第二十話 ーー「見えない距離に、星はある」
「すみません。娘のことを占ってもらえますか」
その日、丘の小屋を訪れたのは、やや堅い雰囲気を纏った中年の男だった。黒髪にいくつか白髪が混じり、質の良い上着の襟には埃が付いている。働き者の、町の細工職人だという。
「名前はレオといいます。今日は……娘のことが、どうにも気になってしまって」
男は少し戸惑いながら言った。
「妙に外出が増えていて……その、まあ、たぶん……男がいるんじゃないかと」
リュミは首をかしげた。
「娘さんにお聞きには?」
「いや……聞きたくても、聞けないんです。昔はなんでも話してくれたんですが、今は目をそらして……そっけなくて。どうすればいいのか、分からなくて」
男は苦笑した。
「こんなこと、占いでどうにかなるとは思ってません。でも……このまま“何も知らないふり”でいるのも、つらくて」
リュミは《星霊盤》をそっと取り出す。手のひらを浮かせ、娘の名と年を尋ねると、盤面の星々が静かに動き出した。
「娘さんの星は……あたたかく、そして、少し遠くにあるようです」
「……遠く?」
「ええ。心の距離です。あなたに嫌っているわけではありません。でも、彼女の中で“子ども”から“大人”になる境目に立っていて……一歩、引いているだけ」
レオは、しばらく無言だった。そしてぽつりと言った。
「アイツが七つの時に、妻が亡くなって……ずっと二人でした。俺なりに、ちゃんと育ててきたつもりです。でも……今思えば、寂しかったんだろうな。母親の話、一度もしませんでしたから」
「……寂しかったのは、あなたもでしょう?」
レオははっとしたようにリュミを見る。だが、否定しなかった。
「娘さん、誰かに好意を寄せている可能性はあります。でも、それは決して“あなたから離れたい”という意味ではありません」
「でも……好きな人ができたら、きっと遠くへ行ってしまう気がして」
「むしろ、今こそ一番、そばにいてほしいと思っているかもしれません」
「……え?」
リュミはやわらかく笑った。
「“子どもではないけれど、大人にもなりきれない”年頃なんです。だから、あなたがどう向き合うかが、すごく大事なんです」
星霊盤の光が、レオの目に反射する。
「きっと、聞きたいんだと思いますよ。『どうして最近、出かけることが多いのか』を。問い詰めじゃなく、気持ちを汲んでくれる相手として」
レオはしばらく考えていたが、やがて、苦笑交じりに頷いた。
「……アイツ、昔好きだった甘い焼き菓子があるんです。……帰ったら、一緒に作ってみます。『おまえがいた頃、よく作ったな』って、話のきっかけに」
「いいと思います。それがきっと、“新しい親子の会話”になりますよ」
帰り際、レオは礼を述べ、小屋を出て行った。
丘を下るその背には、どこか決意のようなものが宿っていた。
***
数日後、小屋の前に手紙が届いた。
そこには、拙い字でこう書かれていた。
あのあと娘と話しました。案の定、好きな男がいました。
けど、“父さんがちゃんと聞いてくれたから”って言ってくれたんです。
焼き菓子、久しぶりに笑いながら作れました。
ありがとうございました。
リュミは手紙を読んで、ふっと微笑む。
“星は、ただ未来を語るだけのものじゃない。
離れそうな心と心を、もう一度つなぐ手がかりになる――”
それが、今日もリュミがこの丘に立ち続ける理由だった。