとぽん』をしてるじゃないか」

 ふしぎそうに、クマはつづけます。


「お友だちの中で、ぼくがいちばん『くるっとぽん』がよわいんだっていったら、キョウコちゃんがおけいこしてくれるっていったんじゃない。ぼく、キョウコちゃんのおけいこのおかげで、けっこう強くなったんだから!」

腰に両手をあてて、とってもうれしそうにクマはいいました。

しかし、キョウコにはぜんぜん心あたりがありません。

それどころか、『くるっとぽん』なんてもの、みたこともきいたこともないのです。


「えぇ?『くるっとぽん』の、おけいこ?」

しらないクマに、しらないことをいわれて、とまどってまごまごとしているキョウコに、クマは、「あぁ!」と大きな声をあげました。

「そっか!キョウコちゃんいっつも寝ていたものねぇ」

そっかそっか。と、クマはなっとくしたようにうなずきます。

クマのいっていることがよくわからないキョウコは、クマにはなしをききました。


どうやらキョウコは、ねむってから、まいばんクマと『くるっとぽん』のおけいこをしているらしいのです。

しかも、キョウコはとても『くるっとぽん』が強くて、クマをなげとばしているのだとか。

(こんなに大きなクマさんを、わたしが?)

キョウコはしんじられないというきもちでクマのはなしを聞いていました。


「ほんとうだよぉ。キョウコちゃんとってもつよくって、ぼくぜんぜん勝てないんだ。いっつもぼくがあっちになげられて、キョウコちゃんはこっちで大笑いしながらそのまま寝ちゃうんだぁ」

クマが指をさしながらせつめいするのをみて、キョウコは「あ!」と思いました。

クマがなげとばされる「あっち」とは、キョウコのまくらのほうで、キョウコが寝てしまう「こっち」とは、お布団の足のほうだったのです。キョウコのわるい寝ぞうは、クマと『くるっとぽん』をしていたからなのでした。


わるい寝ぞうの正体がわかって、キョウコはスッキリとしました。

それとどうじに、クマにたいして、なんだがムカムカとしてきました。

「わたしの寝ぞうがあんなにわるかったのは、あなたのせいだったのね!」

「えぇ?おけいこをつけてくれるっていったのはキョウコちゃんじゃないかぁ」

「そんなこといってないもん!」

「いったよぉ!」


キョウコは、じぶんの寝ぞうのことで、今までとってもなやんできたのです。

気もちがあふれてしまったキョウコは、キーキーとクマにおこります。

そんなキョウコに困ったようすで、クマがひかえめにいいかえします。

しばらくいいあいをつづけていると、キョウコの心がだんだんとおちついてきました。

それとどうじに、だんだんとクマがかわいそうにも思えてきました。


クマは、寝ているキョウコにさそわれて、いっしょに『くるっとぽん』のおけいこをしていただけなのです。

キョウコにおこられて、すっかりしょげてしまったクマに、キョウコはやさしくいいました。

「クマさんごめんなさい。わたし、とってもなやんでたの。でも、おぼえてないからって、クマさんにおこっちゃだめよね。やくそくしたのはわたしなんだもん」

「うぅん。いいんだ。おきてるキョウコちゃんとは、はじめましてだもん。しかたないよ。おきてる時のキョウコちゃんがそんなになやんでるだなんてしらなかったよ。ぼくこそ、ごめんね」

キョウコとクマは、てれたように笑いあって、仲なおりのあくしゅをしました。


「ねぇ、『くるっとぽん』ってどうやってやるの?」

『くるっとぽん』というのがどういうものなのか、きょうみがでてきたキョウコは、クマにききました。

「『くるっとぽん』はね、こうやって腰をひくくして、ふたりでむかいあってさ、『よーい、どん!』のあいずでつかみあって、あいてをなげとばしたほうの勝ちなんだよぉ。

それでね、なげるときはかならず、大きなこえで『くるっとぽん!』っていわなくちゃいけないんだよぉ」

クマはとくいげなようすでいいました。

クマのせつめいをきいて、キョウコは「なるほど」と思いました。

どうやら、『くるっとぽん』は『おすもう』によくにたもののようです。


「ねぇクマさん、わたしも『くるっとぽん』をやってみたいな」

キョウコのことばをきいて、クマの顔がパッと笑顔になりました。

「やろうやろう!ぼくがおしえてあげるから!」

クマはよろこんでそういうと、さっそく『くるっとぽん』をするためのじゅんびをはじめました。

まず、クマはキョウコの手をにぎると、「さあ、たって!」と、キョウコをお布団の外につれていきました。

それから上布団とまくらをキョウコのそばまではこぶと、しき布団のシワを、ていねいにのばして、きれいなしかくのかたちにととのえました。


「キョウコちゃん、じゅんびができたよ」

クマはしき布団のまんなかにたって、ニコニコと手まねきをしてキョウコのことをよびました。

キョウコがクマとむかいあうようにしてたつと、クマがせつめいをはじめます。

「いい?このしき布団からでちゃダメだよ。でたらもう負けだからね。それから、ぼくの『よーい、どん!』のあいずで、おたがいの腰のあたりをつかんで、ぽーんってなげたほうの勝ちだよ。あ、なげる時は大きなこえで『くるっとぽん!』っていうのを忘れないでねぇ」

クマのせつめいを、キョウコはうなずきながらしっかりとききました。

「わかった。わたしやってみる!」

 

「じゃあ、いくよ。よーい、どん!」

クマのかけごえで、キョウコはクマの大きなお腹にとびつきました。

ちかくでみると、クマはキョウコの三にんぶんはあるのではとおもうくらい、とっても大きいのです。

(こんな大きなクマさんをなげるなんて、ムリだよぉ)

キョウコはいっしょうけんめい、上にひっぱってみたり横にひっぱってみたりとがんばりますが、クマはびくともしません。

キョウコがうんうんとうなりながら、がんばっていると、とつぜん、


「くるっと、ぽーん!」


大きな声とともに、キョウコはあっというまにクマになげとばされてしまいました。

へやのてんじょうが手でさわれるくらいちかくなって、そのまましき布団の上までまっさかさまです。

「きゃあ!」

ズンズンとちかくなるしき布団に、キョウコはこわくなって目をつぶりました。

あぶない!

しかし、つぎのしゅんかん、


ぽよよん。

 

体がはねて、キョウコはびっくりしました。

体もぜんぜんいたくありません。

しき布団が、とってもふわふわになっているのです。


ぽよよん、ぽよよん、とはねるしき布団は、なんだか、わたがしの上にのっているような、とってもいい気もちです。

「なぁんだ、これならこわくないわ」

キョウコはホッとして、クマのことをさがしました。みごとになげられてしまったので、おめでとうをいおうと思ったのです。


クマは、さいしょにむかいあったときとおなじところで、ぼんやりとたっていました。せっかくキョウコに勝ったのに、なぜか、さっきまでこわがっていたキョウコとおなじぐらい、びっくりした顔をしています。

しんぱいになったキョウコは、クマにかけよって声をかけました。


「クマさん、だいじょうぶ?どこかいたいの?」

クマは体をプルプルとふるわせて、顔をくちゃくちゃにして、ちいさな声でいいました。

「やったぁ、やったよぉ」

クマは、ないてしまいそうな顔で、なんども、なんどもくりかえしいいました。

「ぼく、『くるっとぽん』ではじめて勝てたよ。あんなに強いキョウコちゃんに勝てたんだもの!とってもじしんがついちゃった。これなら、お友だちにも負けないぞぉ!」


クマは、なきそうな顔のままで、ぴょんぴょんとはねてよろこびました。

そのたびに、へやがズシン、ズシンと大きくゆれました。

とてもうれしそうなクマを見て、キョウコもなんだかうれしくなって、いっしょにとびはねます。

「クマさんおめでとう。お友だちにもぜったい勝てるよ!」

「ありがとう。ぜったいに勝つよぉ!」

ふわふわのしき布団の上で、キョウコとクマは手をつなぐと、いつまでもぴょんぴょんとはねて、よろこびあいました。



パチリ。

キョウコは、お布団のなかで目がさめました。

ちゃんとまくらの上に頭をおいて、しき布団の上で寝ています。こんなにじょうずに起きれたのは、キョウコがおぼえているなかでは、はじめてのことです。

キョウコはおもわずお布団からとびだして、大きくばんざいをしました。

「やったぁ!」

その時、ひらいた右手から、ヒラリと一まいの紙がおちました。

ひらけてみると、どうやら手紙のようです。そこには、げんきいっぱいな字で、こう書いてありました。


キョウコちゃんへ

きのうは、いっしょに『くるっとぽん』ができて、とってもたのしかったよ!

キョウコちゃんのおかげで、お友だちにも勝つことができました。とってもうれしいな。

またいつか、いっしょに『くるっとぽん』であそぼうね。

そのときは、お手紙をかいてね。

ぼくより。


「ゆめじゃ、なかったんだ」

キョウコはクマからの手紙をよんで、とってもうれしくなりました。

そして、クマがお友だちに勝つことができたのだとしって、もっとうれしくなりました。

おとまり会がおわったら、いちどお手紙をかいてみようかな?その時くらいは、寝ぞうがわるくなってもいいかな?と、キョウコはもうお返事についてかんがえはじめていました。

とてもうれしい気もちになったキョウコは、まくらをだきしめると、ぽーんっと、てんじょうにむかってほうりなげました。


「『くるっとぽん』!」



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