第六十七話 ーー『星継ぐ者 ― セフィアの記憶とリュミの現在 ―』
秋の気配が深まるある日、リュミのもとに古びた写本を抱えた男が訪れた。
市の文書館で働く、書物にしか心を開かぬと評判の青年学芸員・トーマである。
「……この星霊盤の図、見覚えありませんか?」
そう言って彼が開いた書には、薄れて崩れかけた文様――
星と輪を描くような円環の印が刻まれていた。
リュミの目がわずかに細められる。
「……知ってるわ。これは、星の記憶を刻んだ“最初の盤”のかたち」
それは、セフィアの作りし伝説の星霊盤と酷似していた。
文献の断片には「星継ぎの民」の言葉、
そして「盤を読む者には、星の祈りが宿る」という記述があった。
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リュミは星霊盤を前に、静かに問いかけた。
この盤はいつからここにあり、誰の手を渡って今に至るのか――
その夜、星霊盤の中心がひときわ深く輝いた。
まるで何かが“応えた”ように。
翌日、トーマが再び訪れ、こう告げた。
「……セフィアという少女の名前が、封じ文の中に出てきました。
“盤の声を聞く者が現れしとき、星の記憶は目覚める”と」
封じ文とは、古代の災いを避けるために書かれたとされる禁忌の記録だ。
だが、災いではなく、これは“導き”ではないのか。
トーマとリュミは、共にその真意に迫る決意をする。
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星霊盤に、リュミの指がそっと触れる。
その瞬間、盤が微かに震え、映像のように幻の夜空が広がった。
そこには、かつて星を読み、盤に刻んだひとりの少女の姿――
セフィアがいた。
「あなたが……?」
幻影の中で、セフィアは静かに言った。
「私は、星を“信じた”の。導くのは人。星はただ、それを照らすだけ」
そしてその光景が消えたあと、盤の周囲に新たな模様が刻まれていた。
それは“言葉”ではなく、“問い”だった。
――あなたは、どこへ向かいたいの?
それは、セフィアが未来へ残した、すべての人への問いかけだった。
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後日。
リュミは星霊盤を前に訪れた市民たちに、こう語った。
「この盤が示すのは、ただ一つの未来ではありません。
あなたが何を願い、どんな一歩を踏み出すか――
そのための“選択肢”です」
かつて星を刻んだセフィアがそうしたように、
いま再び、星霊盤は“選び取る勇気”を人々に委ねていた。
トーマは言った。
「盤は記録ではなく、呼びかけなんですね。
……時を越えても、星は人を導こうとしている」
リュミは微笑む。
「ええ。だから私たちがするのは、星を読むことじゃない。
星の声と、あなたの声を重ねていくこと」
――かつて、セフィアが未来へ託したその願いが、
いまリュミの手を通じて、また新たな“星の祈り”となって街に灯る。
その盤は、まだ終わらぬ夜空のように――静かに、次の語りを待っていた。