第六十六話 ーー『星を刻むもの ― 星霊盤誕生譚 ―』
遥か昔、世界にまだ「星の言葉」が信じられていた頃、
北方の静かな集落にひとりの少女がいた。名をセフィアという。
彼女は空に浮かぶ星々の動きを見て、夜ごと不思議な言葉を紡いだ。
「北の風がやさしくなる。獣たちも巣に戻る」
「今夜は星が欠けている。誰かの心も寂しいのかも」
人々はそれを“空想”と笑ったが、彼女の言葉はやがて――
季節の変わり目や旅人の到来、病の兆しすらも言い当てるようになった。
だが、村の長はそれを「異端」と恐れ、セフィアに占いを禁じた。
「星を読むなど神の領域。人が触れてよいものではない」
セフィアは黙って従ったが、星の声は夜ごとに強く彼女に語りかけてきた。
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ある夜、セフィアは夢を見た。
銀の光に包まれた大地、地面に埋め込まれた輪。
その中で、星が回り、語り、歌う――まるで、星そのものが言葉を描いているかのようだった。
目覚めた彼女は夢の記憶を頼りに、一枚の盤を作り始めた。
黒曜石を円形に磨き、星の動きに呼応するよう彫りを入れ、
中央には、夢で見た「空の印」を刻んだ。
完成した盤に触れた瞬間、空から流れ星が走った。
その日からセフィアは、この盤を通じて星々の声を「形」として記せるようになった。
やがて村に飢えが訪れたとき、星霊盤は収穫の地を、
流行病が広がったときには安全な道を、
争いが起きたときには心を鎮める導きを指し示した。
人々はようやくセフィアの声に耳を傾けた。
彼女の名は「星を刻む巫」として伝説となった。
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セフィアは最期の夜、星霊盤を膝に置き、こう言った。
「星は未来を決めはしない。ただ、歩む者の灯りになるだけ」
「だから、見る人の心が澄んでいなければ、導きはぼやける」
「これは“答え”ではない。“対話”のための器なのよ」
そして静かに目を閉じた。
翌朝、彼女の居た場所には、風の吹かぬ静けさと、
星の文様が刻まれた盤だけが残されていた。
星霊盤は、語る。
そのとき、必要な人のもとへ、形を変えて現れるとも言われている。
そう、たとえば――
今、この街の片隅で、ひとり星を読む者の手の中に。