第五十九話 ーーこの恋、あの人と同じ?
風が春の香りを運ぶ頃、街の中央にある踊りの稽古場では、今日も軽やかな音楽が響いていた。薄衣をまとった娘たちが足を揃え、舞うように弧を描く。
その稽古終わりの夕暮れ――
「ねえ、今日もあの人、見に来てたよね」
「うん……あの笑顔、ずるいよね」
「どっちに微笑んでたと思う?」
そんな声を交わしながら、娘たちは小さく顔を赤らめていた。
その日、稽古を終えた4人の娘たちが連れ立って向かった先は、街の外れにある静かな占いの館。白い布をかけた扉の奥に、“星霊盤の間”がある。
扉を開けると、そこには星読みの女が、淡い香草の煙に包まれて座っていた。
「星を見に来たの?」
「……実は、みんな同じ人に恋してるみたいで」
最初に口を開いたのは、編み上げ靴を履いた元気な娘だった。隣の子が慌てて口をふさぐようにするが、笑いがこぼれた。
「誰が一番“本命”か、知りたいんです。ね?」
他の娘たちも、戸惑いつつも頷いた。相手の名は〈セリク〉。稽古場の仕立て係で、踊り子たちの衣を丁寧に整える優しい青年。誰にでも親切で、そして笑顔が優しかった。
リュミは黙って手を伸ばし、星霊盤に触れる。
それぞれの名前を受け取りながら、水晶の中に宿る光がわずかに動く。
やがて盤の上には、複数の細く輝く線が浮かび上がった。
線は交差し、寄り添うように近づき……だが、どの線も途中で淡くなり、先が霞んでいた。
娘たちは目を見合わせる。
「これって……誰の線も、続いてないってこと?」
リュミは、しばし光を見つめたまま言った。
「恋の線はね、未来ではなく“今の心のゆらぎ”を映すことがあるの。とくに若い星は、光が不安定なの」
彼女は静かに娘たちに目を向けた。
「星霊盤が語るには、今のあなたたちの心は――恋より、踊りに向いている。あなたたちが心から笑って舞うとき、誰かが惹かれるなら、それが“その時の恋”よ」
娘たちはしばらく黙って、盤を見つめた。
「……じゃあ、まだその時じゃないってことか」
「でも、誰かが選ばれるより、みんなで一緒に笑ってるほうが、今は楽しいかも」
「うん。恋は急いでも仕方ないよね」
ふと、1人の娘が言った。
「じゃあさ、今はまだ……もう少し踊っていようか」
それは誰ともなく、皆の中に染み渡っていった言葉だった。
館を出る頃には、娘たちは肩を並べて笑い合っていた。
「次の演目、衣装直し頼まなきゃ」
「ね、またセリクに“ちょっと手伝ってもらう”って言えばいいんじゃない?」
「それ恋じゃん!」
リュミは、閉じた扉の奥でそっと星霊盤に手を置いた。
盤の上の淡い線は、ゆるやかに、新たな軌道を描こうとしていた。
焦ることはない。恋も踊りも、調べが合えば、自然と始まるものなのだから。