第七十七話 ーーあなたの声がほしい —ジョイの視点—
静かな夕暮れ、キッチンの向こうでミオの笑顔が揺れていた。彼女の笑顔はいつも美しくて、僕は何度でもそれを見たいと思う。
だけど、僕はそれを口にできない。
「好きだよ」――その言葉は、心の中で何度も反響するのに、なかなか声にならない。
僕は子どものころから、言葉よりも行動で愛を示すことを学んできた。
父は言葉少なで、でも背中で家族を守っていた。僕もそんな男でありたいと思った。
でも、ミオは違った。彼女は言葉を求めている。僕が黙っているせいで、彼女は寂しい思いをしているんだろう。
そんなことは分かっている。だけど、どう伝えたらいいのか分からない。
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ある晩、ミオが僕の前で言った。
「黙っていてもいいの。でも、たまにはあなたの声が聞きたい」
その瞬間、胸の奥が締めつけられるように痛んだ。
自分の沈黙が、彼女を孤独にしていたなんて。
僕は小さく息を吸い込み、重い口を開いた。
「……好きだよ、ミオ」
言葉はぎこちなく、声も震えていた。けれど、そこに僕の真実が詰まっていた。
彼女の目が潤み、微笑んだ。
その瞬間、僕の心の中に閉ざされていた扉がゆっくりと開いた気がした。
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翌日、僕はひとりで街外れの丘へ向かった。
ミオが通っていた、リュミの星霊盤の小屋を訪ねる勇気はまだなかった。
だけど、星を見上げると、何かが僕の胸を暖かく包み込んだ。
「言葉は窓だ」――リュミの言葉が、ふと思い出された。
僕はこの先、もっと自分の声を届けようと思った。
行動だけじゃなく、言葉も。
ミオが望む“声”を持つ夫になりたい。
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数日後、家に帰るとミオが待っていた。彼女は静かに僕を見つめて、こう言った。
「あなたの声、聞かせてくれてありがとう」
僕は照れくさく笑いながら、腕を伸ばし彼女を抱きしめた。
「これからは、もっと話すよ」
ミオの笑顔が、まるで星のように輝いた。
僕の声はまだ拙いけれど、二人で歩くこの道に光を灯すだろう。