第十九話 ーー「ひかりを連れてきた日」
その朝、小屋の扉をノックしたのは、小さな赤ん坊の泣き声だった。
「ごめんなさい、突然……。でも、どうしても、今――来たくて」
そう言って訪れたのは、若い夫婦と、生まれて間もない赤子だった。母親は「ティナ」と名乗り、夫の名は「セド」。ふたりは新しく家族になったばかりだという。
リュミは、そっと布にくるまれた赤子をのぞき込んだ。柔らかい産毛、閉じたまぶた、小さな手。命の鼓動が、そこに確かにあった。
「……星が、教えてくれると聞きました。この子の未来……私たちが、ちゃんと親になれるかどうか」
ティナの声はかすかに震えていた。
「わたしたち、まだ若くて。家族にも頼れなくて……でも、この子を守りたくて。生まれたその日から、必死で……」
赤ん坊がまた小さく泣く。セドがそっと抱き上げ、あやす手がたどたどしい。
「でも、正直怖いんです。ちゃんと育てられるのか、この子が幸せになれるのか……親になるって、こんなに苦しくて、不安なものなのかって」
リュミは静かにうなずき、《星霊盤》に手をかざす。
夜空のような盤面に、星々が瞬き、ゆっくりと動きはじめた。
「……この子の星は、まっすぐで、まぶしいほどに輝いています。未来はまだ何色にも染まっていません。でも、あなたたちがそばにいる限り、きっと温かい光に包まれていきます」
ティナが、はっと息をのんだ。
「……わたしたちが、そばにいれば……?」
「ええ。占いは未来を決めるものではありません。星は、そのときの“心”を映します。この子は、あなたたちの不安や迷いさえも、ちゃんと感じ取ってる。でも――それ以上に、愛されていることを感じていますよ」
セドの肩がわずかに震えた。
「オレ、母親がいなかったから。親ってものが、よく分からない。でも……この子を守りたいって気持ちは、本物で」
「十分です」リュミは優しく言った。「不安も、迷いも、愛と同じくらい本物です。あなたが“この子を想う”こと――それが、いちばん強い力です」
ティナが、ふいに涙をこぼした。
「ありがとう……この子が泣き止んでくれなくて、夜中にふたりで泣いた夜もあった。でも、それでも……」
「今は、夜が明ける途中なんです。星の光が見えるのは、暗い空があるからですから」
赤ん坊が小さくあくびをし、眠りに落ちた。
その静かな寝顔を見て、ふたりの若い親はほっとしたように顔を見合わせた。
「また、来てもいいですか?」ティナが聞いた。「不安になったら、また星を見せてくれますか?」
「もちろんです」とリュミはほほ笑んだ。「この子の未来がどんな色に染まっていくのか、私も楽しみにしていますから」
家族三人が帰っていく道の先に、ほんの少し陽が差し始めていた。
誰かを守りたいという気持ちは、どんな夜も超えていく力になる。
《星霊盤》は、ひときわ優しく光を放っていた。
今日、この丘に生まれた新しい命と、ひとつの家族の始まりを、静かに祝福するように――。